第43話 い~っぱいおまけしてもらっちゃった♪
「へい、らっしゃい!」
姉妹…ならぬ、兄妹での買い物。
行き着けのある商店街の中。
来たのは昭和以前の風景を思い出させる、いかにも自営業といった感じの店舗。
こんな昔ながらの商売を世紀が変わったこの今の時代にも続けていられる…
やはり、地域密着型として近隣の住民達に愛される店舗であること。
そして、しっかりとしたルートを持っており、価格も現代のスーパーと真っ向勝負しても遜色のない。
そういった商売人としての努力を怠ることなく、続けてきたこと。
この商店街は、そういった生粋の商売人が多く集う場所。
だからこそ、今のこのご時勢にも屈することなく…
逆に、確かな商売として成り立たせているのだろう。
そんな老舗の一つであるこの青果店。
客が来たことを知り、威勢のいい声を、辺りに響かせる。
「おっ!?これまた可愛らしいお嬢ちゃん達だねえ!」
店主の目の前にいるのは、大好きな兄にべったりとくっついてにこにこ笑顔の羽月。
それと、妹と同じ制服に身を包み、見た目完璧な美少女となっている涼羽。
どこからどう見ても美少女姉妹にしか見えない高宮兄妹。
そんな二人を見て、目の保養と言わんばかりに無骨でいかつさが目立つ顔も緩んでしまう。
190cmを超える長身に、筋肉の塊を思わせるかのようなゴツい身体。
ツンツンした、硬そうな、短く刈り込んだ髪。
そんな威圧感に満ち溢れた風貌とは裏腹に、人懐っこい性格。
この青果店の店主を勤めている、熊崎 茂雄(くまさき しげお)その人である。
また、この熊崎青果店は、若江精肉店同様、涼羽が日々御用達にしている店舗である。
「えへへ♪」
「うう…」
本来人見知りな羽月が、こんないかつい茂雄を前にしても笑顔を絶やさずにいる。
それも、大好きで大好きでたまらない兄、涼羽がそばにいてくれているからなのだが。
その涼羽はというと、やはり今の姿が恥ずかしいのか、恥じらいに頬を染めたまま、俯いている。
もうすでにここまでに何人もの人間に見られているのだが…
どうしてもその恥らう気持ちが消えてくれることなく…
ましてや、またしても顔見知りのいる店舗に来てしまっているため…
それでも、根が倹約家ゆえに、一番安いと言える店舗での買い物を避けることができず。
結果、女装したまま、知人のいる店舗に向かわなければならない状況となってしまっている。
ただ、知人とは言っても、茂雄の方は大雑把で人の顔を覚えることが苦手なため…
涼羽のことも、『陰気でオタクみたいなチビ』という程度の認識しかない。
そのため、今目の前にいる恥じらいに頬を染めた清楚な美少女が、その『陰気でオタクみたいなチビ』である、などと思うはずもなく…
まさに誰の目をも惹くであろう、正統派美少女としか認識していない。
「さあ、可愛いお嬢ちゃん達!何を買いにきたんでい!?」
こんな可愛い美少女姉妹を見れて非常に眼福な茂雄。
いつもはもっといかつい感じの笑顔も、心なしかデレっとした感じになってしまっている。
「お姉ちゃん、今日は何買うの?」
涼羽にべったりとしたままの羽月も、恥じらいに俯いたままの兄に何を買うのか、と催促する。
そして、そんな涼羽を見て、ますますその笑顔がいいものとなる。
恥ずかしくてたまらない。
でも、ここでこのままでいるわけにはいかない。
暴発するほどの恥ずかしい想いに抗い…
意を決して俯いたままのその顔を上げ…
自分より頭一つ以上は高い茂雄の方に視線を向ける。
あくまで視線を向けただけで、その恥じらいに満ちた表情が変わることはないのだが。
「あ、あの…」
儚く、か細い声がようやく涼羽の口から放たれる。
いつもの意識した低い感じの声ではなく…
まるで声変わりしていると思えないような、その容姿に相応しい、ソプラノな声が。
「へい!なんでえ?」
そんな涼羽の様子を目の保養としながら、茂雄はそんな声に声を返す。
「…人参、二本と、じゃがいも、玉ねぎの大きいのを二つずつ…それと、キャベツを一玉…」
「まいど!人参二本に、じゃがいも、玉ねぎ二個ずつ、キャベツが一玉だね!?」
「は、はい…それで…」
「まいどあり!ちょっと待ってな!可愛いお嬢ちゃん!」
恥じらいながらも、しっかりと要求を声として紡いでいった涼羽。
その姿は、まさに庇護欲をそそる可愛らしいものとなっている。
そんな涼羽に顔を緩みっぱなしとしながら、要求のあった商品をそれぞれ袋に入れていく茂雄。
地味な装いの財布からお金を出し、茂雄の大きくごつごつとした手にそれを渡す。
ちょうどぴったりの金額だったので、お釣りのやりとりはなく…
そして、商品を入れ終えたその袋を涼羽に突き出す。
「はいよ!可愛いお嬢ちゃん!」
「は…はい」
「お嬢ちゃん達可愛いから、一個ずつおまけしといたぜ!」
「え…いい…んですか?…」
「いいのいいの!」
その可愛らしさがまたしてもこういったことを生み出す。
茂雄も、目の保養をさせてもらったということで、サービスしてくれるという…
思わず、と言った感じで聞き返す涼羽にデレっとしながらも、きっぷのよさを見せる茂雄。
「えへへ♪おまけしてもらっちゃったね♪お姉ちゃん♪」
嬉々とした声で、兄に話しかける羽月。
そんな笑顔も、茂雄にとってはまさに目の保養。
「なあに!こっちもこんなに別嬪で可愛いお嬢ちゃん達を見れたからな!ハハハ!」
「あ…ありがとうございます…」
「いいってことよ!またウチで買い物してくれよな!」
「は…はい」
「よっしゃ!それが聞けたら、サービスした甲斐があるってもんだ!」
おどおどとした声でやりとりする涼羽。
そんな涼羽に対し、豪快な笑い声を交えながらやりとりする茂雄。
羽月は嬉しそうな笑顔で。
涼羽はおどおどとした恥じらいの表情で。
それぞれ一礼しながら、熊崎青果店を後にする。
――――
「…ふう…」
「えへへ♪い~っぱいお買い物しちゃったね♪」
一通りの買い物を終えて、自分達の家へと、足を進める二人。
涼羽の手には、予定していた以上の買い物がある。
その可愛らしさゆえに、行く先々でいろいろとサービスしてもらえ…
気がつけば、かなりの量の買い物になってしまっていた。
「お姉ちゃん、わたしも持つよ?」
「…ん、大丈夫。このくらいなら、慣れてるから」
結構な量となっているため、重さもそれ相応となっている買い物袋。
それらを全て涼羽が一人で持っている今の状態。
その華奢な見た目に反して、意外にも結構な力の持ち主である涼羽。
しかも、普段からこれ以上の重い物を持つことも珍しくないため、特に今の重さで苦労する、ということはないようだ。
涼羽のそんな買い物風景を見たことがなかった羽月が、手伝おうとするも…
涼羽にとっては実際に大した重さではなく、慣れていることもあり…
むしろ、可愛い妹である羽月にそんなことをさせたくない思いから、全てを一人で持っている状態だ。
「ありがとう、心配してくれて」
それでいて、そんな風に自分を心配してくれる妹には、慈愛に満ちた笑顔を。
羽月が大好きな、あの笑顔を、向けてあげる。
「!えへへ♪」
そんな笑顔に、羽月もつられていつもの天真爛漫な笑顔が浮かぶ。
――――これで男の子だなんて、本当にウソみたい――――
――――こんなにも可愛くて、優しくて――――
――――わたしだけのお兄ちゃん、だあい好き♪――――
自分の学校の女子の制服に身を包んでいる兄の姿。
驚くほどに美少女にしか見えず。
それでいて、普段からのやりとりに全く違和感がない。
とても今年十八歳の男子とは思えないその容姿。
そして、その慈愛と母性。
一緒にいればいるほど、大好きになっていく。
今は商店街から外れた、住宅の立ち並ぶ道なりを歩いている。
そのため、人通りもほとんどなく…
恥ずかしがりやの涼羽も、今は人目をほぼ気にすることがなくなっている。
恥ずかしがっている顔も可愛い。
あの慈愛に満ちた笑顔も可愛い。
今の女の子の格好も可愛い。
兎にも角にも、全てが可愛くてたまらない。
そんな兄、涼羽とお揃いの制服で歩いている帰路。
平穏でのんびりとした土曜の午後。
羽月は、今のこの時間がずっと続けばいいのに、と思いながらも…
大好きな兄、涼羽に寄り添いながら、ぱたぱたと自分の家に向かって歩を進めていった。
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