第42話 へへ、月曜に学校で自慢できるぜ!
「うう…恥ずかしい…」
ようやく、と言った感じで、目的のものの一部を購入することができた涼羽。
普段からのお得意様である若江精肉店での買い物。
いつも、自分の顔を晒して見つめられる、という…
涼羽みたいな恥ずかしがりやにとっては罰ゲームと言っても過言ではない…
そんなことを要求され、実際に行われてしまうのだが…
今回は、さらにその上を行くこととなった。
まさか、妹とお揃いの制服に身を包んだ…
女装した状態で、そんなことをされるなんて。
あまりにも恥ずかしすぎて…
なのに、京子はひたすらに意地悪な可愛がり方をしてきて…
でも、その分いつもよりもさらにサービスしてもらえたのは、正直大きいところ。
しかも、今後も妹である羽月と一緒に行ったり…
涼羽としては絶対にやりたくないが、女装して行ったりすれば…
さらなるサービスをしてくれると、京子は言い切っていた。
ぶっちゃけると、今回のサービスでもかなりやりすぎな感はあるのだけれど。
いつもの量を五割増しにしてもらえたうえに、その価格をさらに四割引きにしてくれるとか。
あの店、そんなことして商売は大丈夫なのだろうか。
涼羽が、そんな心配を思わずしてしまうほど。
「えへへ♪お肉い~っぱいサービスしてもらえたね~♪」
そんな心配性の涼羽をよそに、羽月はやりすぎ感満載のサービスを単純に喜んでいる。
人の目を惹く可愛らしい容姿で、天真爛漫な笑顔。
さらには、そんな笑顔で大好きなお兄ちゃんにべったりとくっついている。
「羽月…そのこと大きな声で言っちゃだめ」
「え?なんで?」
そんな笑顔の羽月に、涼羽からのたしなめるような声。
涼羽のいきなりなそんな声に、羽月も思わず疑問符が飛び出す。
「お…わ、私達だけがこんなサービスしてもらってる、なんて人が聞いたら、絶対『不公平だ』って言う人が出てきちゃうよ」
「あ…」
言い慣れない一人称に少々つまづきながらも、きっちりと羽月の疑問符に対する解答を用意する涼羽。
涼羽の用意した解答に、羽月も納得したような声をあげる。
「そしたら、当然他の人もサービスしろってなるじゃない。そんなことになったら、京子さんのお店、商売成り立たなくなっちゃうよ」
「そっか…そうだよね…」
サービスしてもらえるのは嬉しいし、正直家計の面でも助かる。
だからといって、その対象が自分達だけ、というのは、正直問題がある。
涼羽達は、自分達自身が京子の趣味的欲求を満たす要因して成り立っている。
つまりは、京子からしてみれば、そういったトレードオフが成り立っているのだ。
だから、あんな過剰なサービスをしてくれているわけなのだ。
だが、そういう対価を持たない人間がそこに行って、そんなサービスを要求したところで、京子は果たしてそれに応えてくれるだろうか。
答えは、否、と言える。
そうなると、当然、不公平だという声が上がってしまうのだ。
涼羽は、いつも恥ずかしい思いをさせられているが、その対価としていつも家計を支援してもらっている。
涼羽にとっては、なくなって欲しくないお店の一つなのだ。
ましてや、こんな自分が関係していることが原因になってしまうのならば、なおさら。
だからこそ、京子もそうだが涼羽も、このサービスの件については誰にも言ってないし、言うつもりもない。
だからこそ、ここで羽月にちゃんと言っておかないと。
そう思ったからこその、涼羽の言葉。
「だから、そのことは他の人に言っちゃだめ」
「うん」
「京子さん、いい人だし、京子さんのお店、いいお店だから」
「うん」
「だから…ね?」
「わかった!」
涼羽自身、恥ずかしいとはいえ、京子が自分を可愛がってくれていることを理解している。
だからこそ、そんな人を無碍にしたくないし、迷惑をかけたくもない。
ゆえに、自分の不注意で彼女のお店に不都合をもたらすことをしたくないのだ。
そんな涼羽の思いを、言葉をちゃんと理解してくれた羽月。
その幼さの色濃い美少女顔に、再び天使のような笑顔が浮かび上がる。
「えへへ♪」
そして、涼羽の身体にさらにべったりと抱きついてくる。
心底嬉しそうに自分に抱きついてくる羽月に、今度は涼羽が疑問符をあげる。
「どうしたの?羽月?」
「だって、おに…お姉ちゃんがすっごく優しいから」
羽月も普段から言い慣れない呼び方に少し戸惑ってしまうものの、兄を賞賛する言葉をしっかりと音にする。
「え?」
「だって、そんな風にあのお店のこと、心配してるよね?」
「そ、そりゃだって…」
「わたしのお姉ちゃんが、こ~んなに優しいお姉ちゃんだって思ったら、すっごく嬉しくて」
「べ、別にそんな…」
「京子さんのお店もそうだけど、何より京子さんが心配だから、いろんなこと気にしてくれてるもん」
「は、羽月…」
「こ~んなにも優しいお姉ちゃん、だ~い好き♪」
そう言って、べったりと兄の華奢な胸に顔を埋めて抱きつく羽月。
もともとが本当に優しい兄であることを知ってはいた。
でも、こんな風に誰かを思って優しくなれるなんて。
今の世の中、自分さえ良ければ、な考え方が多い中。
こんなにも、誰かのことを思える優しさを持っている兄、涼羽。
そんな人が、自分の兄でいてくれるなんて。
大好きで大好きでたまらない兄。
その兄が、もっともっと大好きになってしまう羽月。
褒められることも苦手で、もう十分すぎるほどに羞恥に染めている頬をさらに羞恥に染めてしまっている涼羽が可愛くて、もっと大好きになってしまう。
「…ふふ…」
そして、そんな羽月が可愛いのか、涼羽の童顔な美少女顔にも、慈愛に満ちた笑顔が浮かぶ。
羞恥に頬を染め、恥ずかしそうにしながらも。
自分の胸の中の羽月の頭を、優しく撫で始める。
「えへへ♪お姉ちゃんのなでなで、大好き♪」
羽月が常日頃、思う存分堪能しながらも、絶対に飽きることのない甘やかし。
兄でありながら、めっきりお母さんな涼羽の、蕩けるかのような甘やかし。
その心地よさを、この場で堪能し始める羽月。
またしても、兄妹の固有結界が発動してしまう。
「お姉ちゃん」
「なあに?」
「だあい好き♪」
「ふふ、ありがとう」
「お姉ちゃんは、わたしのこと好き?」
「うん、大好き」
「えへへ♪うれしい♪」
二人の目を惹く美少女達が、天下の往来でゆりゆりしくもほのぼのとしたやりとりを繰り広げている。
母と幼い娘のような、ほのぼのとした雰囲気。
妹の、天使のような笑顔。
兄の、慈愛の女神のような笑顔。
まさに眼福と言える光景。
そんな光景を、通りすがりの多くの人間が目撃してしまう。
「うわ~…何あれ。すっごく可愛い~」
「女の子同士であんなにべったりして…でも、幸せそうで可愛い!」
「もう二人共、可愛すぎてぎゅってしたい!」
「ああ~もう!なんでそんなに可愛いのよ!」
その光景を目の当たりにした女性達。
まさに兄妹の幸せをおすそ分けされるかのように、笑顔が浮かんできてしまう。
美少女姉妹にしか見えない可愛すぎる兄妹を、抱きしめたくてどうしようもなくなってしまう。
ああ神様、こんなにも見てるだけで幸せな光景を与えてくれてありがとう。
たまらず、その場にいた人全てが、思わずその光景を動画で撮影してしまっている。
「お…おいおい、なんだあの美少女達は」
「あの娘達、この近くの中学校の生徒達か?」
「あの制服、確かそうだよな」
「すっげー美少女。あんな娘があの中学校に通ってたなら、絶対どっかで見かけてるはずなんだけどな~」
「ちっちゃい方の娘は何度か見たことはあるけど…」
「背の高い方は、見たことないな~」
当然のことながら、通りすがる男性の目も全て惹いてしまう。
しかも、その中には、涼羽の通う高校の生徒及びクラスメイトまでいる始末。
その美少女姉妹の片割れが、実は自分の学校に通っている男子生徒だなんて、知る由もなく。
普段のもっさりした、人を寄せ付けない雰囲気の涼羽と比べれば…
今の涼羽は明らかに別人だろうと言えるほど見違えるものとなっている。
ゆえに気づくことなどないのだけれど。
「しっかし二人共めっちゃ可愛いな~」
「あんな美少女達があんなにべったりと…」
「正直、見てるだけでたまらん…」
男性達にとっても、まさに眼福と言えるであろうその光景。
幸せそうに仲睦まじく、寄り添う二人の美少女。
そんな二人を思わず写真に撮ってしまう人間が多数現れてしまう。
その中には、涼羽のクラスメイトまでもが。
「へへ。来週学校行ったら、こんなすげー美少女見かけたって、自慢できるな」
「だな!今ここにいる俺らだけだよな!」
ちなみに彼らは、母親に買い物を頼まれて仕方なくこの商店街に来ていたのだ。
面倒なことを頼まれて、嫌々出てきたのだが…
まさか、こんなにも可愛い美少女達を見ることができるとは。
しかも、近辺の中学校の生徒だなんて。
買い物に来てよかった。
思わず、彼らはそう思ってしまっていた。
そして、今後はこの商店街に買い物に来よう。
むしろお願いされる前に自分から行こう。
そんなことを思い、そして、実際に実行してしまう。
彼らの母親達は、普段はぶーぶー言う息子どもがこんなにも買い物に行ってくれるようになるなんて。
そんなことを思い、息子の成長ぶりに目を細めるようになってしまう。
実際には、この美少女姉妹にしか見えないほどに可愛すぎる高宮兄妹を見たいから、という下心満載の動機なのだが。
「お姉ちゃん、次は何買うの?」
「次は野菜を買いに行くの」
「!わ~い、お野菜♪お野菜♪」
「ふふ」
そんな周囲のことなどまるで意識に入ることなどなく…
見せ付けるかのようにそのほのぼのとしたやりとりを続ける高宮兄妹。
意外にも好き嫌いなどなく、野菜はむしろ大好きな羽月。
涼羽の次の目的が野菜と分かり、見た目まんまの子供のように喜んでいる。
しかし、今日この日、クラスメイトに女装した自分を撮影されてしまい…
しかも、それをクラスの話題とされてしまうのだが…
それが、今後の涼羽の立ち位置を大きく変化させることになるだろうとは…
この時の涼羽には、知る由もなかった。
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