第39話 な、なに?この嫌な感じ…

週末の土曜日のお昼手前頃。

そろそろ昼食時となるこの時間帯。


ファミレスやファーストフード店などのお食事処は忙しい時間帯。


しかし、そう行った店とは無縁な、時代を感じさせる、古い装飾の店が立ち並ぶ商店街。

スーパーやコンビニという、品揃えが多くお手ごろな価格の量販店に押されてはいるが、この商店街はそういった店舗が近隣に存在しない。


この近辺からだと、最寄のコンビニに行くだけでも歩いて二十分以上。

スーパーなどは、歩いて三十分以上もかかる。


なので、この近隣の住民はこぞってこの商店街を御用達にしているのだ。


スーパーのように、一店舗で一揃いのものを買い揃えることはできないが、それぞれが老舗とも言える店舗が揃っている。

そのため、質に関しては申し分なく、価格も決してひけをとらない。


また、お互いが近隣の住民同士ということもあり、懇意になりやすく、融通も利きやすくなる。

一通り買い揃えるには、少し歩く必要はあるものの、それでも遠いスーパーやコンビニに行くよりは全然近く、時間もそうかかることはない。


また、時代の流れにのっているのか、商店街全体でポイントカード制度も設けている。

商店街内の店舗全共通で一定価格購入によるポイント加算。

一つのカードにつき、三十ポイントで満タンとなり、満タンとなったポイントカード一枚につき、二千円分の商品券との交換となる。


この商品券も、商店街内の全店舗共通で使用できるため、還元率としてはそれなりとなっている。


当然、涼羽もこの商店街を御用達にしている。

なので、食材や生活用品などの買い物は基本的に全て、この商店街で行なっている。


ちょうど、昼食の分も含め、足りなくなった食材を買いに出かけているところ。

この日は珍しく、妹、羽月と一緒に、だ。


「うう…」


いつもなら、自分で決めた予算の中で何を買おうか…

そういったことを考えながら買うことを楽しみとしている。


そのため、普段の素っ気無い雰囲気が嘘のように柔らかく、人の目を惹く表情をしているのだが…


この日は、事情が違っているのだ。


「えへへ♪」


涼羽の右腕をぎゅっと抱きしめて離さないまま、共に歩く羽月。

天真爛漫で、幸せそうな笑顔が、周囲の通行人の目を惹くものとなっている。


一方の涼羽の方は、普段はもっさりと野暮ったい前髪をヘアピンで左右に開いているため、普段見られることのないその表情が丸見えとなっている。


その丸見えとなっている表情は、心底恥ずかしい、と、まるで顔に書いてあるであろう表情。


それもそのはず。


この日は妹のお願いで、妹とお揃いの制服――――羽月の学校の女子用の制服――――に、身を包んでいるのだ。


男である自分が、女子用の服装に身を包むと言うだけでも恥ずかしくてたまらないのに、さらにはその姿を妹に思う存分観賞され…

さらには、今このように、女装した姿で外出までしているのだ。


自分が男だという意識の強い涼羽が、こんな状況で何も感じないはずもなく…

ただひたすら、自らに襲い掛かる羞恥に必死に耐えているところだ。


「(ううう…恥ずかしい…)」


普段と違い、露になっているその美少女顔。

花をも恥らう乙女、といった感じで、まさに護ってあげたくなるような儚さに満ちている。


そして、そんな完全無欠の美少女と化した涼羽。

その妹であり、こちらも完全無欠の美少女である羽月。


そんな二人が、対照的な様子でべったりとしながら歩いている姿。


道行く人の誰もが、完全無欠の美少女姉妹にしか見えない兄妹に、目を奪われている。


「うわ~、あの娘達、姉妹かな?どっちもすっげ可愛い…」

「背の高い方がお姉ちゃんかな?なんか、すっごく恥ずかしがってるけど…」

「お姉ちゃんの方、なんか思わずぎゅってしたくなっちゃうくらい可愛い!!」

「妹ちゃんも、ちっちゃくて可愛い!!二人揃って、ぎゅってしてあげたい!!」


周囲を歩いている女性達は、この二人を見て、まさに愛してあげたくなるといった感じ。

誰もが今の涼羽を男だなどと、微塵も思うことはなかった。


「ちっちゃい方は子供っぽいけど、可愛いな」

「え?俺はあのお姉ちゃんの方が可愛すぎてたまんねんだけど」

「お姉ちゃんの方は胸が残念なのが…でも、それでもたまらん!」

「バッカ、それがいいんだろが!もうめっちゃ清楚な感じがして、たまんねーよ!お姉ちゃんの方」

「二人とも脚綺麗だな~。特にお姉ちゃんの方はすらっとしてて、それでいてたまらん肉付き…」


男性達は、こぞって涼羽と羽月の二人を品定めするかのようにねっとりとした視線を向けている。


特に視線を向けられているのは涼羽。

胸はさすがに残念としかいいようがない――――男の子だから、当然なのだが――――が、スレンダーですらっとしていて、正統派美少女と言える容姿。

しかも、短めのスカートから伸びる脚の綺麗なこと綺麗なこと。


羽月の方も子供っぽさが色濃いとはいえ、やはり正統派美少女と言える容姿。

しかも、身体の方はなかなかに女性として育っており、そのギャップが男性達のねっとりとした視線を向けさせてしまう。


普段からそんな視線を受けている羽月は、それに対する不快な気持ちを癒すかのように、兄、涼羽にべったりとくっついたまま、歩き続ける。


一方、そんな視線を受けることなどなかった涼羽は…


「(な、なに?なんか、すごくねっとりとして、嫌な感じが…)」


まるで首筋を舐められるかのような、ねっとりとした不快感を感じてしまっている。

そして、初めてそんな視線を向けられていることを認識できておらず、何が何なのか分かっていない状態だ。


なんだか、怖い。

なんだか、おぞましい。


年頃の男子でありながら、そういった男性としての欲求とは無縁と言ってもいい涼羽。

その視線が、男として当然の欲求を向けられていると気づくはずもなく。


それどころか、男である自分が、男にそんな欲望の対象として見られているなどと、知る由もなかった。


最も、目立つことを極端に嫌う涼羽からすれば、これほどに周囲の視線を集めてしまっているだけでここから逃げ出したくなるほどなのだが。


そんな視線と、その視線の中に混じっているおぞましいなにか。


それらを感じて、思わず身体が震えてしまう。


嫌だ。

嫌だ。

嫌だ。


そんな涼羽をそっと包み込むかのように、涼羽の身体にぎゅうっと回される腕。


「?…」


ふと見てみると、羽月が涼羽の身体に抱きつき、その胸に顔を埋めて甘えてきている。


「羽月?…」


瞬間、あっけにとられた表情で、妹の方に視線を向ける涼羽。


「お姉ちゃん」

「!お、お姉ちゃんって…」

「じゃあ、ここで、今その格好なのに『お兄ちゃん』って呼んでいいの?」

「!う…」


いきなり『お姉ちゃん』と呼ばれたことに、思わず抗議してしまう涼羽だったが…

今、自分は女の子の格好をしていて、しかも不特定多数の視線に晒されている状態。


それを羽月に指摘されて、思わず口をつぐんでしまう。


男である自分が『お姉ちゃん』と呼ばれることに激しい抵抗感を感じながらも…

男だとバレるよりは、と思い直し…

どうにか、こらえることとなる。


「お姉ちゃん、大丈夫」

「?…」

「わたしとお姉ちゃんを見てるやらしい視線」

「!?…」

「怖いんでしょ?その視線が」

「お、俺が…」

「だめ」

「え?」

「今は女の子なんだから、『俺』なんていっちゃだめ」

「!…」

「はい、やりなおして」

「う…わ、私が?…」

「だって、お姉ちゃんすっごく可愛いもん。だから、そんな視線向けられてもおかしくないもん」

「で、でも…」


俺、男なのに…


いくら女装しているとはいえ、男であることに変わりはない。

そういう意識が、涼羽の中にはあった。


それが、男だということを微塵も気づかれることもなく…

それどころか、女の子として周囲の目を惹いてしまうほどの完成度。




――――それこそ、男性の欲望の視線までも――――




今この状態で、男とバレてしまうことは決してあってはならない。

ならないのだが…


男であることを微塵も疑われることもないとなると、それはそれで落胆を隠せない。


そんないいようのない矛盾した想いが、涼羽の中をぐるぐるとかけ巡る。


「だから、大丈夫」

「え?…」

「わたしだけのお姉ちゃんだもん」

「羽月?…」

「お姉ちゃんに向けられてるやらしい視線から、わたしがお姉ちゃんを護ってあげる」

「!!…」


そういって、べったりと抱きついてくる羽月に、涼羽はただでさえ羞恥に染められた顔をさらに赤らめてしまう。


まさか、妹に護られるなんて…


そんな想いが涼羽の中で膨れ上がり、より羞恥をかきたててしまう。


「お姉ちゃんは女の子デビューしたばっかりだから、こういうの全然知らないし、慣れてないもん」

「は、羽月…お…わ、私は…」

「こ~んなに可愛いお姉ちゃんをあんなやらしい目で見るなんて許せない」

「あ、あの…」

「安心してね♪お姉ちゃん♪お姉ちゃんは、わたしが護ってあげるから♪」

「だ、だから…」

「えへへ♪お姉ちゃんだあい好き♪」


いつものように、べったりと甘えてくる羽月。

しかし、それでいて周囲の介入の許さないといわんばかりの固有結界の発動。


美少女同士のべったりとした、甘やかなやりとり。


心底嬉しそうな顔で、上目使いで自分の顔を覗き込んでくる妹に、涼羽の顔も思わず綻んで来る。


「…ふふ…」


べったりと自分に抱きついている妹の身体を優しく抱きしめ…

その慈愛を注ぐかのように、その小さな頭を、優しく撫で始める。


「えへへ♪お姉ちゃん♪」

「なあに?」

「大好き♪」

「ふふ、ありがと」


もはや高宮兄妹の間では、日常の一環となっているやりとり。


今は、兄の方は女装して超絶美少女な姉となってはいるが。


いつもの『お母さんモード』にスイッチしたことにより、周囲の視線も感じなくなっている今の涼羽。

人の目があることすら忘れて、甘えてくる妹を目いっぱい甘やかす。


そんなほのぼのとした美少女姉妹のやりとりに、周囲は…


「わ~、なんて可愛いのかしら。あの二人」

「妹ちゃん可愛すぎ!あたしにもあんな風にべったりと甘えて欲しい!」

「お姉ちゃんはものすごくお母さんみたい!あんな可愛いお母さんなんて、ずるい!」

「いいなあ~、私もあんな風に甘やかして欲しい!」

「もう~、見てるだけで癒されちゃう!すっごく可愛い!」

「もう二人ともお持ち帰りしちゃいたいくらい可愛い!」


いつの時代も、可愛いというのは正義なのだろうか。


そのほのぼのとしたやりとりを続ける美少女姉妹の可愛らしさに、周囲の女性陣は目だけでなく、心も奪われている。


「うわ…なんだよあの可愛らしさ。反則じゃねえか」

「やべ…どっちもすっげ可愛い」

「なんだろ…あのお姉ちゃんの方に、あんな風に甘えさせて欲しいな」

「あ、お前もか?」

「え?まさかお前も?」

「あれ、ぜってーそう思っちまうよな!」

「あれ、ぜってーいい匂いするんだろーな」

「もうああされただけで、幸せの絶頂になれそうだもんな!」


男性陣の方は、先程までの性的な欲望の視線から、涼羽に甘やかして欲しいという欲望の視線に変わってしまっている。


あんなに可愛いお姉ちゃんに、あんな風に甘やかされたら…


そう思うだけで、周囲の男達の顔がだらしなくゆるんでしまう。


これを狙って、ああしたのなら、羽月はかなりの策士と言えるだろう。

まあ、実際には、ただなんとなくこうしたらいい、という勘から来た行動なのだが。


周囲の目だけでなく、心までも奪いながら…

高宮兄妹は、互いに幸せそうに仲睦まじく寄り添いあっている。

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