第38話 お兄ちゃん、恥ずかしい?
「や、やだやだ!!」
週末、休みの土曜日の午前。
そろそろ正午になろうかという時間帯。
日々の学業や職務の疲れを癒せる、平穏な時間。
この高宮家も、そうした平穏な雰囲気に満ち溢れ…
涼羽はその平穏を噛み締めながら、家事をこなしていく…
そのはずだったのだが。
その平穏を打ち破るかのような、何かを拒絶する涼羽の声。
一体、なぜこんな声を出してしまったのか。
「え~…一緒に行こうよ。お兄ちゃん」
そんな涼羽の声に対し、半ば駄々をこねるような羽月の声。
事の発端は、涼羽が食材の買い物に行こうとしたところから始まる。
妹のお願いで、見事なまでに完璧な美少女女子学生となっている今の涼羽。
本当はすぐにでも着替えてしまいたかったのだが、羽月が猛烈な抵抗を見せるため、結局その姿のままでいることに。
そのため、見られているだけでも恥ずかしくてたまらない涼羽だったが、それでも一通りの家事をこなしていった。
そして、朝のうちに冷蔵庫の中身を確認しており、昼から買い物に出かける予定だったのだ。
当然、外に出るならば、いつもの服装に着替えるつもりだった涼羽。
そこに、待ったをかけたのが、妹の羽月だった。
見ているだけで眼福と言える今の涼羽の姿。
それを、もっと長く見ていたいという羽月の想いから出た言葉。
――――どうせなら、わたしも一緒に行くから、そのままで行こうよ――――
と、いうお願いというか、おねだりというか…
を、涼羽にぶつけたのだ。
しかし、涼羽からしてみれば、今の格好は妹に見られているだけでも恥ずかしくて恥ずかしくてたまらないもの。
本音で言えば、すぐにでも着替えてしまいたい。
それほどに、強烈な抵抗感があるのだ。
そんな格好で、外に出るなど、考えたくもない。
考えただけで、恥ずかしくて消えてしまいそうになるほどなのだ。
いつもは妹である羽月のお願いを――――ある程度の範囲までは――――笑顔で聞いてくれる兄、涼羽なのだが…
このお願いだけは是が非でも避けたい。
その想いが、声となって表われたのだ。
そこまでが、この一連のやりとり。
しかし、全力で猛烈な抵抗を見せる涼羽に、羽月はずるずると食い下がろうとする。
学校のない休みの日であるにも関わらず、今の羽月は自身の通う中学校の制服に身を包んだ状態なのだ。
せっかく、自分の学校の制服を兄が着ているのだから、どうせならお揃いの姿で外出したい。
その想いから、わざわざ着替えてきたのだ。
いつも優しい兄が、ここまで抵抗するということは、それだけ嫌で、恥ずかしくてたまらないことなのだろう。
それは、十分に承知している。
――――だからといって、それで『仕方ない』とすることなどできない――――
せっかくお揃いの格好ができるのだから。
制服とはいえ、ペアルックでお出かけしてみたい。
この可愛すぎる兄を、他のみんなにも見てもらいたい。
この可愛すぎる兄を、自分だけのものだと全力で主張したい。
ゆえに、羽月もここは一歩も引くつもりはないのだ。
「や、やだ!」
「お兄ちゃん、お願い♪一緒にこの格好でお出かけしようよ♪」
「む、無理!!恥ずかしすぎて、絶対に無理!!」
「せっかくペアルックなんだから、一緒にお出かけしようよ~♪」
お尻からぺたんと床につき、女の子座りで激しい抵抗を見せる涼羽。
その顔は、若干涙目になっており…
さらには、まるでペンキで塗りたくったかのように真っ赤に染まってしまっている。
そんな、頑として家から出ない、という意思表示を見せる兄に対し、いつもの甘えん坊口調でおねだりを続ける羽月。
羽月も、何が何でもこの美少女と化した兄とお揃いの服でお出かけをしたいのだ。
「だめ!!絶対だめ!!」
「お兄ちゃん…」
「ねえ…お願いだから、それだけは許して…」
「!……」
真っ赤に染まった顔での上目使い。
うるうると潤んだ、大きくくりっとした瞳での上目使い。
まるで頂かれそうになる少女そのものといえる、兄の被虐的で可愛らしい仕草。
いつもは自分がやっていることを、逆にやられてしまっている羽月。
こんなにも愛らしい兄の姿。
反則過ぎる。
つい、『うん』っていっちゃいそうになってしまうほど。
無自覚、無意識で、あざといと言えるほどの攻撃を見せる兄。
自分が男なら、絶対にお願いを聞いてあげていたに違いない。
いや、女子でもこの懇願に抗えることはないだろう。
それほどの破壊力が、今の涼羽にはあった。
しかし、同時に別の欲望も出てきてしまう。
――――この可愛すぎるお兄ちゃんを、もっと恥ずかしがらせてみたい――――
そんな、いけない想いが、羽月の中で急速に膨れ上がっていく。
そして、そこで羽月は思った。
――――なら、今からもっと恥ずかしいことしたら、このままでお外に出るのも大丈夫になるのかな――――
と。
「?…羽月?…」
若干俯き気味になったまま、言葉を発さなくなった羽月を、不安げな表情で見つめる涼羽。
どうしよう。
何か、嫌な予感がする。
涼羽のこれまでで養われた、危険を察知する嗅覚とも言える感覚が、警報を鳴らすかのようにそれを伝えてくる。
そして、その感覚が間違いではなかったこと。
そして、それを感知することができたとしても、結局はどうにもならなかったこと。
それが、この後の羽月の行動で証明されてしまう。
「羽月?…」
一向に反応のない羽月に、再び不安げな声をかける涼羽。
「どうし……!」
しかし、その声を最後まで響かせることはできなかった。
なぜなら、妹、羽月の唇が、兄である涼羽の唇を奪いさるかのような力強さで、塞いでいたからだ。
「ん!?んん!?」
「ん~…」
しかも、いつものような触れるだけのものではない。
妹の舌が、兄である自身の唇の壁をこじあけ…
さらには、その中――――しっとりとした、口腔内――――に、しっかりと入ってきたのだ。
「(え!?え!?な、なに!?なにこれ!?)」
もはや何が何なのか、まるで分からない状態の涼羽。
突然の妹の行為に、どう反応すればいいのかまるで分からず、完全に固まってしまっている。
その瞬間、羽月の舌が、涼羽の口腔内を闇雲に触れ始めた。
口の中を自分以外の舌が動き回っている。
その感覚に、思わず涼羽の身体が震え上がる。
「!!んっ!!」
まるで、羽月に胸を吸われている時のような…
むき出しの背筋をそっとなぞられるかのような…
あの感じが、したのだ。
「(これ、なんか気持ちいい…もっとしたいな…)」
兄の口腔内に触れることで、今まで感じたことのない心地よさを感じる羽月。
どこかふわふわとして、それでいて背筋をそっとなぞられるかのような…
その感覚、心地よさがもっと欲しくなって、さらに涼羽の口腔内を、羽月の舌が味わうかのように動き回っていく。
「!!んんっ!!んっ!!」
妹の舌が動き回る度に、びくんびくんと震える涼羽の身体。
上から覆いかぶさるように自分の唇、そして口腔内を貪る妹。
その妹を支えるような姿勢を維持できなくなり…
ついに、妹に押し倒される形で、床に背を横たわらせてしまう。
「(びくびくして震えてるお兄ちゃん…可愛い…もっと、もっと…)」
今の格好でいるよりも、もっと恥ずかしい想いをさせたい。
そうすれば、この可愛い兄が自分のお願いを聞いてくれるかも知れない。
どこかぶっ飛んだ感のある発想。
しかし、どうやったらいいんだろう。
少しの間考え、結論に至った行動が、これ。
――――兄の唇を、無理やり奪って、さらに中まで味わう――――
正直、羽月自身もなんでこんなことをしたのか、よく分かっていない。
なぜ、これをすれば兄がさらに恥ずかしがるのか。
なぜ、これで兄が言うことを聞いてくれるようになるのか。
そんなこと、全然分からない。
でも、なぜかこれでいいような気がする。
これで、お兄ちゃんはもっと恥ずかしがってくれる。
そんな、論理的な解や証明など何一つない、ただの直感。
しかし、確信を持って言える。
この直感は、間違っていない、と。
もともと兄とのキスは大好きなので、最近はしたくなった時に不意打ちでしてしまっている。
こういう行為も、兄の愛情を感じることができるからだ。
しかし、それでも口の中に自身の舌を入れて…
なんていうことは、今このときが初めて。
親愛のキスしか知らない羽月、そして涼羽。
これが、恋人同士の、情愛のキスなどとは、知る由もない。
「ん…」
「!ん!」
何も知らない羽月の、稚拙な動きの舌。
それが、実の兄である涼羽の舌に絡みつく。
舌と舌が、激しく動く。
片方は、逃げるような、いやいやをするような動き。
片方は、それを追いかけて捕まえる動き。
舌と舌の触れ合い。
羽月はそれにふわふわとした幸福感と心地よさを感じ…
涼羽はそれに背筋をなぞられるかのようなぞくっとした感覚と、いいようのない恥ずかしさを感じている。
「(な、なにこれ…羽月にこんなことされるの…すごく恥ずかしい…)」
「(えへへ…お兄ちゃんとのちゅー、気持ちいい♪もっとしたい♪)」
実の妹に、自身の口腔内が触れられている。
まるで、自身の内部まで侵入され、そこから味わわれているような感覚。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
大和撫子とも言えるような貞淑で清楚な思考の涼羽には、この行為は耐え難いものとなっている。
まさに、羽月が感じた通りとなっている。
一方の羽月は、最愛の兄とのこの行為が、あまりにも心地よくて、幸せすぎて…
本来の目的も忘れて、貪るように兄とのキスを楽しんでいる。
「ん…ふあ…」
ようやくといった感じで、名残惜しそうに涼羽の唇を解放する羽月。
ここまでで経過した時間、実に五分ほど。
実の兄妹が、お互いの口腔内で触れ合うようなキスを初めてで五分もの間続けていたことになる。
奪った羽月の方は、その幸福感を全て表すかのような満面の笑顔。
奪われた涼羽の方は、いいようのない恥ずかしさに襲われ、涙目となっているその顔を羽月に見せることも、羽月の顔も見ることができずに、ぷいと顔を逸らしてしまっている。
「えへへ♪…お兄ちゃん、恥ずかしかった?」
今の兄の様子を見ていれば、答えなど一目瞭然。
聞かなくても分かっているのだが…
どうしても兄の口からそれを聞きたい羽月は、声を出して兄に問いかけた。
「……見ないで……」
返ってきたのは、か細く儚げな声。
「お兄ちゃん、すっごく恥ずかしかったんだね♪」
その反応で十分とした羽月は、喜々とした表情で肯定の意を受け取る。
「~~~~~~~~~うう…」
女装している今の状態よりもさらに恥ずかしかった、この行為。
ましてや、それを女装している状態でされてしまったのだ。
もうその恥ずかしさは、どうすることもできないほどなのだろう。
その恥ずかしさが、顔にも、表情にも、仕草にも表われている。
「お兄ちゃん♪こんなに恥ずかしい思いしちゃったんだから、お外に出ても大丈夫だよ♪」
「!そ、それは……」
依然として拒絶の意が見られる涼羽の反応。
しかし、それもか弱いものとなっている。
もちろん、このスキを羽月が逃すはずもなく――――
「お兄ちゃん♪一緒にお出かけしてくれないなら、お家でずっとお兄ちゃんにちゅーしちゃうよ?」
――――対となる選択肢を突きつけてきた。
「!!」
もはやこの時点で涼羽に勝ち目はなく…
詰んでしまったも同然。
「だから、一緒にお出かけ、しよ?」
天使のような笑顔で、鈴の鳴るような可愛らしい声で放たれる、可愛らしいお願い。
それを受ける側の涼羽としては、まるで死刑宣告のようにしか見えないし、聞こえないのだが。
「…きょ、今日だけだから、ね…」
せめてもの抵抗で、今日だけ、という条件をつけた涼羽。
しかし、無理やり奪われた後の被虐的な状態では、逆に煽っているようにしか見えなくなってしまっている。
「!えへへ~♪ありがと!」
そんな兄を可愛いと思いながら、ようやくお願いを聞いてもらえたことにさらにぱあっと明るい笑顔になる。
羽月としては、当然今日のみにするわけもなく、今後もお揃いでお出かけをしていきたい。
だから、その度にこんなことをして、お願いを聞いてもらおう。
そんな悪魔のような考えに至っている妹、羽月。
それでも、涼羽にとっては可愛い妹なのだ。
そんな妹のために、涼羽は昼からもさらに羞恥と戦うこととなる。
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