第35話 …スカートって、こんな感覚なんだ…
「うう…なんでこんなことに…」
そんな憂鬱さと、恥じらいに満ちた声が、その場に淡く響く。
声の主は、この高宮家の長男、涼羽。
今日は掃除や洗濯など、普段からしている家事全般に取り組み…
ついでに破れが目立つ衣類の修繕などもしてしまい…
普通に食事まで終わらせてから、今一番の趣味としているコンピュータに打ち込む…
そんな一日のご予定が、涼羽の中ではできあがっていた。
できあがっていた、のに。
その予定をこなしつつも、一日を平穏に過ごせる。
そう、確信していたのに。
そんな平穏無事なところに、不意打ちで爆弾を投下されたかのような…
涼羽にしてみれば、今の状況はまさにそれに等しいと言えるもの。
「…これを、俺が…」
心底憂鬱そうな溜息をひとつつきながら、妹、羽月から手渡されたものに視線を向ける。
すでに袋から出され、その手の上にあるのは、羽月の学校の制服。
それだけなら、特に憂鬱になることもないはず。
しかしながら、涼羽が今手に持っているのは――――
――――男子生徒用ではなく、女子生徒用のもの――――
――――そう、女子用の制服なのだ。
今となってはとことん甘えん坊な妹、羽月からのお願い。
それは、今目の前にあるこの女子用の制服を着てほしい、とのこと。
普通に考えてみれば、おかしいところだらけなお願いもいいところ。
普通の妹は、兄に女子生徒用の制服を着てほしい、などとは言わない。
仮にそれが実現するとしても、なんらかのペナルティ、もしくは罰ゲーム的なものくらいのはず。
幼年とも言えるほど幼い頃ならば、あるかも知れない。
しかし、今の涼羽は今年で十八歳。
いってみれば、大人の仲間入りの一歩手前とも言える年齢なのだ。
そんな大の男に、あっけらかんとした、それでいて期待に満ち溢れた表情で女の子の服を着てほしい、なんてことをいうだろうか。
普通は、言わないだろう。
あるとしても、よっぽど何か裏があるとしか思えない。
だが、羽月はただ純粋にこう思って、お願いしただけなのだ。
――――お兄ちゃんがこれを着たら、すっごく似合いそう――――
本当に、ただそれだけ。
自分が男だという意識が強い涼羽なだけに、これだけは全力回避したいところだったのだが…
妹の期待に満ちた、純粋な笑顔。
その笑顔からの、お願い攻撃。
無碍にすれば、間違いなくその笑顔を萎れさせてしまうことだったろう。
いつも自然に妹を優先してしまっているため、結局のところ、そのお願いを受け入れることとなってしまったのだ。
「……はあ…」
憂鬱だが、着替えるしかない。
結局は、自身が受け入れたこと。
自身の言葉を、嘘にしたくないし。
そうすることで、羽月の笑顔を曇らせたくない。
ちょっとだけ着て見せて、それで終わりにしよう。
そんな、半ばあきらめのような決意のもと、今着ている衣類に手をかけ、脱ぎ始める。
ちなみに、今涼羽は自室の方にいる。
いくら実の兄妹とはいえ、さすがに着替えているところを見せたくない。
ましてや、普段なら絶対に着たいなんて思わない、女の子の服なのだ。
そんなものに着替える様を見られるだけでも回避したい。
そんな思いから、羽月をリビングに待たせて自室で着替えることとなっている。
衣擦れの音を淡く自室に響かせながら…
薄手の長袖トレーナー。
ゆったりサイズのジーンズ。
両方を脱ぎ、きちんと畳んで布団の上に置いておく。
今の涼羽は、インナーとして着ているタンクトップに、至って普通のトランクスだけの状態だ。
「……う…」
ここからは、着ていくことになるのだが…
普段ならば絶対に着るはずもない衣類。
やはり、いざ着ようとすると、戸惑いが生まれてくる。
今から、男なのに女の子の格好をする。
そう思ってしまうだけで、二の足を踏んでしまう状態だ。
「…よ、余計なことは考えない!」
戸惑う自分に喝を入れるように声を出し。
意を決してその女子用の制服を手に取る。
最初は、純白のブラウスから。
そのほっそりとした腕を袖に通し…
前のボタンをひとつずつかけていく。
いつもと、前の合わせが逆になっていることに若干戸惑いながらも、着ることができた。
「…合わせが右前ってだけで、着づらくなるんだな…」
普段自分が着ているものとの違いに戸惑いながらも、どうにかブラウスは終了。
そうして、次は…
「…スカート…俺、男なのに…」
この日本に住んでいるならば、男として普通に生きているならまず着用することのないもの。
これを着なければならないことに、またも憂鬱になってしまう。
しかし、着ないといつまでも事が終わらない。
憂鬱な気持ちをこらえながらそれを手に取ると、輪の中に足を片方ずつ通し、腰の方まで上げていく。
「…確か、これでよかったよな…」
いつものズボンやスラックスを履くのと違い、スカートの輪の部分を腰の一番細いところに合わせる。
女性と男性では、腰の位置が変わることを、涼羽はちゃんと把握していた。
羽月が自宅でブラウスとスカートだけでいるところを、よく目の当たりにしていたため、おおよその位置を把握することができていたのだ。
「…すんなり通るな、これ。ちょっと余裕あるくらいかな?」
本来なら、女の子の身体に合わせて作られているもの。
男子の身体には基本合わないはずなのだが…
涼羽の腰は、その見知らぬ誰かさんのスカートに対してむしろ余裕があるようだ。
「羽月は俺とほぼ同じくらいの体格の子だって言ってたけど…ちょっと太ってたりするのかな?」
そのスカートの元の持ち主が聞けば怒ってしまいそうな、失礼なことを口に出してしまう涼羽。
男である自身の身体に、少しながら余裕があるくらいなのが、不思議に思えたようだ。
ちなみに、この制服の元の持ち主は、スポーティーでスレンダーな、スリムさが評判のスタイルの持ち主。
羽月も、その無理のないスリムさを羨ましがっていたくらいだ。
そんな人物の体型に合わせたスカートが普通に履けるのだから、涼羽の身体がいかに細いかがよく分かる。
「…わ~…なんか短くて、すぐに中が見えそう…それに、スースーする…」
実際にスカートを履いてみた涼羽の口から、飛び出す言葉。
実際、長さとしては膝上5cmくらいとなっている。
そのため、涼羽の普段はまず露出することのない、その脚が惜しげもなく晒されることとなっている。
涼羽は身長に対して脚が長く、腕の方は逆に短めという体型。
小柄で、いつもボディラインが分かりづらい服装をしているため、目立たないが、結構日本人離れした体型をしている。
そのため、当然ながら腰の位置も普通の人より高いものとなっている。
そのため、元の持ち主が履けばちょうど膝丈となるこのスカートも、涼羽が履けば膝上の丈になってしまう、ということになってしまっている。
「…女の子って、よくこんなの履いて生活できるな…」
普段から肌を露出することをせずに生活している涼羽の感覚からすれば、スカートという衣類はまさに異質なものとなってしまう。
普通に立っているだけで、太ももの下の方から丸出しになってしまっているのだ。
それに、肌が直接衣類に触れないので履いてる感覚がなく…
さらには、ちょっとしたことでめくれあがったりして、中が見えてしまうそうな頼りない感覚。
誰に見られているわけでもないのに、涼羽の頬にはうっすらと羞恥の色が浮かんできている。
スカートの下から伸びている、涼羽の脚。
黒の膝下までのソックスに包まれているだけの、涼羽の脚。
ほっそりとしていながらも、適度な肉付き。
しかも、無駄毛など皆無に等しく、形もいい。
普通に、『女の子の脚』として、綺麗で素晴らしいと評価されるほどのもの。
スカートを履いていることもあり、まるで女の子の脚にしか見えないものとなっている。
「うう…自分一人だけなのに、なんか恥ずかしい…」
脚を見せる、ということに縁のない生活をしている涼羽にとって、スカートを履いていることそのものも恥ずかしいが、それ以上に普段見せない部分が丸出しになっていることが恥ずかしい。
普段は包まれているはずの太ももまで露出している状態だ。
心なしか、むき出しになっている部分が何かに触れられている感覚すらして、それがより涼羽の羞恥に拍車をかける。
「と、とにかく…次はリボンタイ…」
こみ上げてくる羞恥に居心地悪そうにしながらも、赤のリングタイプのリボンタイを手に取る涼羽。
そのリボンタイを、頭から通し、首の位置に合わせ、ブラウスの襟の下に入れ込む。
実にそれだけの作業なのだが…
「…リボンってだけで、本当に女の子って感じがするなあ…」
ただのネクタイならば、そこまでの違いを感じなかったかも知れない。
しかし、こんな風に男女の違いを強調するような装飾をするだけで、これを着ているのは女の子、だということを全面に押し出しているような気がする。
まだ鏡すら見ていないが、スカートを履いてリボンタイを付ける…
これだけで、嫌でも自分が女の子の服を着ていることを突きつけられている感じがする。
すでに涼羽の顔は見事に真っ赤に染まってしまっている。
「…あとは、ブレザー、と…」
最後に、暗めの緑色のブレザー。
そのブレザーを手に取り、その腕を片方ずつ袖に通す。
そして、二つあるボタンをきっちりと留める。
「…着ちゃった…」
ただ、女子用の制服を着ただけ。
本当に、それだけなのだが…
それだけであるにも関わらず、見事なまでに自然な美少女女子学生が、そこにいた。
男であるがゆえに、胸は当然ながらないのだが…
涼羽の場合は、それが返って清純さ、貞淑さを強調するものとなっている。
掃除中だったため、ポニーテールにしている長い髪。
すでに背中の方にまで伸びているその艶のいい黒髪。
それが、より女の子らしさをかもし出している。
顔の上半分を覆うような野暮ったい前髪が、やや残念だが。
膝上の丈のスカートから伸びた脚も、健康的な魅力を引き出し、より今の涼羽を女子と見せている。
顔の造詣そのものは、素のままで過ぎたほどに美少女といえるもの。
メイクなどしなくても、そのままで十分過ぎるほどに女の子として通用してしまっている。
「…どうだろう…変な感じになってないかな…」
鏡を見て確認しようと思うが、正直今の自分の姿を直視したくないという気持ちの方が強い。
これが、全然似合ってないものならいい。
これが、少しでも似合っているものになっていること。
それが怖くて、鏡を見ることができないでいる。
「…うん…もうこのままいっちゃお…」
結局、鏡で自分の姿を確認することもせず…
そのまま、おそるおそる自室の襖を開ける。
「…うう…もうすでに恥ずかしくてたまらない…」
まだ着替えて自室を出たばかりだというのに、これでもかというほどの羞恥に襲われている涼羽。
こんな状態で、羽月に見られたりしたらどうなることやら…
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