第36話 お兄ちゃんの脚、こんなに綺麗だったんだ…

「えへへ♪まだかな~♪」


涼羽が自身を襲う羞恥と懸命に戦いながらも着替えている最中。

実の妹であり、涼羽にその羞恥を強要させる張本人となる羽月は、今か今かと、涼羽がこのリビングに来るのを待っていた。


今年で十八歳になる、れっきとした男子でありながら…

並の女の子よりも遥かに綺麗で可愛らしい容姿であり…

さらには、女神のような包容力と母性を備えているという…


到底、男とは思えない存在である、兄、涼羽。


その兄に、女の子の服装をさせたら、どれほど似合うだろうか。

スカートを履かせたら、どれほど可愛らしくなるだろうか。


それを見たくて、わざわざ学校の卒業生である先輩から、制服をもらってきて…

それを、涼羽に突きつけるようにしておねだり、という…


涼羽本人にとっては、死刑宣告とも思えるようなことを要求したのだ。


男嫌いな節のある羽月にとって、唯一触れ合える異性である兄、涼羽。

羽月にとって、大好きで大好きでたまらない兄、涼羽。


いつも、その母性と包容力で、自分を目いっぱい優しく包み込んでくれて…

いつも、その可愛らしさで自分の心を鷲掴みにして…


そんな涼羽を、もっと可愛らしくしてみたい。

そんな涼羽の、もっと可愛らしくなっている姿を見てみたい。


本当に、ただそれだけの純粋な想いからの行動。


涼羽本人からすれば、社会的な制裁とも思えるような…

ぶっちゃけてしまうと、はた迷惑この上ないことなのだが。


「女の子になったお兄ちゃん…きっとものすごく可愛いんだろなぁ…」


想像しただけで、思わずため息が出てしまう。


あの兄のことだから、服装を女の子にしただけでも、ものすごく可愛くなるはず。

そんな確信的な期待を抱きながらも、想像することをやめられない。

羽月の想像の中の兄は、もうどう見ても男に見えないほどのものとなっている。


その想像の中の兄を、もうすぐ現実に見ることができる。


今この時間が、待ち遠しくてたまらない。

一分一秒が、一日千秋にも感じられる。


早く見たい。

今すぐにでも、この目で見てみたい。


どうせなら、着替える工程から何から何まで一部始終を見届けたかったのだが…

それは、涼羽の猛烈な抵抗により、却下となっている。


普段から肌を晒すことすら自粛する兄。

羽月が、その胸に吸い付く時すら、決して自分からその肌を晒すようなことはしない。

そのお願いをした一番最初の時こそは、恥ずかしがりながらも晒してはくれたのだが…

それも、涼羽の中の女性的な部分が大きくなっていくほどに慎み深くなり…

今では、羽月が半ば無理やりその服を脱がせて晒すようになってしまっている。


もともとが慎み深い性格であることもあり、暑い時期であってもトップスは長袖、ボトムスも長いものしか着ない涼羽。

とにかく肌を晒す行為そのものを嫌う傾向にある。


羽月が――――そして最近では美鈴もだが――――その胸に吸い付いて甘える時は、その肌を見られることに激しい羞恥を覚えながらも、結局は拒絶できずになすがままとなってしまっているのだが。


そういった涼羽の性質もあり、着替えのところから見届けるという羽月の野望は、涼羽の激しい抵抗を前に潰えることとなってしまっていた。


だからこそ、早く見たい。

女の子の服装で、女の子になった兄の姿を。


まだ?

まだなの?

まだ来てくれないの?

まだ見せてくれないの?


そんな焦燥感と言える想いでいっぱいになっている羽月。


「!!」


その想いを抱えて待つこと、約十分。

ついに、待ちわびていたものが近づいてくる。


二階につながる階段から、一階の方に降りてくる足音が聞こえてきた。

羽月の待ちわびる想いをより膨れ上がらせるかのような、ゆっくりとした足取りで。


まるで、その羞恥による躊躇いをそのまま表しているかのように。


しかし、それでいて一段一段、確実に一階の方に降りてくる。


早く!

早く!!

早く!!!


もう待ちきれない。

見たくて見たくてたまらない。


羽月の心が、そんな想いに支配される。


そんな羽月を焦らすかのように、ゆっくりと降りてくる足音。

しかし、その足音もついに階段を降りきったようだ。


階段はリビングのすぐ近く。

なら、後はほんのわずか。

もうリビングに入ってくるはず。


しかし、その入ってくるはずの姿が見えないまま、声だけが届く。


「…は、羽月…」


その声色だけで、その声の主がどれほど羞恥に襲われているのかが分かってしまう。

よほど恥ずかしいのだろうということが手に取るように分かってしまう声。


「…ほ、本当に…見せなきゃ…だめ?…」


だからこそ、こんな言葉を紡いでしまうのだろう。

女の子の格好をするなんてだけでもたまらなく恥ずかしいのに…

ましてやその姿を実の妹に見られてしまうなんて。


だが、今の羽月にそんな懇願が届くはずもなく…


「うん♪見せなきゃ、だめ♪」


最愛の兄であるはずのその懇願を、一刀両断で切り捨ててしまう。

それも、鈴の鳴るような可愛らしい、無邪気な声で。


「うう…」


当然のように切り捨てられた懇願。

こうなると分かってはいても、せずにはいられなかった懇願。


それゆえに、今から受けることになるだろう羞恥を思うと、たまらなくなってしまう。


「ほら、早く見せて♪お兄ちゃん♪」


そんな涼羽に、催促の言葉を紡ぎ、ぶつける羽月。

もう目と鼻の先にまで来ているのだ。

ここまで来ておいてさらに焦らすなど、拷問以外の何物でもないはず。


そして、ようやく意を決したのか、止まっていた足音が再び動き出す。

そして、それが聞こえるごとに、リビングの出入り口に人影が映る。


そして、その人影がじょじょにクリアになっていく。


「!うわぁ~…」


羽月の目に飛び込んできたのは、自身が手渡した女子用の制服に身を包んだ、実の兄の姿。


「うう…」


その童顔な美少女顔は、その身を襲う羞恥の度合いを表すように鮮やかな朱色に染まっている。

制服のブラウスとブレザーに包まれた胸は、当然だが女性らしい起伏のない、平坦な胸。

だが、それがむしろ清純さを引き立てており、より可愛らしく映るものとなっている。

そして、ブラウスの襟元にあるリボンタイが、より女の子らしい可愛らしさを強調している。

その細い腰から、太ももの上部までを覆う、赤いチェックのプリーツスカート。

そこから伸びる脚の綺麗さは、文字通り見るものの目を奪うものとなっている。


普段から脚を晒す、などという習慣を持たない涼羽からすれば、スカートを履く、ということ自体が恥ずかしくて恥ずかしくてたまらないはず。

その証拠に、涼羽の手が、そのスカートの裾を掴んで、下の方へ押さえ付けている。

実際、押さえ付けたところでその脚が隠れるわけでもないので、無駄な努力とは言えるのだが。


膝下までの黒のソックスを履いているが、その柔らかですべすべな脚そのものは全て剥き出し。

しかも、身長に対して平均より長い涼羽の脚。

腰の位置も普通より高いため、本来なら膝丈のスカートが膝上5cmくらいのミニスカートとなっている。


「わ~…」


上から下まで、女子学生となった兄の姿をじろじろと見つめる羽月。

その視線が、容赦なく今の涼羽を射抜く。


「あ、あんまりじろじろ見ないで…」


そんな妹の視線が、涼羽の背筋を直接なぞるかのような感覚を生む。

その感覚から逃れたくて…

でも、妹の前から逃げ出すこともできなくて…

結局は、言葉でのか弱い懇願しかできなくなってしまう。


「お兄ちゃん、すっごく可愛い…」


絶対に似合うだろう、という確信はあった。

スカートも、間違いなく似合うだろうと、そう思っていた。


でも、ここまでとは思ってなかった。


今、目の前にいる人物は、どこからどう見ても女子学生にしか見えない。

どこに出しても恥ずかしくない、立派な女子学生だ。


それも、美少女と間違いなく言えるほどの。


そして、今何より羽月の目を惹いているのは、その脚。


「お兄ちゃんの脚、こんなに綺麗だったんだ…」


普段から、自宅の中ですら肌を露出することをしない涼羽。

そんな涼羽の生の脚を見ること自体がなかった。


それを、今こうして目の当たりにしている。

だからこそ、その脚に視線が集中してしまう。


そしてそれは、どう見ても男の脚とは思えないものだった。


まず、この年代の男子なら普通にあるはずの体毛。

それが、皆無と言えるほどにない。

加えて、ほっそりとしているが、それでいて適度な肉付きをしている。

要は、適度にむっちりとしていて、柔らかで、すべすべとした、瑞々しい脚をしているということ。

細すぎず、かといって太すぎず…

そんな、絶妙のバランスの造詣。


もし涼羽の本当の性別を知らなければ、絶対に男の脚だと思う人間はいないと断言できるほど。


実際、実の妹で、涼羽の性別を知っている羽月ですら、その脚の造詣美には驚いているほど。


その視線を実の兄の脚に集中させたまま、ゆっくりとそれに近づいていく。


「は、羽月?…」


そんな羽月の行動に、思わず不安げな声を思わず出してしまう涼羽。


そんな涼羽の脚の間近にまで近づいてきた羽月。

そして、その脚から目が離せないといわんばかりに、食い入るようにじろじろと見つめ続ける。


そんな羽月の視線が、まるで直接剥き出しの脚に触れられているかのような錯覚さえ涼羽に感じさせてしまう。


「あ、あの…そんなに見られたら…恥ずかしい…」


その感覚が、背筋を直接なぞるかのようなぞくぞくとしたもので、恥ずかしすぎてたまらない涼羽。

たまらずにか弱い言葉での懇願が飛び出してしまう。


しかし、羽月はそんな涼羽の懇願がまるで聞こえていないのか、無反応でじっと涼羽の脚を見つめている。

そして、その小さく可愛らしい羽月の手が、涼羽の脚に触れてしまう。


「!!ひゃっ!!」


瞬間、涼羽の唇から飛び出す、甲高い声。


それと同時に、触れた羽月の表情が、妙にきらきらしたものとなっていく。


「お兄ちゃんって、こんなにも綺麗な脚してたんだ♪」

「え?…」


触った瞬間、羽月は内心非常に驚いていた。

柔らかで、すべすべとした…

まるで、高級のシルクに触れているかのような極上の手触り。


羽月の脚も、十分すぎるほどに綺麗で、決して涼羽と比較しても見劣りするものではない。


だが、どんなに美少女な容姿であっても、涼羽は男の子。

そして、羽月は女の子である。


そもそもが、純正の女子であり、周囲からも美少女として定評のある羽月と、男子である涼羽とを比べること自体がおかしいのだ。


そんな、本来ならば比較になりえないであろう比較が成り立っていること…

そして、本物の女子と比べて、下手をすればその女子よりも綺麗かも知れない脚…

それほどに、涼羽の脚が『女性として』素晴らしい造詣美だということになってしまう。


「すご~い…これ、どう見ても女の子の脚にしか見えないよ、お兄ちゃん♪」

「!!あう…」


実の妹から、自分の脚が女の子のものにしか見えないと、はっきりと断言されてしまった涼羽。

男だという意識が強い涼羽にしてみれば、男としてのアイデンティティを根本から崩されてしまうような発言。


そんなことを断言されても、嬉しいどころか、愕然としてしまう。


男としての自分の精神に強烈なダメージを与えられてしまった涼羽。

そんな涼羽の心境など知る由もなく、ただ見たとおり、感じたとおりの言葉を紡ぐ羽月。


涼羽の受難は、まだ終わらない。

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