第21話 …これって、大丈夫なのかな?…

週末となる金曜の夕暮れ時。

この時間帯なら、食事の準備をし、夕食を摂る時間帯とも言える。


それは、この家もそうであった。


この高宮家でも、その夕食の準備が整い、もうすぐにでも食べられるところまできている。


「えへへ…できたね~。涼羽ちゃん」

「…うん、これでいいか」


心底嬉しそうな表情で、もう一人の人物に寄り添うようにしているのは、その人物のクラスメイトである柊 美鈴。

若干小柄で、幼げな雰囲気だが、非常に整った顔立ちに、スリムだが出るところは出ているというスタイル。

校内でも有数の美少女として、人気は高い。


そんな美鈴に寄り添われるようにしているのが、この家の住人で、長男の高宮 涼羽。

校内では、その研ぎ澄まされた刃のような雰囲気と、野暮ったく顔を見づらくさせる前髪のおかげで、一匹狼として敬遠されている。

しかし、実際には幼げだが非常に整っており、それも男とは思えないほどの美少女顔。

身長も女子の平均値より若干高い程度で、体格も華奢。

しかし、どこか丸みを帯びた女性的なスタイル。

肩の下まで真っ直ぐに伸びた髪が、よりその美少女的な容姿を強調させる。


「おいしそ~。早く食べたいな~」


料理をしていた台所から場所は変わり…

畳敷きで、木目調の建造が目立つ和風のリビングに、二人は移動している。


四角型の八畳ほどの、広めのスペース。

隅の方にキャスター付きのテレビ台が置かれており、その上にほどほどの大きさのテレビが設置されている。

出入り口のそばにタンスが置かれており、その横に電話用のスタンドデスク、その上にFAXタイプの電話機が置かれている。


やはりというべきなのか、基本的に物が少なく、やや殺風景だが、スペースの広さが強調される内装となっている。


そして、その中央を陣取るかのように、高さの低い長方形型のテーブルが置かれている。


その上に、これから食事をするであろう三人分の配膳がすまされ、まさに今から食事をする、という状態なのだ。


「じゃあ俺は羽月を呼んでくるから、美鈴ちゃんは座って待ってて」

「うん!」


涼羽が、美鈴に座って待つように促しながら、その足を動かす。

その目的は、ここに来る三人目である、妹の羽月を連れてくること。


リビングを出て、そのまま二階へと上がっていく。




――――




「…やれやれ、またここか…」


思わず吐き捨てるかのような口調になってしまう涼羽。

それもそのはず。


本来、自分の部屋として割り当てられているところに妹はおらず…


なぜか、兄である涼羽の部屋に、羽月はいたからだ。


しかも、自分の布団に包まって、すやすやと眠っている妹。


「すう…すう…」


その幼い造りの美少女顔には、その布団の心地よさを示すかのような笑顔が浮かんでいる。

大好きな兄の布団というだけで、この妹には極上の一級品になるのだろう。


起こすのが忍びなくなるような幸せそうな寝顔。


しかし、もう食事もできているのだから、起こさざるを得ない。


「ホラ、羽月。起きて」

「ん…ん~…」


未だ夢の世界に意識を飛ばしている妹を、優しい口調と動作で起こそうとする涼羽。

しかしよっぽど心地がいいのか、多少身じろぐくらいで、なかなか起きる気配が見えない。


「羽月。ほら、起きてってば」

「ん~…んう…」


優しい口調はそのままに、今度はもう少し強く揺すってみる。


どうやら効果があったようで、閉じられている瞼がぴくぴくと動き出している。

あと、もう一押し。


「羽月。もうご飯できてるから」


優しく、そして甲斐甲斐しく妹を起こしに勤める兄。

しかし、その美少女然とした容姿のおかげで、兄というよりは姉にしか見えない。


「んう…んあ?」


ぴくぴくと動いていた瞼が、じょじょに開き始める。

そして、その大きな目が、ようやくぱっちりと開ききる。


まだ少しまどろんでいる視界に映るのは、大好きで大好きでたまらない兄の姿。

自分を優しく起こしてくれる兄の姿を見て、ようやく羽月の意識が覚醒を迎える。


「起きた?」


優しげな笑顔を、目を覚ました妹に向ける涼羽。

それを見た瞬間、寝ぼけた表情の羽月の顔が、ふにゃりと崩れ…

心底嬉しそうな表情になる。


「お兄ちゃ~ん♪」

「!わっ!」


そして、羽月の体が涼羽に覆いかぶさるように飛び掛り…

そのまま、兄を押し倒してしまう形になる。


その状態で、羽月は涼羽の胸の中に顔を埋め…

べったりと抱きついて、思う存分甘えてくる。


「えへへ~♪お兄ちゃんだ~♪」


天真爛漫で、幸せそうな表情。

そんな顔の羽月が、兄の胸の中から上目使いで覗き込んでくる。


「だあい好きなお兄ちゃん♪お兄ちゃん♪」


半ば幼児退行するかのように、兄に甘えてくる羽月。

その幼さの色濃い容姿もあり、本当に年齢相応に見えてしまう。


「羽月…最近ずっとだけど、なんで俺の布団で寝るの?」


妹、羽月に押し倒され、そのままべったりと甘えられている涼羽が、思った疑問を素直にぶつける。

夕食の準備ができて呼びにいったら、いつも羽月は自分の部屋におらず、兄である涼羽の部屋にいるのだ。


それも、必ず布団に潜り込んですやすや眠っている。


そのこと自体は別に気にするほどのことでもないのだが、涼羽としては羽月がなんでそんなことするようになったのか…

それを、知っておきたい。


そんな涼羽の問いに、羽月はその満面の笑顔を崩すことなく、答え始める。


「だって、お兄ちゃんが料理とかしてる時って、べったりできないから」

「ああ…まあ、そうだけど、それで?」

「でも、お兄ちゃんにべったりしたくて仕方ないからなの」

「?え?」


言葉を覚えたての幼児との受け応えのようで、いまいち要領を得ないやりとり。

思わず、間の抜けた反応になってしまう涼羽。


そんな涼羽を置き去りに、羽月は続ける。


「でね、お兄ちゃんのお布団に包まってると、まるでお兄ちゃんにぎゅうってされてる感じになれるの」

「…そうなの?」

「そうなの」

「………」


要するに。

羽月は、涼羽に常にべったりとしていたいが、それができない時もある。

特に、食事の準備などをしている時は確実に。


そういう時は、涼羽の部屋の、涼羽が使っている布団に包まることで、涼羽に抱きしめられている感じがする。


と、いうことなのだろうか。


涼羽は、そんな妹の返答に思わず返事につまってしまっている。


「お兄ちゃんのお布団、お兄ちゃんのいい匂いがするし、すっごく心地いいの」

「………」

「それに、夢の中でもお兄ちゃんにぎゅうってしてもらえるから、すっごく幸せなの」

「………」


日頃、普段からあれだけべったりとしているのに…

夢の中でまで、べったりとしているのか…


涼羽の今の心境は、まさにそれだった。


この妹は、もうとにかく兄である涼羽にべったりとしていないとだめなのだ、と。

自分でそう言っている。


しかし、まさかここまでとは。


反面、自分との触れ合いをそこまで嬉しく、幸せに想ってくれていること。

それに関しては、涼羽はどことなく嬉しく思ってしまうし…

そんなことを満面の笑みで言ってくる妹が可愛く思えてしまう。


そんなことで嬉しくなれるのなら…

そんなことで幸せになれるのなら…


いくらでも、してあげたいな…


ついつい、そう思ってしまう涼羽が、そこにいた。


「でも、やっぱりお兄ちゃんにこうしてべったりするのが一番幸せなの」

「……そっか…」

「えへへ♪お兄ちゃん、だあい好き♪」

「え…!」


心底嬉しそうな妹の顔が、自分の顔に迫ってくる。


あれ、なんだこれ…


涼羽がそう思っている間に、唇に何か柔らかな感触。


視界は、妹の顔で埋まっている。


「ん~♪」

「(え…まさかこれって…)」


ここで、涼羽はようやく気づく。




――――自分の唇が、実の妹である羽月に奪われている、と――――




いきなりの展開に、涼羽の思考が停止状態になってしまう。

その思考同様に、身体も動かせない。


そんな涼羽の唇をついばむように、羽月は自分の唇を重ねる。


「(えへへ♪お兄ちゃんとちゅーするの、すっごく幸せ♪)」


大好きで大好きでたまらない兄とのキス。

唇と唇が触れ合うだけの、親愛の情を表すキス。


そんなキスが、羽月に多大な幸福感を与えてくれる。

そんなキスが、羽月に多大な心地よさを与えてくれる。


「(え?え?なんで?)」


一方、羽月の愛情の対象となっている兄、涼羽は…

いきなりの展開に思考が全く追いつかず…

内心、かなりパニックになっていしまっている。


ここ最近では、頬にキスされたり、逆にそれをせがまりたりすることがあったので、仕方なく…

そういうのはあったのだが…


こんな風に、唇と唇でのキスは初めて。


ゆえに、まさに青天の霹靂ともいえることなのだ。


思考が復活せず、その機能を遮断されてしまっている身体も動かない状態の涼羽。


そんな兄の唇を、心底幸せな表情でついばむ妹、羽月。


ふっくらとして柔らかな兄の唇。

そんな兄の唇と自分の唇を重ね合わせることに、極上の心地よさを感じてしまっている。


「(お兄ちゃん…大好き♪もうぜ~ったい離したくないよ~♪)」


その唇を重ねるごとに、兄への愛情が上限知らずに膨れ上がっていく。

同時に、兄を自分だけのものにしたい、という独占欲も膨れ上がっていく。


いまだ人形のように呆然と固まっている兄、涼羽。

そんな兄に容赦なく降り注ぐキスの雨。


どちらも美少女然とした容姿ということもあり、いかにもゆりゆりしい、背徳間に満ちた光景。


それでいて、美しく可憐な光景。


そんな二人のやりとりは五分ほども続き…

そして、後ろ髪を引かれるような名残惜しさを抱えつつ、妹はようやく兄を解放する。


「ん…はあ…えへへ♪」

「………」

「お兄ちゃんの唇、柔らかくて瑞々しくて、すっごく気持ちよかった♪」

「…んで…」

「え?」

「…なんで、こんなこと…」


ようやく思考の戻りつつある涼羽の口から紡がれる言葉。


いかに仲良しといえども、いくらなんでもこの年頃の兄妹でこんなのはあるはずもない。


なのに、なんで自分の妹はこんなことするのだろう。


そういった疑問が、この一言に集約している。


そして、その表情もまさにその疑問に満ちた、あっけにとられたもの。


そんな兄の問いに対する羽月の答えは、あっけらかんとしたもので…

日頃からずっと兄にぶつけ続けているものだった。


「え?だってわたし、お兄ちゃんが大好きなんだもん」

「え?」

「お兄ちゃんが大好きだから、ちゅーしちゃったの♪」


心底嬉しそうで…

心底幸せそうな表情。


そんな顔で、羽月はあっけらかんと答える。


羽月にとっての理由なんて、それだけであり。

それ以外の理由なんてないのだ。


「…そっか」


自分が思っていた以上に、羽月がブラコンになっているということが分かってしまった涼羽。

いつもいつもべったりと甘えてきて…

いつもいつも鈴の鳴るような可愛らしい声で『大好き』とぶつけてきて…


まさか、こんなことをしたくなるほどだとは思ってもいなかったが。


それでも、そんな妹の嬉しそうな笑顔を見ると、毒気が抜かれてしまい…

結局は、『まあいいか』という半ば投げやりな思考のもと、許してしまうのも涼羽なのだが。


「えへへ~♪」


そして、そんな大好きな兄の胸に顔を埋め…

べったりとくっついて思う存分甘えてくる羽月。


そんな羽月の頭を優しく撫でながら、涼羽は促す。


「…羽月。ご飯できたから、降りて食べに行こう」

「!うん!」


兄が作ってくれた夕食。

いつも食べているけど、飽きることなく美味しいと思える兄の手料理。


それができたと伝えられ、その美少女顔をまたもふにゃりと崩して笑顔を見せる羽月。


そんな羽月を立ち上がらせながら自分も立ち上がり、そのまま一緒に一階へと向かう涼羽と羽月。


妹の自分への想いが、自分の予想以上だったことに若干の懸念を抱く涼羽。


単に兄妹として甘えているだけだったらいいんだけど…


この時、初めて芽生えた懸念を抱きながら、妹と共に食卓へと向かう涼羽なのであった。

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