第22話 二人とも、何の話をしてるんだよ…
「いただきます」
やや殺風景な感のあるリビング。
その中心を陣取るかのように配置されているテーブル。
ちょうど三人分の配膳が済まされているテーブルに、その配膳された食事を頂こうとする三人が座っている。
そして、その三人による、食事の開始を告げる合唱。
長方形のテーブルの長い辺となる方に座っているのは、この家の長男である、高宮 涼羽。
長男ということから、男であることは確かなのだが…
少し長い前髪に隠れて分かりづらいが、造りの整った童顔な美少女顔。
肩の下辺りまで真っ直ぐに伸びた艶のいい黒髪。
女子の平均より若干上程度の身長に、丸みを帯びた感じの華奢な身体。
と、かなりの美少女な容姿をしているため、まるで男に見えない。
流行の言葉を使うならば、『男の娘』といえる存在だ。
本人は全力で否定するだろうが。
その涼羽の左側に座っているのは、この家の長女であり、涼羽の妹である、高宮 羽月。
兄の涼羽もかなり童顔だが、それ以上に幼い顔立ちをしている。
それでいて、造りの整った美少女顔。
女子の平均よりもかなり低い身長。
しかし、しっかりと女性として成長しているボディライン。
と、パッと見では小学生くらいの女の子なのだ。
だが、そんな幼い容姿にアンバランスなスタイルのよさ。
そんなギャップが、より美少女としての魅力を引き出しているのかも知れない。
そして、涼羽の右側、羽月の真正面に座るのが、涼羽のクラスメイトである、柊 美鈴。
幼さの残る、しかし整った造りの正統派美少女顔。
女子の平均よりも若干小柄な身体。
しかし、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるという、女性として魅力的なスタイル。
校内でも上位に入る有数の美少女として人気が高い。
が、最近は涼羽に首っ丈といってもいいくらいに関わっており…
そのおかげで、以前はあまり見られることすらなかった涼羽に、興味の視線が集中するようになっている。
そんな、パッと見美少女達の集まりのような三人。
そんな三人の、ちょっとした食事風景。
涼羽は右手に、羽月、美鈴は左手に箸を取り…
その箸が、それぞれの一口目となるものを掴む動きになる。
「えへへ、おいしそう♪」
羽月の箸が、自身の好物であるハンバーグを取りに動く。
大判に焼かれたハンバーグを一口サイズに切り取り、それを挟む。
「ほんと、おいしそう♪」
美鈴の箸が、羽月と同じくハンバーグの方に伸びる。
そして、一口サイズに切り取ると、それを掴む。
羽月と美鈴は、その掴んだハンバーグを、それぞれの可愛らしい口へと運び…
それをぱくりと、口の中へと納める。
そして、ゆっくりと咀嚼をしていく。
「うん!おいしー!」
「わ~、おいしい~」
涼羽お手製のハンバーグは、二人のお気に召したようだ。
二人のその美少女顔が、ふにゃりと綻び、満面の笑みを見せる。
「お兄ちゃん!今日もおいしー!」
「涼羽ちゃん!すっごくおいしー!」
そして、その顔のまま、涼羽の方へと賛辞の言葉を向ける。
「そっか。それならよかった」
そんな二人を見て、涼羽の顔にも穏やかで優しげな笑みが浮かぶ。
やはり、自分が作った料理を美味しく食べてもらえることに幸せを感じているようだ。
「えへへ♪おいしい♪」
その美味しさに舌鼓を打ちながら、羽月の箸がちゃっちゃかと動く。
好物のハンバーグと共に、ご飯の減りも早い。
小柄な容姿に反して、食べる量の多さは結構な羽月。
なので、もりもりと目の前の食事を食べていく。
「おいしー♪もっと食べたいな~」
今日初めて、涼羽の手料理を口にする美鈴も、その箸が休むことなく動き続ける。
普段はそれほど多くは食べない美鈴だが、この日はその箸がよく動いている。
少し肉のつきやすい体質もあって、日頃はしっかりと節制している美鈴。
だが、この日はよほど涼羽の手料理がお気に召したのか、ただひたすらに食べ続けている。
「ふふ…」
両隣の二人が、非常に美味しそうに自分の手料理を食べてくれている光景。
それを見て、涼羽はその美少女顔を綻ばせながら、ゆっくりと食事を摂っていく。
涼羽も羽月同様、その小柄で華奢な体格に見合わず、食べる量はかなりのもの。
だが、よく咀嚼をして食べるため、ペースそのものは羽月と比べると落ち着いている。
また、本人は無自覚だが、太らない体質ということもある。
そのため、いつも羽月に不思議がられている。
「お兄ちゃん!おかわり!」
いつの間にかご飯を平らげていた羽月が、兄におかわりの催促。
小さく可愛らしい右手に持たれた茶碗を、兄の方に突き出して。
「ふふ、はいはい」
そんな妹に慈愛の表情を向ける涼羽。
いったん自分の食事の手を止めると、差し出された茶碗を受け取り…
そのままキッチンへと向かう。
そして、炊飯器にあるご飯を少し濡らしたしゃもじでよそう。
綺麗にご飯がよそわれた茶碗を持ち、使い終えたしゃもじを水を入れたしゃもじ立てに立てると、その足でまたリビングへと戻った。
「ほら、おかわり」
「わーい!ありがとう!お兄ちゃん!」
妹におかわりをよそった茶碗を渡すと、そのまま自分の場所へと戻り、腰を下ろす。
羽月は、おかわりを持ってきてくれた兄に嬉しそうに感謝の言葉を紡ぐ。
「えへへ♪おいしー♪」
そして、左手に持った箸の動きが再開する。
この最愛の兄が作ってくれる食事を食べるこの時間は、羽月にとって至福の時間とも言えるもの。
その至福の時間を噛み締めるかのように、目の前の料理を口に運び、咀嚼していく。
「私もおかわりしてこよっと♪」
羽月に続いて、美鈴も茶碗の中のご飯がなくなった様子。
普段はおかわりをすることのない美鈴だが…
やっぱり涼羽の手料理が非常にお気に召した様子。
自分で教わりながら手伝ったこともあるから、余計にそうなるのかもしれない。
「あ、いいよ美鈴ちゃん。俺が入れてくるよ」
そんな美鈴にかけられる声。
その声の主である涼羽が、食事の手を止めて立ち上がる。
「え?そんな、悪いよ」
「いいからいいから。美鈴ちゃんはお客様なんだから」
下心などまるでない、心底優しげな笑顔を美鈴に向け…
美鈴の手から茶碗を受け取ると、そそくさとキッチンに向かっていく。
「涼羽ちゃん…」
そんな涼羽の気遣いが嬉しくて…
美鈴の顔に嬉しさと幸せが入り混じった笑顔が浮かぶ。
こんなにも優しくて。
こんなにも甲斐甲斐しくて。
こんなにも料理が上手で。
こんなにも可愛くて。
「やっぱり涼羽ちゃん、大好き」
もう何度目か分からない、その言葉。
思わず、その口からぽろりと漏れだす。
「涼羽ちゃんみたいなお嫁さん、欲しいな~」
こんな言葉も、思わず漏れ出してしまう。
やはり、自分を除く周囲が知らないだけで、涼羽の女子力、そして嫁としての能力は非常に高いものなのだと、美鈴は思う。
こんなにも素敵なお嫁さんもらえたら…
などと、本来はお嫁さんにいく立場の美鈴がそう思ってしまっている。
「えへへ♪いいでしょ?」
そんな美鈴の言葉にかけられる声。
ふと声の方向に目を向けると、妙に勝ち誇った表情の羽月が視界に入る。
「羽月ちゃん」
「でも、だめだよ」
「?何が?」
「お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんで、わたしだけのお嫁さんなんだから」
実の妹である羽月からの、まさかの言葉。
そんなことを普通に言い出す羽月の顔は、笑顔ではあるものの…
その言葉そのものにどれほどの真剣さがあるのかは、容易に分かるものとなっている。
羽月からすれば、自分をあんなにも可愛がってくれて…
あんなにも甘えさせてくれて…
あんなにも優しくしてくれて…
あんなにも可愛くて…
あんなにもお母さんみたいで…
もうとにかく、好きになる要素しかないあの兄、涼羽。
そんな涼羽が、他の人のものになるなど、考えたくもない。
許せるわけもない。
そんな兄への情愛と独占欲。
それが、羽月にそんな言葉を紡がせる。
だが、そんな羽月に対し、美鈴は特に動揺することもなく、ごく自然な状態で言葉を紡ぎ始める。
「でも、涼羽ちゃんはあなたのお兄ちゃんでしょ?」
「?うん、そうだよ?」
「涼羽ちゃんだって、いつかは好きな人とか、できたりするでしょ?」
「!や!」
涼羽にだって、いつかは好きな人ができる。
その一言は、羽月が最も恐れているものであり、最も拒絶しているもの。
美鈴から放たれたその一言に、思わず固い声が出てしまう羽月。
「だめなの!お兄ちゃんは、わたしだけのなんだもん!」
「羽月ちゃん…」
「お兄ちゃんは、渡さないから!」
「…だめ」
「!」
「私、涼羽ちゃんがどんなに素敵な人で、どんなに可愛い人なのか、もう知っちゃったから」
「!だ、だめ!」
「羽月ちゃんはずるい。あんなに素敵で可愛くてお母さんみたいなお兄ちゃんがいつもそばにいてくれて」
「だ、だって…」
「私、涼羽ちゃんを私だけのものにしたくてたまらないんだから」
「!や!やなの!」
「正直、可愛すぎて何回むちゃくちゃにしようと思ったか、分からないくらいなんだから」
まあ、実際には結構むちゃくちゃにしてしまっているのだが。
涼羽が見せる可愛らしさは、普段の冷たさ、素っ気無さとのギャップがすさまじく…
それもあってあまりにも過ぎたものとなってしまっている。
そして、普段からそれを見ている羽月も、そんな兄が可愛すぎていつもべったりと甘えながらむちゃくちゃに愛してしまっている。
普段からあの兄を見ている自分ですらこうなんだ。
初めてそんな兄を見てしまったら…
そこまで考えて、思わず美鈴のいうことが分かってしまっていることに気づく羽月。
「…それは、すっごく分かるよ」
「!でしょ?」
「お兄ちゃん、可愛すぎてむちゃくちゃにしたくなること、いくらでもあるもん」
「ほんと、よく今まで学校で何もなかったな、って思っちゃうもん」
「お兄ちゃんの恥ずかしがってる顔、ものすごく可愛くて…」
「!分かる!涼羽ちゃんのあの顔見た時なんか、もう無理!って思っちゃったもん」
「でしょ?」
「うん!」
ピリピリと張り詰めた険悪なムードから一転。
急に意気投合し始めた二人。
涼羽の可愛らしさをずっとそばで見ている羽月。
涼羽の可愛らしさを知ってしまった美鈴。
そこからは、どれほどにあの高宮 涼羽という人物が過ぎたほどに可愛いのか…
話の焦点が、そちらの方へとシフトしてしまっている。
「お兄ちゃんにぎゅうって抱きつくの、すっごく幸せ」
「!分かる!涼羽ちゃんすっごく抱き心地いいんだもん!」
「それに、ふんわりとして、ほんのり甘い感じの、いい匂いまでするし」
「!そう!何あの匂い!って思っちゃう!」
「お兄ちゃんにぎゅってされて、なでなでされるのなんか、もうとろけちゃいそうなくらい幸せになれるし」
「!もうあんなの、一回でも味わったら離せなくなっちゃうもん」
「正直、可愛すぎて大好きすぎて…たまらないからいっつもお兄ちゃんにべったりしちゃうの」
「!いいなあ…羽月ちゃんはいっつもそんなことができて」
兄との普段のやりとりを思い出して、思わず顔がふにゃりと崩れてしまう羽月。
常に涼羽にべったりとできる環境にある羽月を心底うらやむ美鈴。
どんなに普段からべったりとしていても…
やっぱり兄が可愛すぎて、好きすぎて…
片時も離したくなくなるほど、涼羽のことが大好きな羽月。
学校での普段の態度が嘘のような可愛らしさを目の当たりにしてしまい…
そして、その女神のような慈愛と優しさに触れてしまい…
もうとっくに心の底まで奪われてしまっている美鈴。
そんな二人の会話の最中…
「…二人して、何を話してるんだよ…全く…」
美鈴の茶碗にご飯をよそい、戻ってきたはいいが…
突然始まった二人の自分に対するあれこれの語り合い。
それが耳に入ってしまったため、入るに入れず…
その美少女然とした可愛らしい顔を羞恥に染め…
恥ずかしくなってしまって、思わずリビングの出入り口のそばで聞き耳を立てることしかできなくなってしまっている涼羽がいた。
結局、あまり待たせるのもあれなので、意を決して話などまるで聞いていなかったふりをしながらその場に乱入するように戻ってくることになった涼羽。
しかし、羞恥に染まった顔を見られてしまい、結局二人にはバレバレとなり…
さらには、余計に迫られて恥ずかしい思いをすることになってしまうのだった。
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