第20話 涼羽ちゃんの卑怯者!

「じゃあ、美鈴ちゃんはそのままサラダの盛り付けをお願いするね」

「は~い!!」

「俺は、そろそろハンバーグを焼き始めるから」

「分かった!!」


古めかしい感じのする台所。

その中で、料理という作業に取り掛かる二人。


一人は、この昭和風の懐古的(ノスタルジック)な家の住人で、高宮 涼羽。

もう一人は、その涼羽の高校のクラスメイトである柊 美鈴。


童顔だが、非常に整って可愛らしい顔の美少女である美鈴。

高校生ではあるが、スタイルもよく、学校でも上位に位置する美少女だ。


涼羽は、学校ではその刃のような近寄りがたい雰囲気…

そして、目元をはっきりさせない長い前髪のおかげで、孤高の一匹狼として敬遠されている。

しかし、実際には誰もが思わず振り向いてしまうほどの美少女顔をしているのだ。


そんな二人がこうして隣り合わせで料理に取り組む光景は、まさに眼福とも言えるものとなっている。


先程まで、普段の学校での様子、雰囲気からは想像もつかないほどの可愛らしさを発揮していた涼羽。

そんな涼羽があまりにも可愛すぎて、美鈴がついついべったりとしてしまっていたのだ。


肉親である妹、羽月以外の人間との触れ合いに慣れておらず、むしろ苦手ともいえる涼羽。


そんな涼羽が、美鈴に無理やりべったりとされて、どうしようもないほどに顔を赤らめて恥らってしまっていたその姿。

そんな姿の涼羽に、美鈴はますますべったりとしてくる始末。


そんなやりとりが、セットしていた炊飯器がご飯の炊き上がりを知らせてくれるまで続いたのだが…


それを聞いた瞬間、それまで何もなかったかのように作業モードにスイッチした涼羽。

人との触れ合いに非常に不器用だが、そういう切り替えは非常に早いようだ。

基本的にマイペースなので、そういうのは得意なのかも知れない。


さすがに美鈴も、そんな涼羽を見て驚きの表情を隠せずにいたくらいだ。


何はともあれ、途中から美少女と美少女(にしか見えないほどに可愛らしい男の娘)のゆりゆりしいいちゃらぶに脱線しかけていたのだが…

涼羽がそうして作業モードに切り替わったため、再び料理に取り組む流れにすることができたのだ。


そうして、美鈴がサラダの盛り付けに取り掛かっている中…

涼羽はあらかじめ作っておいた種を平たく、それでいて大きく形にしていく。


淡々とその両手が器用に動き、あっという間にちゃんとした形になったハンバーグが姿を表す。

そして、それが一つ、二つ、三つと、次々に作られ…

涼羽の分、羽月の分、そして美鈴の分と…

ちょうど三人分のハンバーグが、形作られて、その姿を見せる。


「…よし、これでいいか」


そして、あらかじめ切っておいたキッチンペーパーで手を包むと、これまたあらかじめ用意しておいたフライパンを火にかけ、熱を帯びさせていく。


そして、ほどよく熱が入ったところで用意しておいたサラダ油をひき、フライパン全体にいきわたるように伸ばしていく。


フライパンが十分な熱を帯びたところで、捏ねて形作っておいたハンバーグを投入する。

一つ…

二つ…

三つ…


肉の焼ける音が、台所に響き渡る。

その間に、涼羽は汚れている手を流しで洗い、綺麗にしておく。

そして、そんな食欲を掻き立てる音を響き渡らせているフライパンを、美鈴がその目をキラキラさせながら見ている。


「うわあ~。おいしそう~」


その漂ってくる匂いからも、その味の期待値が伺い知れるのだろう。

そして、そんなおいしそうなものができる工程をじっくりと見ている。


料理が大好きな美鈴にとって、こういう工程を見れることそのものが、喜びとも言えるのだ。


一方の涼羽は、フライパンの中で音を立てながら焼かれているハンバーグの状態を注意して見る。

そして、程よい頃合だと判断したのだろう。


取り出したフライ返しを使い、ハンバーグをフライパンの中でひっくり返していく。

三つあったハンバーグが瞬く間にひっくり返り、今まで焼かれていた面には、ちょうどいい感じの焦げ目がついている。


「うん、いい感じになってる」


自身の判断がベストだったことを確認し、さらにハンバーグを焼き続けていく。

その間も、涼羽はじっくりとフライパンの中を見つめ、ハンバーグの焼き加減のチェックを怠らない。


そうして真剣な表情で料理に取り組んでいる涼羽の横顔に、美鈴はいつの間にか見とれていた。


「(わ~…涼羽ちゃんの真剣な顔…すっごく、綺麗…)」


その凛とした表情は、その美少女然に整った顔もあって恐ろしく綺麗なものとなっていた。




――――まるで、精工に造られた人形のように――――




しかし、結局は『普段非常に可愛らしい女子が、凛とした表情になった』という感じのものなので、涼羽が内心密かにあこがれている『カッコいい』という評価にはならず…

むしろ、その男とは思えない造りの顔は、より一層女性的な方向で評価を上げることとなってしまっている。


散々『可愛い』と評された顔に今度は女性的な意味で『綺麗』という評価が加わってしまったことなど、全く気づかないまま、涼羽は作業を進めていく。


ひっくり返した反対の面にも適度な焦げ色がついたことを確認すると、今度は事前に置いてあった白ワインを手に取り、フライパンの中へ適量を回しいれていく。


それが終わったら、フライパンに蓋をして閉じ、蒸し焼き状態にする。


「よし、後はこれでしばらく焼けば…」


後は十分に火が通るのを待つだけとなったフライパン。

涼羽の表情が、ほっと一息といった感じで少し和らぐ。


そして、横で作業をしている(はずの)美鈴の手元を見てみる。


「あれ?美鈴ちゃん、手が動いてないよ?」


ハンバーグを仕上げる作業に入っていた涼羽の作業工程に目を奪われていたため、自分の手を全く動かせていなかった美鈴。

うまく盛り付けられたレタスはそのままだが…

その中に盛り付けられるはずのポテトサラダが全く盛り付けられていなかった。


「あ!ご、ごめんなさい!」


隣の涼羽の作業工程にずっと目を奪われていたことにやっと気づき…

涼羽に全く手が動いていなかったことを指摘され、大慌てで作業を始めようとする美鈴。


そこに、涼羽の柔らかで優しげな一声が。


「美鈴ちゃん」

「!は、はい!?」

「俺がハンバーグ捏ねて、焼いていくところをずっと見てたんでしょ?」

「う、うん…そうなの…」


さすがにここで変に嘘をつくわけにも行かない。


いや。


この優しくて可愛らしいクラスメイトに、嘘なんかつきたくない。


そんな想いが、美鈴の口から正直な言葉を紡がせる。


「…ごめんね」

「え?」


しかし、涼羽の口から飛び出したのは、まさかの謝罪の声。

どうして?

謝らなければならないのは、こっちの方なのに…


そんな疑問が、美鈴に少々間の抜けた反応をさせてしまうことに。


「美鈴ちゃんからしたら、こういう工程って、面白そうで見たくなっちゃうよね?」

「…うん。実際すっごく面白くて、楽しくて…」

「ごめんね。俺、美鈴ちゃんのそういう気持ち、全然考えてなかった」

「涼羽ちゃん…」

「美鈴ちゃんは今日始めたところだったから、火を使う工程はまだ危ないと思って、俺がやったんだ」

「………」

「でも、それなら『せっかくだから、横で見ててね』って、言ってあげればよかったね」

「!……」

「ごめんね、美鈴ちゃん。せっかく教わりに来てくれてたのに、置いてけぼりにしちゃって」

「…涼羽ちゃん」


あまりにも優しく、慈しむような涼羽の言葉。

そんな涼羽の言葉に、美鈴の曇っていた顔が、少しずつ晴れていく。


「サラダの盛り付けは、ハンバーグが焼きあがってからでもいいから」

「!…」

「もう終わりの方になっちゃったけど、横で見ててね」

「…うん!」


美鈴の顔に、再び底抜けの笑顔が浮かび上がる。

このクラスメイトは、どれだけ自分の好感度を上げれば気が済むのだろう。

このクラスメイトは、どれだけ自分に優しくすれば気が済むのだろう。




――――しかも、それが下心も何もない、ただ純粋な優しさからのものだから――――




本当にたまらない。

本当にどうしようもない。


どうしようもないくらいに、美鈴の涼羽への想いが膨れ上がっていく。

想えば想うほどに、心が温かくなっていく。

想えば想うほどに、涼羽のことが好きになっていく。


大好き。

大好き。


「…涼羽ちゃん」

「?なに?」


だから、この言葉を。


「大好き!!」


ありったけの想いで。

ありったけの笑顔で。


目の前の、大好きな人に。


「!…う…うん…」


そんな純粋な好意に決して慣れることのない涼羽の顔が、思わず赤くなってしまう。

やはり、そういうのが恥ずかしいのだろう。


まっすぐにじ~っと見つめてくる美鈴の視線に耐え切れず、目を逸らして俯いてしまう。


「もう!涼羽ちゃんったら!」


こんな反応、卑怯すぎる。

いくらなんでも、ずるすぎる。


どれだけこの想いを言葉で伝えても。

どれだけこの想いを行為で伝えても。




――――結局は、そんな反応をされてしまうんだから――――




こんなのって、ずるすぎる。


だって…


こんなの…




――――見せられるたびに、もっともっと涼羽ちゃんのことが可愛すぎて好きになりすぎちゃうから――――




どうしてなんだろう。

どうしてこんなにも可愛くて、優しい人が…


あんなにも人を拒絶して。

あんなにも人に敬遠されて。


こんなにも可愛いのに。

こんなにも優しいのに。


この人を敬遠してる人達は、この人のこんなにも素敵で可愛すぎるところを知らないんだ。

だから、あんなにも敬遠できちゃうんだ。


私は、違う。

もう、知ってしまったから。




――――この人のこんなにも素敵で、可愛くて、優しくて、素晴らしいところを――――




こんなの知ってしまったら、もう絶対に手放せない。

もう絶対に、離したくない。


美鈴の中で、想いがぐるぐると巡り、膨れ上がっていく。


そして、そんな羞恥に耐え切れず、俯きながらも、ハンバーグの焼き加減をしっかりと確認していく涼羽へと、言葉を紡ぐ。


「涼羽ちゃん!」


美しいガールソプラノでありながら、妙に力強い口調の声。

そんな美鈴の声に、思わずびくっとしてしまう涼羽。


「!?な、なに?」


驚きを隠せず、少しびくびくとした反応の涼羽。

そんな涼羽に、美鈴の心からの想い。


「涼羽ちゃんがどんなに恥ずかしがっても、嫌がっても、私は絶対に涼羽ちゃんが大好きなんだからね!!」


これでもかというほどの、最高の笑顔。

そんな笑顔で、宣戦布告するかのような『大好き』。


「!!…」


そんな力強い『大好き』に、ますます涼羽はその美少女な顔を赤らめてしまう。

それでも、料理の手を止めないのは、もはやさすがというべきか。


その味への期待が十二分にできそうな匂いをのせたハンバーグをフライパンから皿へと移していく。

そして、あらかじめ造り置きしておいたデミグラスソースをその上にかけていき…

それを三人分行い、完成。


ハンバーグが完成し、それをのせた皿をテーブルの上に並べていく。


顔が赤いままなので、純粋に恥ずかしさからの逃避としての行動になっているのだろう。


美鈴は、そんな涼羽を見てまたその想いを膨れ上がらせながら、未だレタスのみのボウルにポテトサラダを盛り付ける作業をやり始めた。

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