第19話 俺、男だからね!

「えへへ♪」


天真爛漫で無邪気な笑顔を崩すこともなく、心底楽しそうに作業をする少女。

今の作業は、レタスを剥きながら、ガラス製のボウル型の容器に盛り付ける、というもの。

容器の底から、中を覆うように丁寧に盛り付けを実行している。


ゆっくりとではあるが、丁寧に盛り付けている様子を横から見ているのは、今この作業を実行している家の住人である、高宮 涼羽。

隣から、クラスメイトである美鈴の作業を見て、一言。


「…うん。綺麗にできてる」

「ホント!?」

「うん。こんな感じでよろしくね」

「分かった!」


美鈴にとって、今現在最高の先生である涼羽からのお墨付きの一言。

それを聞いた美鈴の美少女顔に、より笑顔が浮かぶ。


涼羽の方は、美鈴の作業の様子を気にしながらも、自分の作業を淡々とこなしている。

現在では、ハンバーグの種を混ぜ終え、ご飯が炊き終わるタイミングを伺いながら、食器の準備をしている。


淡々と、それでいて手早く作業を終わらせている涼羽。

それゆえに、今のところはご飯の炊き上がり待ちとなってしまっている。


なので、美鈴の作業をじっくりと見ながら、的確にアドバイスをしている状態だ。


「えへへ~♪」

「楽しい?美鈴ちゃん?」

「うん!楽しい!」

「それならよかった」


心底楽しそうに作業をしている美鈴を見て、涼羽の顔にも優しい笑顔が浮かぶ。

同年代の美少女が並んで楽しそうに料理をしている光景は、見る者の心を奪えるであろうものとなっている。

まあ、涼羽は容姿そのものは確かに美少女とはいえ、性別は確かな男ではあるのだが。


そうして美鈴が盛り付けをしている間に、涼羽は冷蔵庫から大きめのタッパーを取り出す。


「じゃあ、美鈴ちゃん」

「はい!」

「レタスはそのくらいでいいから、次は盛り付けたレタスの中に、これを盛り付けてくれるかな?」

「分かりました!」


そうして涼羽が美鈴の方に差し出したのは、冷蔵庫から出したタッパー。

そのタッパーの中は、涼羽が事前に作り置きしていた、ポテトサラダである。


皮を剥き、ふかしてからつぶしたマッシュポテトに薄くスライスしたきゅうり、小さめにカットしたハムを加え…

それらをマヨネーズとペッパーであえながら混ぜ合わせた、いたってシンプルなものだ。


「わ~、おいしそ~」


それを見た美鈴から、感嘆の声があがる。

そして、まるでTVの中でしか見れないようなアイドルを直に見るかのような目で、涼羽を見る。


「これも、涼羽ちゃんが作ったの?」

「うん、そうだよ」


美鈴のまばゆいばかりのまなざしで見つめられて、若干恥ずかしそうにしながらも答える涼羽。

やはり、孤高の一匹狼と称されるほどの一人好きは、見つめられることに慣れないようだ。


「ちょっと、味見してもいい?」


よっぽど美味しそうに見えたのか、美鈴からこんな要求が。

今味見しなくても、この後食べられるのだが…


「うん、いいよ」


とはいえ、特に断る理由もないので、涼羽はあっさりと了承してしまう。


「じゃあちょっとだけ…」

「じゃあ、はい。これ」


涼羽からの了承も得たので、さっそく味見しようとする美鈴。

だが、そのままの素手で取ろうとしていたので、慌てて涼羽がテーブルに準備していた箸を渡す。


「あ、ありがと~」

「さすがにみんなで食べるものだから、素手でつままないようにね」

「は~い。ごめんなさい」


さすがにここは無視できない部分だったので、涼羽から指摘の声があがる。

ここは自分がうかつすぎたことを実感し、美鈴も素直に謝る。


ただ、指摘されたことも嬉しいのか、にこにこ笑顔は全くといっていいほど崩れる様子はないのだが。


左手で涼羽が渡してくれた箸を受け取り、そのままタッパーの中のポテトサラダをひとすくいすると、それをそのまま口に運ぶ。


そして、ゆっくりと味わうように咀嚼していく。


「わあ~、おいし~」


涼羽のお手製のポテトサラダは、美鈴のお気に召したようだ。

美鈴から、絶賛の声があがる。


「そう?それならよかった」


普段から妹である羽月にしか自分の料理を食べさせることがない涼羽。

ゆえに、自分達兄妹以外の人間に食べさせるのは、これが初めて。


そのため、さすがに少々不安はあったのだが、美鈴からお褒めの言葉が飛び出したので、ひとまずホッとした涼羽だった。


「やっぱり涼羽ちゃんって、お料理上手なんだね~」

「ま、まあ…いつもやってるからね」

「お料理だけじゃなくて、お洗濯もお掃除もしてるんでしょ?」

「う、うん…そうだけど」

「お裁縫も?」

「そんなに頻繁に、じゃないけど、するよ」


涼羽を見る美鈴のまなざしが、よりキラキラとしたものとなっている。

そして、涼羽を絶賛する声もあがる。


当の涼羽は、そんなまなざしや絶賛の言葉に、少し居心地が悪そうにしている。


「…すっごいな~、涼羽ちゃんって」

「え?」

「だって、お家のことこんなにもいろいろとできるんだもん」

「ま、まあ…俺しかする人間がいなかったから、必然的にそうなっただけだよ」

「それも含めてすごいよ~」

「え?」

「だって、私ならすぐにできなくてあきらめてたと思うし」

「そ、そんなことは…」

「でも涼羽ちゃんはずっとそれを続けて、こんなに上手になってるんだもん。すごいよ」

「…そ、そうかな?…」

「それに、こんなにも優しく、分かりやすく教えてくれるし」

「…あ、あはは…」

「まるでお母さんが教えてくれるみたいで、すっごく楽しくて、すっごく嬉しいの」

「…お、お母さんって…」

「私が男だったら…ううん、そうじゃなくても、涼羽ちゃんみたいなお嫁さん欲しくなっちゃう」

「お、お嫁さんって…」


ひたすら涼羽をベタ褒めの美鈴。

心底嬉しそうに。

心底尊敬のまなざしで。


ただ、『お母さん』やら、『お嫁さん』やら言われて、涼羽はさすがに照れ臭さを隠せないのか、その可愛らしい顔を真っ赤に染めて、俯いてしまっている。


「ねえ、涼羽ちゃんは私がお願いしたら、私のお嫁さんになってくれる?」

「あ、あのね…美鈴ちゃん。俺、男だからね?」

「こ~んなに可愛くて、こ~んなにお料理上手で、こ~んなにお母さんみたいなのに?」

「そ、それは言わないで…」

「やっぱり涼羽ちゃんって、すっごく可愛い~♪」

「だ、だから可愛いとか言わないで…」

「だあめ♪涼羽ちゃんが可愛すぎるから、つい言っちゃうんだもん」

「~~~~~~~~~……」


無邪気なにこにこ笑顔のまま、ひたすらに涼羽を絶賛し、ついつい可愛がってしまう美鈴。

対する涼羽は、そんな美鈴の攻撃(?)に押されっぱなしで羞恥に頬を染めっぱなしの状態だ。


当然、涼羽のそんな仕草は、まるで美少女が恥じらうようにしか見えないこともあり…

それがまた、美鈴の心をくすぐるものとなっている。


「涼羽ちゃん♪だあい好き♪」


ひたすら恥らい続ける涼羽があまりにも可愛すぎたのか…

とうとう我慢できなくなった美鈴が、涼羽の真っ赤に染まった頬に自らの唇をくっつけてしまう。


「!ちょ、ちょっと、美鈴ちゃん!?」

「えへへ♪しちゃった♪」


突然頬にキスされて、目に見えてうろたえてしまう涼羽。

先程まで、落ち着いて淡々と料理をしていた時と比べると、本当に同一人物か?と思えるほどのギャップを見せている。


「だ、だから!女の子が気安く男にそういうことしたらだめだって!」


そして涼羽のこのセリフ。

言っていることが、まさに『娘のことを心配するお母さん』だ。


年頃の男子が異性にキスされて、こういう反応をしている時点で、自分が男だと言ってもまるで説得力がない。


当然、涼羽にキスして心底嬉しそうな表情の美鈴も、そのことには気づいている。


だから、こんなこともしてしまう。


「涼羽ちゃんったら、ホントに可愛い~♪可愛すぎだよ~♪」


涼羽の華奢な身体に両腕を回して、ぎゅうっと音がするくらいに抱きしめてしまう、なんてことを。


「!み、美鈴ちゃん!」


同年代の女子にキスされ、さらには抱きつかれて、すでにうろたえっぱなしの涼羽はさらにうろたえてしまう。

ただ、あくまで『不意打ちで自分という男子にこんなことをしてくる』ということに対する動揺であり、『異性にこんなことをされている』という動揺ではないのだが。


「涼羽ちゃん可愛い~♪男の子なのに、こんなに可愛いなんて、犯罪だよ~♪」

「だ、だめ!美鈴ちゃんみたいな年頃の女の子が、俺みたいな年頃の男にこんなことしちゃだめだから!」

「え~、だって涼羽ちゃん全然男の子じゃないもん」

「!ち、違うし!俺、ちゃんとした男だし!」

「違うよ~。絶対涼羽ちゃん女の子だよ~」

「!だ、だから男だってば!」

「だって、女の子に抱きつかれてそんなこという男の子なんて絶対いないよ~」


その通り。

年頃の男子が、こんな美少女に抱きつかれて、邪な気持ちにならないこと自体がすでにおかしい。

美鈴は、そう言っているのだ。


実際、学校にいる時でも美鈴は男子のそうした視線を感じることが多い。

やはり、ふんわりとした感じの美少女であり。

それでいて、スリムでありながらも出るところは出ているという、男受けするスタイル。


やはり、男子の欲望の対象になることの方が多く、そういう視線にずっと晒され続けていることもある。

そのため、涼羽のこんな反応があまりにも新鮮で面白く、ついついこうして自分からちょっかいをかけたくなってしまうのだ。


とはいえ、属性としては完全に『お母さん』な涼羽に、そういった普通の男子と同じようなことを望むのはある意味では無理なのかもしれない。

校内でも上位クラスの美少女である美鈴にこんなことをされても、普通の男子と同じような反応にならないのだ。

むしろ、とにかく女の子を大事に大事に、という思いの方が強いため、どうしても今のような反応になってしまうのだろう。


逆に言えば、そういう『絶対に女子を欲望の対象として見ない』『決して、女子に乱暴したりしない』という、絶対の信頼感が涼羽に対して美鈴の中で出来上がってしまっているため、美鈴もこうした行為に気軽に出られるのだろう。


実際、涼羽がそんな行為に出られるはずもないのは確かなので、その信頼感は確かに絶対的なものであることに間違いはないのだが。


「涼羽ちゃん♪」

「と、とにかく離れて…」

「大好き♪」

「!だ、だから離れて…」


そして、こういった感じで表も裏もない、純粋な好意をぶつけられること自体が苦手でもある涼羽。

美鈴の無邪気で純粋な好意をぶつけられて、恥じらいを隠せないでいる。


「やだ♪涼羽ちゃんが可愛すぎて大好きだから、離したくないもん♪」

「お、お願いだから…」


美鈴からすれば、並の女の子よりも遥かに可愛くて…

並の女の子よりも遥かに家庭的で…

並の女の子よりも遥かにお母さんで…

並の女の子よりも遥かに女性的で…


女子が毛嫌いするであろう、悪い意味での男っぽさがまるでないこともあり。

だからこそ、際限なく涼羽に対する好意が右肩上がりで上昇していくのだろう。


そうした自分の性質に自覚のない涼羽だからこそ、どうして自分がここまで好かれるのか、ということが分からない。


結局、この二人のこうした甘くも可愛らしいやりとりは、涼羽がご飯の炊き上がりに気づいて、すぐさま作業モードにスイッチするまで続くこととなった。

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