第13話 え?あれが、あの高宮君?
「へ~、ここが高宮君のお家なんだ」
今時の鉄筋コンクリートなどの丈夫な建材による建造物と比べると、あきらかに見劣りするであろう木造による建築。
敷地面積としてはそれなりにある方で、その中に建てられている建造物自体も広さとしてはそれなりだが。
しかし、それでいて汚れた感じはせず、木造とはいえ、建材のひとつひとつが十分に太さがあり、建造そのものも職人技といえる、丈夫さを追求したものとなっている。
建てられてからの年月の長さは確かなものなのが分かるが、『古臭い』というよりは、いい意味で『古めかしい』と言った方が正しいと言えるものだ。
そんな家屋―――――涼羽の自宅である、高宮家――――を目の当たりにした美鈴のその美少女顔には、普段見ることのない珍しいものを目の当たりにした時の興味が、表情に分かりやすく浮かんだきていた。
学校から歩くこと十数分。
距離としても決して遠いわけでもなく、むしろ近いと言えるであろう距離。
そんな位置にありながら、今までクラスメイトの誰もがこの高宮家の場所を知らなかったことを考えると、いかに涼羽がクラスの中で孤立していたのか。
それが、よく分かると言えるだろう。
「………」
初めて玩具を買ってもらった幼子のように嬉しくも楽しそうな表情の美鈴と相反するかのように、心底困ったかのような表情を隠すこともできずにいる涼羽。
普段からの料理の工程に、このクラスメイトを交えて教えながら進めていく。
それだけでよかったはず。
だが、美鈴の一言が、その全てを覆すこととなってしまう。
――――え?明日お休みだから、今日は帰らないよ?――――
そう、美鈴は、趣味とするほど大好きな料理をとことん教わりたいが為に、涼羽の家に泊まりこむつもりでここに来ていたのだ。
平常から教科書なども必ず全て自宅に持ち帰り、また学校に持っていく。
そういう習慣を当然としている美鈴の通学用のカバンは、他の生徒と比べると明らかに大きいものだった。
だからこそ、そんな大きいカバンであっても、他の生徒も、涼羽も何も違和感を抱くことはなかった。
だからこそ、そのカバンの中には今日この日のための用意――――俗に言う、『お泊りセット』――――が入っているなどと、誰も思うことなどなかったのだ。
当然、涼羽もその一人だ。
自身の占有の領域に踏み込まれることを極端に嫌う涼羽にとって、これは由々しき事態だ。
自分のことに他人に興味を持たれることだけでもわずらわしい出来事なのに。
その他人にまさか自分の家にまで来られることになるなどとは。
それだけでなく、自分の家に家族以外の他人が入り込んでくることとなってしまっている。
もうそれだけでも、涼羽にしてみれば『勘弁してくれ…』ということなのだ。
当然、そのうんざりしたような表情を隠すこともできず、だからといって一度了承してしまった約束を反故にすることもできず…
結局はなし崩しに美鈴を受け入れることとなってしまったのだ。
「…じゃあ、とりあえずあがって」
「うん!」
家の中は、常に涼羽が掃除を行い、綺麗にしている。
特に他人をあげても、問題のあるような状況ではない。
しかし、何かひっかかる。
それが、喉まで出掛かっているのに、あと少しで出てこない。
一体、なんだろう…
そのモヤッとした何かの正体を解明する間もなく、嬉々とした表情でいる美鈴に自分の家にあがるように促す涼羽。
そして、古めかしい造りの横開きの扉を開いたその瞬間。
涼羽は、そのモヤッとした感覚の正体を目の当たりにすることとなる。
「お兄ちゃん!お帰りなさ~い!」
その感覚の正体が、その幼げな美少女顔に天真爛漫な笑顔を貼り付け、小柄な体を目いっぱい動かして、玄関を開けて中に入ってきたばかりの涼羽の胸に飛び込んでくる。
「わっ!!」
かなりの勢いで飛び込んできたそれを、涼羽はかなり慌てた様子を見せながらも見事に危なげなく受け止める。
受け止められたそれは、涼羽の華奢な体に両腕をまわしてぎゅうっと抱きつき。
その胸に顔を埋めて目いっぱい甘えてくる。
この高宮家の一員で、涼羽の妹である、高宮 羽月だ。
そして、この瞬間、涼羽は自身が抱えていた感覚の正体に気づくこととなる。
「(そうだ…今の羽月は、こんな状態だった…)」
こんな状態。
そう、数ヶ月ほど前から、ひたすら兄である自分にべったりと甘えてくる。
そんな状態。
横に兄のクラスメイトがいることも気づかず、無我夢中で兄の胸の中で甘えまくるこの妹。
涼羽からすれば、可愛い妹が喜んでくれることが嬉しくてついやってしまうのだが…
だからといって決してそういうやりとりを他の人間に見られたいわけではなく、むしろ隠しておきたい。
だが、時はすでに遅く、今自分の横でいきなりの出来事に固まってしまっているクラスメイトに見られてしまっている。
どうしよう。
どうしよう。
内心かなりテンパっている涼羽に、羽月は遠慮なく甘えてくる。
「お兄ちゃん♪早く♪早くぎゅ~ってして♪なでなでして♪」
自分の胸の中から覗き込むような上目遣いで、鈴のような声で甘えてくる妹、羽月。
すでに条件反射となっているのか、涼羽は無意識のうちに妹を甘やかすモードにスイッチしてしまっていた。
「はいはい…」
その口から出てくる言葉こそはぶっきらぼうだが…
いつものように涼羽のその美少女な顔には、慈愛の女神のごとき優しげな笑顔が浮かんでいた。
右腕で羽月の小柄で華奢な体を包み込むように抱きしめ、左手でその艶のいい髪を梳くように頭を撫で始める。
いつの間にか、兄妹固有の結界のような雰囲気が出来上がっていた。
「えへへ~♪お兄ちゃんだあい好き♪」
「いつも言ってるでしょ?いつまでもこんなに甘えん坊じゃだめだって」
「や。お兄ちゃんに甘えられなくなるなんて、絶対にや」
「しょうがない甘えん坊だな…羽月は」
「わたしだって、いつも言ってるよ?お兄ちゃんがこ~んなにお母さんみたいで、こ~んなに可愛いのがいけないって」
「…そんなことはない、と思うんだけど…」
「そうなの!お兄ちゃんは、妹のわたしから見てもす~っごく可愛いし、す~っごくお母さんみたいなんだもん」
べったりと天真爛漫に甘えて、時には困らしてくる妹、羽月に涼羽はその優しげな笑顔を少し困ったようにすることはあっても、その笑顔そのものを変えることはない。
今この時点で、妹に意識がいってしまっている涼羽は、すぐ横で驚きを隠せない表情でじ~っと自分を見つめてくる視線に気づくことができなかった。
「(え?え?うそ?あれが、あの高宮君なの?)」
学校では、いつも仏頂面…というよりは無機質、無表情な目の前のクラスメイト。
積極的に関わるようになった最近では困った表情を見せてくれるようにはなったが、笑顔などというものは決して見せることはなかった。
そんな涼羽が、まさかあんな表情を見せるなんて。
今この瞬間まで、美鈴には想像することすらもできなかった。
「(あの、高宮君の妹さん?あの子があんな風に甘えてきてから、高宮君の雰囲気が…)」
普段の人を寄せ付けない孤独な雰囲気が今の涼羽にはまるでなく…
まるで聖母のような包容力と優しさで。
まるで女神のような慈愛と笑顔で。
口ではなんやかんや言いながらも、目いっぱい妹を甘やかしている涼羽の姿が、今自分の目の前にある。
「(すごい…すごく優しさと慈愛に満ち溢れてて…そんな表情がすごく綺麗で、それでいて可愛くて…)」
自分が評した、涼羽の顔。
自分が女としての自信を失いそうになるくらいの美少女顔。
その顔で、あんな表情を見せている。
今の涼羽は、知らない人が見れば絶対に男だと分かる人はいない、と。
そう思えるほどに、今の涼羽は『お母さん』で。
そう思えるほどに、今の涼羽は『可愛すぎるほどの美少女』だった。
そんな涼羽を見て、美鈴は自身の頬がほんのりと熱くなるのを自覚した。
「(可愛い…それに、すごく優しくて、温かそう…いいなあ、妹さん…)」
涼羽に目いっぱい甘えている羽月を見て、羨ましいとさえ思ってしまう美鈴。
自分も、あんな風に甘えてみたい。
自分も、あんなお兄ちゃんが欲しい。
本能的にそう思ってしまった美鈴の頬は、さらに熱を帯びていくこととなった。
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