第12話 ついにこの日が来たか…

とある日の放課後。

翌日は休日ということもあり、多くの生徒がそそくさと帰路に足を運ぶ。


涼羽もその中の一人として、自分の家へと、足を進めている。




――――ただし、この日はいつもとは違っていた。




「えへへ…やっとこの日が来たね~」


普段なら一人孤独に帰路についているはずの涼羽だったのだが…

今日は、涼羽のクラスメイトである柊 美鈴が一緒にいるのだ。


「………」


この状況ができあがったのは、一月ほど前の話にさかのぼる。


美鈴が以前から涼羽の弁当に興味を持っていたこと。

その興味から来る好奇心を抑えきれず、ついに涼羽に話しかけたこと。

その時に、美鈴が見ていたおいしそうな弁当はいつも涼羽が作っていたと知ったこと。

そして、料理を趣味としながらもなかなか上達できない美鈴が、涼羽に料理を教えて欲しいとお願いしたこと。


すべては、ここから始まったのだ。


涼羽と違い、友人の多い美鈴はなかなか自身の都合をつけることができず、どうしても涼羽の家に行くことができなかった。

涼羽としては内心ホッとしていたが、美鈴はあからさまにイライラしていた。


なにせ、ようやっと見つけてすがりついた希望を…

その希望の元で趣味とするほど楽しみとしている料理を教わることを、これでもかというほどに楽しみにしていたのだ。


どうしても都合を付けられないことに業を煮やした美鈴が、ついに涼羽にこう宣言した。




「今週の土曜、お休みだよね?だから、その前の金曜に、高宮君のところに行くから」




――――と。


それからの美鈴は、変わった。


今までなし崩しに友人の誘いを受け入れていたのを、やめた。

いける日はいける、ダメな日はダメ、と。

しっかりと分別をつけられるようになったのだ。


もちろん、それだけではない。


基本的に成績上位者である美鈴に、勉強のことで頼りにしてくる友人は多い。

だから、そういったお願いも、なし崩しに受け入れていたのを、やめたのだ。


ただ、こちらはどうしても相手の都合上、急ぎになることが多い。


なので、美鈴は行き当たりばったりなすごし方をやめ、きっちりを予定を組んで行動を行うようになっていったのだ。


そうして、絶対にフイにすることのできない用事や予定がある日は、事前に友人に伝えるようになった。

『この日には絶対に外せない用事があるから、こっちにお願いしたいこととかは、その日以外で』と。


どこかゆるい感じをしていた美鈴に、凛とした雰囲気が加わったのだ。

そうしたことでしっかり者としてのイメージが定着していった。

友人達も、ダメな日はダメな日でちゃんと事前に教えてくれるので、むしろ誘いやすくなったと、美鈴の評価が上がっていったのだ。


そうした美鈴の努力の甲斐あって、あの約束から一月以上も経ってしまったが、この日ようやく涼羽の家にお邪魔し、料理を教わるという…

ここ最近で美鈴が最もやりたい、と思っていたことを、ついに実現できるのだ。


そんな事情もあり、涼羽の隣に合わせるように歩く美鈴の歩調は、まさにご機嫌そのもの。

校内でも有数の美少女である美鈴のそんな姿。

当然、周囲の(特に男性の)目を惹くこととなっている。


美鈴がそんな状態であるのに対し、涼羽の方はいつもの無愛想で無機質な表情に、若干の憂鬱さが浮かんでしまっていた。


「………」


綺麗よりは可愛いが色濃い美少女の上目遣いによる攻撃。

それも、自身にすがり、甘えてくるような。


妹、羽月とのここ数ヶ月のやりとりにより、甘えられることに喜びを感じるようになってしまっている今の涼羽。

そんな涼羽が、美鈴のそんな攻撃に抗えるわけもなく、勢いに押されるままに承諾してしまった。


だが、ここ一月ほどは何のリアクションもなく、その約束自体が自然消滅してしまったのかと思っていた。

が、ついに今日、その約束を行使される時が、来てしまったのだ。


涼羽からすれば、特に積極的に関わろうとも思っていない人間に自宅にまで来られるなんて、ハッキリ言ってうんざりするような出来事だ。

だから、ここ一月何もなかったことが、涼羽の心に安堵感を出させていた。


そんな時に、いきなり突きつけられた宣告。


今の涼羽の心境は、まさに――――




「(ついに来たか…この日が…)」




――――だった。


女子の平均値よりも少し小柄な美鈴。

女子の平均値よりも少し高いが、男子としてはかなり小柄な涼羽。


そんな二人が、隣り合わせに並んで歩いている様子。

美鈴はもちろんのこと、涼羽もパッと見では分かりづらいが、可愛らしさに満ちた容姿。

かなりの微笑ましさを感じさせるものがある。


見るからにご機嫌な美鈴。

パッと見では分からないが、どことなく憂鬱そうな雰囲気の涼羽。

といった具合に、両者の様子がまさに対極的というのはあるが。


また、ここ一月で涼羽の容姿にも少し変化がある。

せっかくの可愛い顔を野暮ったく見せてしまう長めの前髪はそのままだが、後ろの方が結構伸びてきたのだ。

美鈴にこの約束を取り付けられた時点では首の下くらいまでの長さだったのが、今では肩の下辺りまで伸びてきたのだ。


いつもの無愛想さと、野暮ったい前髪のおかげでオタクっぽく見られてしまうものの、少し前髪を上げて顔を見せるだけで、ちょっとした美少女に見られてもおかしくない容姿になってきている。


ただ、涼羽はあまり積極的に髪を切りに行くことがないため、このくらいの長さまで放置してしまうことは少なくない。

加えて、とにかく人を寄せ付けない普段の雰囲気が、涼羽の容姿すらも目立たなくさせてしまっている。

そのため、このくらいの変化では、実は涼羽がかなりの美少女顔な美少年であることに気づかれにくいのだ。


もちろんそれは、『普段から積極的に接することのない人間』に限られるのだが。


「(最近思ったけど…高宮君って、実際に見てみるとすっごく可愛らしい顔してるよね…)」


例の件のこともあって、ここ最近では涼羽に積極的に関わっている美鈴は、そんな涼羽の容姿をじっくりと見る機会があった。


野暮ったい前髪と、人を寄せ付けない雰囲気に隠された、その可愛らしい美少女顔を。


基本的に自分から話すことはないが、話しかけると一応の受け応えはしてくれる涼羽。

そんな時にふと見せる、恥ずかしげな雰囲気。


その時の涼羽の可愛らしさは、まさに犯罪的とも言えるものがある。


美鈴は、そんな涼羽も見てしまっているため、今では学校では他の友人よりも涼羽といる時間の方が長くなっている。


「えへへ。や~っと高宮君にお料理を教えてもらえるね」

「…それは別にいいけど、あまり遅くなるとまずいんじゃ?」


これは当然の疑問だろう。

美鈴とて年頃の娘さんなのだから。


だから、涼羽はそんなに長い時間美鈴を自分の家に置いておくつもりはない。

そういう意味も含めての今の一言だったのだ。


だが、美鈴の次の一言が、涼羽の無機質な顔を崩すこととなる。


「え?明日休みなんだから、今日は帰らないよ?」

「!?え!?」

「お母さんには、友達の家に泊まるって、言ってあるから」

「ちょ、ちょっと待って!?」


これは一体どういうことなのだろう。

なぜ、目の前の少女は、自分の家に泊まる、などと言っているのだろう。

そもそも、年頃の娘が同じ年頃の異性の家に泊まりに行くとか…

この目の前のクラスメイトは、一体何を言っているのだろう…


次から次へと浮かんでくる疑問を処理することもできず、普段の無機質な表情が嘘のように混乱に変わる涼羽。


そんな涼羽の表情を珍しいと思いながら、美鈴は続ける。


「え?だって、せっかく教わるんなら、目いっぱい教わりたいし」

「だ、だからって泊まりだなんて聞いてないよ!?」

「だって、言わなかったから」

「なんで言ってくれないの!?」

「だって、言ったら高宮君、反対すると思ったから」

「あ、当たり前だよ!!」


自分は至極全うなことを言っているはずなのに…

なんで自分の方が違うみたいな反応を返されるのだろう…


そんな理不尽感も芽生えてくる涼羽に、美鈴はさらに続ける。


「いいじゃない。高校生にもなったら、友達の家に泊まりに行くなんて、珍しいことじゃないし」

「それは女の子同士での話でしょ!?俺、男だよ!?」

「…………………あ~、うん」

「ちょ、ちょっと!?何その忘れてた、みたいな反応は!?」


実際、涼羽と積極的に関わるようになってから、美鈴の涼羽に対する認識は、同性に近い感覚だったのだ。

正直、容姿のこともあって、涼羽に男っぽさというものが見当たらない、というのが美鈴の意見だった。


つまり、柊 美鈴は高宮 涼羽を無意識のうちに女の子として認識していたのだ。




――――今目の前の本人にそれを言われるまで、気づかないほどに――――




「だって、高宮君ってよく見たらすっごく可愛い顔してるんだもん」

「!う…」

「お肌も綺麗だし、体つきも華奢で女の子みたいで…」

「!!うう…」

「正直私も女の子としての自信を失いそうになるくらい、美少女な顔してるんだよ?高宮君って」

「!!!ううう…」

「(あ、この困った顔、すっごく可愛い♪)だから、高宮君が可愛いのがいけないの」

「だ、だからって…」

「お願い…高宮君…」


かつて、妹、羽月の友達や学校連中も絶賛していた涼羽の困り顔。

それを堪能しながらも、またしても上目遣いでのお願い。


「…だめ?」


その美少女な容姿をフルに活用した、渾身のおねだり。

もうこの時点で、勝負はついたも同然。


「!!う…」


妹にさんざん刷り込まれたことで、この手の攻撃に抗えない今の涼羽。

そんな涼羽の返答は、自ずと分かるであろうもの。


「…こ、今回だけだから…」


少しツンとした感じは、せめてもの抵抗なのだろう。

ただそれも、悲しいほどに涼羽の可愛らしさを強調するものとなってしまっているが。


「えへ♪ありがとう、高宮君」


これでもかというほどの極上の笑顔を見せながら、嬉しさのあまり涼羽の右腕を自分の両腕で絡めてぎゅうっとくっついてくる美鈴。


「!!ちょ、ちょっと!?」


これでもかというほどの草食系な涼羽は、突然の柔らかな感触に思わず顔を赤らめ、普段とは違うソプラノな声を出してしまう。


「えへへ♪」


涼羽の反応がまた可愛くて、思わず笑みをこぼしてしまう美鈴。

そんな二人のやりとりは、周囲の羨望の視線を独占するものとなってしまう。


そんな視線をひたすら受け続けながら、二人は歩き続け…


しばらくして、涼羽の自宅である高宮家に、到着した。

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