第11話 昼休み_涼羽偏

「きりーつ、れい」


この日の日直による、学生にはおなじみの声。

学校というコミュニティの中では、もはや必然とも言える光景。


二十一世紀という、それより前の世紀から生きている人間からすれば近未来的な響きのこのご時勢。

そんな現代からすれば、懐古的(ノスタルジック)な木造の校舎。


その中にある、太陽の光が窓から燦燦と輝く、三年生のうちの一つのクラスの教室。

この号令により、午前中の授業が全て終わったことを告げられる。


「あ~、やっと昼休みかあ」

「腹減ったからとっとと購買に行こうぜ~」


授業という、生徒からすれば堅苦しいものから解放され…

比較的長い時間、その緊張を解くことのできる昼休み。


すでに、この教室の多くの生徒が購買へと向かっている。


この学校には、今時珍しく、食堂というものがない。

なので、昼食は自前で弁当を持ってくるか、そうでなければ必然的に購買になる。


購買で買った食事をどこでするのかは各個人次第だが…

大体は自分の教室で食事をする生徒が多い。


そうして食事の際には、やはり当然というか、それぞれの派閥(グループ)に分かれて談笑を楽しみながら、という形になる。


そんな中、一人ぽつんと席に座って自前の弁当を開く姿。

席自体が教室の窓際の一番後ろ、ということもあり、非常に浮いている感が否めない。


が、そうして孤立感を晒しだしている生徒を、その状況から救い出そうという生徒はおらず…

誰もがその様子にチラチラと視線を向けながらも、結局は何も変わらない。


高宮 涼羽は、そんな自分の状況を改善しようともせず、ただ一人でいようとする。


「……………」


少々長く野暮ったい前髪のおかげで目立たないものの、童顔で非常に可愛らしい感じの顔。

そして、小柄で少しダボついた服装のおかげで目立たないものの、丸みを帯びて華奢な体格。


少年にも、少女にも見える中性的で危ういバランスが持つ魅力。


しかし、涼羽本人が晒しだす、周囲との接触を拒否するかのような雰囲気。

加えて、いついかなる時も変わらない無機質で能面のような表情。


そんな鋭く研ぎ澄まされた刃のような人間に好んで接触する生徒など、いるはずもなかった。




――――今、この時までは――――




「…ね、ねえ、高宮君」


いかにも少女だと分かる、聞き心地のいいガールソプラノ。

少しおどおどした感じがありながらも、涼羽に関わろうとする意思のある声。


その人形のように無機質で無表情な顔を、ただ作業のように声のする方に向ける涼羽。


そこにいたのは、一人の女子生徒。


肩の下あたりまでの、サラリと流れるような美しい漆黒の髪。

大きくぱっちりとした、くっきりとした二重と長い睫毛に形作られた瞳。

筋が通りつつも、小さめでツンとした、綺麗よりも可愛らしいが似合う鼻。

少しふっくらとして柔らかさを感じさせる、薄く桜に色づいた唇。


学校指定の制服に包まれた肢体は華奢で儚げな印象だが、反面女性の象徴である胸は大きめ。

しかし、決して下品さを感じさせる大きさではなく、美しくほどよい感じの大きさ。

膝丈より少し上のスカートから伸びる脚は、すらりとしていて、それでいて柔らかさを思わせるバランス。


そんな彼女の名前は、柊 美鈴(ひいらぎ みすず)。


このクラスはもちろん、学校全体で見ても上位に位置づけされる美少女だ。


「………何?」


そんな美少女に対し、まさに無関心を前面に押し出したかのような涼羽の反応。

前髪に隠れている視線に、思わず美鈴の緊張が高まってしまう。


が、涼羽と関わりを持ちたいためなのか、自らの視線をそらすことも、その場を離れることも、彼女はすることはなかった。


「あ、あのね…高宮君って…」


高まる緊張に少し震え気味の声で、涼羽に問いかけていく美鈴。

涼羽はそんな美鈴に対してこれといった反応もないが、視線は彼女に向けたままだ。


「高宮君って、いつもお弁当だけど、それってお母さんが作ってくれてるの?」


そう、彼女が涼羽に向けた興味とは、涼羽が日ごろから持ってくる弁当について、だ。

周囲の人間関係が非常に希薄な涼羽は、自分のことを周囲に知られることも、まして教えることもない。


もともと料理が趣味で、でもなかなかうまくできない美鈴。

そんな時に、ふとしたことで目に入ったのが、涼羽の弁当。


その時目にした弁当が、非常に彩りよく綺麗で、またおいしそうなものだったのだ。


加えて、涼羽と同じクラスになってから、美鈴は一度たりとも涼羽が購買を利用したところを見たことがない。


だからこそ、気になっていた。

しかし、だからこそ、知らなかった。




――――涼羽にとっては、聞いて欲しくないことを聞いてしまったことを――――




「……いない」

「え?」

「……母さんは、俺が三つの時に死んだ。だから、いない」


返ってきた涼羽の答え。

それでも、聞かれたくないことを聞かれたことに対する不愉快さすらも見せない…

まさに、無機質で無感情な返答。


しかし、それを聞いた美鈴はそうもいくわけがなかった。


「!あ…ご、ごめんなさい…」


嫌なことを聞いてしまった。

瞬間、そう思った。


無神経に、彼にとっての辛いことを聞いてしまった、と。


そう思った瞬間、謝罪の言葉がその唇から漏れ出した。


「……別に気にしてない。知ってるはずもない、そう思ってたから」


淡々とした涼羽の声。

その返答が、痛い。

一匹狼だとは思っていたが、これほどまでに、彼は周囲を寄せ付けないでいる。


ほんのちょっとした興味からの問いかけが、こんなにも自分を苦しくさせるなんて。

自分の無神経さが嫌になる。


たとえ、状況的に仕方ないと、誰もが言えるような状況であったとしても。


「それでも、ごめんなさい…」


だからこそ、漏れ出してしまう。

不要だと分かっていても、彼に対する謝罪の言葉が。


そんな重苦しい雰囲気に包まれた今の状況を打破したのは、意外にも涼羽だった。


「……この弁当を誰が作ったのか、と聞かれたら、俺が作ったとしか返せないけど」


美鈴の興味本位からの問いかけに、明確な返答。

心なしか、その無機質で無感情な声が、ほんの少しだが柔らかくなったような気までする。


「え…そ、そうなの?」

「ああ。俺の弁当は俺がいつも作ってる。それが?」


心なしか、柔らかくなった涼羽の返答に戸惑いながらも、その返答そのものに、美鈴の興味、好奇心が膨れ上がる。


「じゃ、じゃあ高宮君って、いつもお弁当作って持ってきてるの?」

「…弁当だけじゃなく、家事全般俺がしてる」

「え?」

「うちは父さんも単身赴任中でいないから、俺が全部やってる」

「そ、そうなんだ…」


人間の会話らしい会話になってきたところで、涼羽からの返答に美鈴は内心驚きっぱなしの状態だ。


この何に対しても無感動、無機質で――――

人との関わりを極度に好まず――――

家事全般なんて、そういったものとも無縁そうに見えたこのクラスメイトが――――




――――常日頃家事全般をこなしていたなんて――――




何よりも、今も目の前に見えるその弁当。


時間がたってるにも関わらず、ふわりとしておいしそうな玉子焼き。

ひとつひとつがしっかりと揚げられ、さくさくとしてそうなから揚げ。

わざわざタコの形に作られたウィンナー。

同じくうさぎの形に切られたリンゴ。


ひとつひとつがおいしそうで、弁当箱の中の配置も綺麗にされている。

すごい。

純粋にそう思えるほど。


自分ができないことを、これほどまでにやってのける目の前のクラスメイト。


ますます、高宮 涼羽という存在への興味がわいてくる。


「それが、どうかしたのか?」

「え?」

「俺の弁当に、えらく興味を持ってたみたいだから…」

「あ…」


どこかきょとんとした顔で、涼羽が逆に美鈴に問う。

一体、なぜそんなことを聞くのか。


そういった疑問が、変わることのなかった涼羽の顔に表情として表れていた。


「じ、実は私、料理が趣味なんだけど、ぜんぜんうまくできなくて…」

「……」

「そうして悩んでたら、高宮君のお弁当がすごく綺麗でおいしそうで…」

「……」

「だから、誰が作ってるのかなって、すごく興味が出てきて…」


ぽつぽつと、自分が涼羽になぜそんなことを聞いたのかを話す美鈴。

そんな美鈴の話を、涼羽は黙って聞いている。


「それに、そのたこさんウィンナーとか、うさぎさんのリンゴとか、すごく凝ってるよね?」

「…ああ」

「自分で食べるだけなのに、わざわざそんな風にしてるの?」


美鈴から飛び出すのは、ごもっとも、とも言える疑問。

これも、涼羽の家族のことを知らないからこそ出てくる、純粋な疑問。


「…も…」

「え?」

「…妹にも弁当作ってるから…」

「あ、高宮君、妹さんがいるんだ…」

「ああ…妹はこういう可愛らしいのが好みだから、そっちに合わせる形で、俺のにも入ってるだけだから…」


あれ?

ふと、美鈴は思った。


なんだろう…

あまり表情が変わっていないけど…

心なしか、頬がうっすらと紅くなってるみたい…


どことなく、今の涼羽に恥ずかしがってる印象があるのを、目ざとく見つけてしまった美鈴。

そんな涼羽を見て…


「(なんか…可愛い…今の高宮君…)」


研ぎ澄まされた刃のような雰囲気で、誰をも寄せ付けない孤高の一匹狼。

そんな涼羽の印象が、大きく崩れてしまうような今の涼羽。


どことなく、思わずいじめたくなるような可愛らしさが見え隠れしている今の涼羽。


美鈴は、もう涼羽に対する見方が大きく変わってしまっていた。


「ねえ、高宮君」

「?何?…」

「高宮君って、料理上手なんだよね?」

「ま、まあ…ずっとやってるから、それなりには…」


口調にもどこか恥ずかしげな感じが出ている涼羽。

そんな涼羽に、美鈴は最初の緊張など全て吹き飛び、代わりにとびっきりの笑顔がその美少女顔に浮き上がってくる。


「じゃあ、お願い。私に、料理を教えてくれないかな?」

「え?」

「高宮君だったら、私にうまく料理を教えてくれそうだから…」

「でも、俺は…」

「うん、いつも早く帰るのって、家事全部一人でしてるからなんだよね?」

「あ、ああ…」

「だったらそれに合わせるから。私が高宮君の家にいって、お手伝いする形で教わるから」


もはやはじめの重苦しい雰囲気が嘘のようだ。

戸惑いを隠せない涼羽に、ぐいぐいと押してくる美鈴。


さすがに困った顔を隠せない涼羽に、美鈴はさらに押してくる。


「もちろん毎日なんて言わない。週に一回か二回でいいから」

「ひ、柊さん…」

「お願い、高宮君」

「だ、だから俺は…」

「…だめ?」


少し潤んだ瞳での上目遣いで、懸命に涼羽に懇願する美鈴。

これが、決定打となってしまう。


妹と同じようなお願いのされ方、甘えられ方に非常に弱くなっている今の涼羽に、これを拒否する術などあるわけもなく――――




「…わ、分かった…」




――――結局は、涼羽が折れる形で決まることとなってしまった。


「!ありがとう!高宮君!」


もうちょっとで泣きそうだった表情が、目いっぱいの笑顔に変わる。

校内でも有数の美少女なだけに、その笑顔の破壊力はかなりのものとなる。


「…あ、ああ…」


涼羽も、そんな美鈴の笑顔を直視できずに思わず目を逸らしてしまう。


「高宮君。これから、よろしくね」


満面の笑顔で、涼羽の手を握ってくる美鈴。

その感触に、またしても動揺してしまう。


これから、一体どうなってしまうのか。


先のことを考えて、気が重くなる涼羽。

先のことを考えて、ものすごく嬉しくなってしまう美鈴。


実に対照的な二人が、他のクラスメイトにいろいろな意味で注目されながら、それぞれの思いに思考をゆだねていた。

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