第10話 昼休み_羽月偏

「あ~、お昼休みお昼休み♪」


とある平日。

公立ではあるが、今時のしっかりした鉄筋コンクリート製の校舎。

そんなとある中学校。


太陽の光が燦燦と輝く窓の外。

デザインよりも実用性を重視した、少し味気のない造りの教室。

学生にとっての憩いの時となる昼休み。


その昼休みの時間が来たことに対する喜びの声。


その声が示すように、心底嬉しそうな表情をその美少女顔に貼り付けているのは、涼羽の妹、羽月だ。


「羽月ちゃん、本当に嬉しそう~」

「その嬉しそうな顔、本当に可愛い~」


そんな羽月の様子を見て、同じように嬉しそうな表情を見せるのは、柚宇、柚依の佐倉姉妹。

普段から特に仲良しなこの三人は、食事の時も一緒になっている。


この学校は、普通に学食も購買もある。


そのため、どちらかと言えば学食を使う生徒の方が多い。


特に羽月のクラスは学食派が圧倒的多数のため、教室に残る生徒の方が少ないのだ。


そんな少数派となっている教室派の羽月、柚宇、柚依。

校内でもトップクラスの美少女が揃って笑顔できゃっきゃうふふしている様子は、まさに眼福。


そのため、食事だけすませてすぐに教室に戻ってくる生徒。

購買で買って、教室で食べる生徒。


そういう生徒が、徐々に増えてはきている状態だ。


「えへへ♪お弁当♪お弁当♪」


羽月のこの笑顔の要因となっているもの。

それは、昼休みそのものではなく…


昼休みになることで食べることのできる、この弁当だ。


羽月自身は料理は一切できないため、当然この弁当は兄である涼羽が作ったものだ。




――――そう――――




今となっては、羽月にとって最愛の兄である、涼羽お手製の弁当。


それを食べられることが嬉しくてたまらないのが、今の羽月だ。


「今日のお弁当は、どんなのかな~♪」


もう開ける前からそのとびっきりの笑顔が絶えない羽月。

もう待ちきれないとばかりに、その可愛らしいデザインの弁当箱の蓋を開ける。


「えへへ♪今日もおいしそう♪」


蓋を開いた弁当箱の中身は、綺麗に、そして凝ったものとなっている。


味付け海苔を可愛い猫の形に切って載せたご飯。

ふんわりとしておいしそうな玉子焼き。

さくさくとしておいしそうなから揚げ。

タコの形に切られたウィンナー。

うさぎの形に切られたリンゴ。


兄に甘えるようになってからは性格も子供っぽくなっている今の羽月。

こういった、幼い子供が好むような弁当を好むようになっている。


当然ながら、今のお母さんと化している涼羽が、この妹のお願いを断れるはずもなく。

かといって特に嫌がるわけでも、面倒くさがるわけでもなく。

どことなく嬉しそうにこういった弁当を作っているところを、羽月はしっかりと見ている。


「わ~、羽月ちゃんのお弁当、可愛い~」

「それに、すっごくおいしそう」


柚宇、柚依の二人も、羽月の弁当をうらやましそうに見ている。

佐倉姉妹も弁当持ちだが、羽月の弁当と比べると、出来合いの冷凍食品や夕食の残り物を適当に詰めているようで、あまりいい印象は受けない感じだ。

まさに、『食べられればいい』的な弁当に分類されるだろう。


「えへへ~♪いいでしょ?」

「いいなあ、羽月ちゃん。そんな可愛くておいしそうなお弁当で」

「誰が作ってくれるの?」


柚依から飛び出す、当然の疑問。

こんなにも凝った弁当を、誰が作ってくれるのか。


ちなみに、佐倉姉妹のは、母親が作っている。

だが、佐倉姉妹の母親は、どちらかといえばあまり料理が得意な方ではない。

それでも、最低限のものは作ることはできるので、仕方なくやっている感じだ。


それでなくても得意ではない料理なのに、両親共働きなので仕事にも出ているため、普段から忙しない日々を送っている。

弁当を作ってくれているだけでも上々と言えよう。


そんな家庭事情の柚依の疑問に、羽月は嬉々とした表情で答える。


「お兄ちゃん♪」

「「え?」」


あっけらかんと、あっさりとした、それでいて嬉しそうな声の羽月の返答。

その返答に、一瞬固まる佐倉姉妹。


「お兄ちゃんが作ってくれるの♪」


またも嬉しそうな表情でその言葉を音にする羽月。

すでに手には箸を持った状態で。


ちなみに羽月は左利きのため、左手に箸を持っている。


「お兄ちゃんって…」

「あの、お兄ちゃん?」

「うん、そうだよ♪」


あの。

佐倉姉妹が、以前偶然にも見かけた、あの。


この目の前の親友が、これでもかというほどに甘えていた、あの。


あの、お兄ちゃんが。


「…いいなあ~」

「…うらやましい~」


双子の口から、心底といった思いが飛び出してくる。


あの可愛くて。

あのお母さんみたいで。

あの女神様のような。


あのお兄ちゃんが作ってくれるお弁当。


しかも、見た目からしてもおいしそうな。


「えへへ♪いいでしょ♪」


その美少女顔から笑顔が絶える様子を見せずに、羽月が自慢げに言う。

そして、次の一言が、目の前の双子をさらにうらやましがらせることとなる。


「お兄ちゃんの作るご飯、す~っごくおいしいんだから♪」


そう、涼羽は弁当のみならず、料理含む家事全般すべてをこなしている。

それも、(涼羽自身は意識していないが)非常に高水準で、だ。


いつもそんな風に家事をしてくれる兄が大好きで。

そんな家事をしている姿が可愛い兄が大好きで。

いつもおいしいご飯を食べさせてくれる兄が大好きで。


本当に、母に甘える幼い娘のように、涼羽に甘えまくっている毎日を過ごしているのだ。


「羽月ちゃんのお兄ちゃんって、家のご飯も作ってくれるの?」

「それだけじゃなくて、お洗濯もお掃除もお裁縫もぜ~んぶしてくれるの♪」

「うわ、すご~い」

「で、それが終わってから、いっつも甘えさせてくれるの♪」

「…いいなあ…」

「…うらやましいよ…」

「だから、お兄ちゃんが大好きで大好きでたまらないの♪」


心底嬉しそうな表情で兄のことを語る羽月。

佐倉姉妹は、思ってしまう。




――――私達も、そんなお兄ちゃんが欲しい、と――――




羽月のいう『甘えさせる』が、『おっぱいを吸われる』というところはさすがに出てこないので知られることはないが。


それを知られた場合、羽月もそうだが、それ以上に涼羽が恥ずかしい思いをすることに間違いはないだろう。


「ねえ、羽月ちゃん」

「?なあに?」

「お願い!」

「そのお弁当のおかず、一つだけでいいからちょうだい!」


目の前のおいしそうな弁当を前にして、ついに我慢ができなくなったのか。

双子からのお願いが飛び出す。

羽月は、そんな二人に対して特に嫌な顔をすることもなく――――




「いいよ♪」




――――と、にこにこ笑顔であっさりと受け入れた。


「「ありがとう!羽月ちゃん!」」


同性をも惹きつける満面の笑顔で了承してくれた羽月。

そんな羽月に、二人も満面の笑顔でお礼を言う。


「じゃあ、この玉子焼き、一つもらうね」

「私は、このから揚げ」

「うん、いいよ~」


三人の間での微笑ましいやりとり。

柚宇の箸が、玉子焼きに。

柚依の箸が、から揚げに。


それぞれ、一つずつ頂くことに。


そして、もらったおかずを口にする二人。


「「!!」」


口にした途端、二人の表情が変わる。


「(わ~、ふんわりして程よく柔らかくて、おいし~)」

「(外はサクサクだけど、中はプリプリ!濃すぎないあっさりした味付けもいい!おいし~)」


これはすぐに終わらせるのはもったいない。

しっかりと味わわないと。


そんな思いが、二人にしっかりと咀嚼をさせることに。


普段はどちらかと言えば早く飲み込んでしまう方なこの二人が、こんな風にしっかりと噛んで味わうということが、涼羽の弁当がいかにおいしいものかを表している。


そして、その時間を終わらせることを惜しむかのように。

ゆっくりと、その咀嚼を終わらせる二人。


「おいしい!」

「おいしいよ!」

「えへへ、よかった♪」


普段からでは味わえない美味に、双子の表情は非常に満足げ。

そんな双子の表情と返しを見た葉月の表情も、満足げだ。


「羽月ちゃん、いっつもあのお兄ちゃんにこんなにおいしいの食べさせてもらってるんだ」

「いいなあ…あのお兄ちゃん、うちにもほしいよ~」

「ね~、いいでしょ?羽月ちゃん」

「え~、それはだめだよ」

「え~」

「なんで~?」

「お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんだもん」

「ずる~い!」

「おうぼ~う!」

「わたしだけのお兄ちゃんだから、だめ♪」

「独り占めなんて、ずる~い!」

「私達も、あんなお兄ちゃん欲しい~!」


涼羽お手製の弁当に、胃袋から掴まれてしまった感じのある双子。

そんな双子が、涼羽が欲しい、というのも、無理のないことかも知れない。


にこにこ笑顔で、絶対に自分だけのものだと断言する羽月に対し、横暴だずるいだと、独り占め厳禁を主張する佐倉姉妹の二人。


中学生女子達のそんなやりとりは、しばらく続くこととなった。

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