第8話 今週も終わった~♪_後編

「ほら…続きは帰ってから…な?」


自身の高校の周囲からよく『女の子みたいな顔』と言われ、何気に気にしているその男にしては可愛らしい顔に優しい微笑を浮かべたまま、優しく妹に帰宅を促す涼羽。


自分のことを抱きしめて離さない妹、羽月の頭をあやすようにポンポンとしながら。


「え~…もっとしてほしい~…」


そんな兄の言葉に、妹は未練たらたらの声。


その不満を、その丸みを帯びた幼い頬をぷっくりと膨らませることで形作る。


「だから、帰ってからって言ってるだろ?」

「ホント?お家に帰ったら、も~っといっぱいぎゅうってして、なでなでしてくれる?」

「はいはい…ご飯食べてからな」

「えへへ~♪やった~♪」


兄と妹、というよりは、母と幼い娘のようなほのぼのとしたやりとりの兄妹。

妹、羽月の甘えん坊っぷりに呆れ気味な様子の兄、涼羽ではあるが…


やはり甘えてくれるのが嬉しいのか、優しげな微笑を崩すことはなかった。


「えへへ~♪大好きなお兄ちゃんにい~っぱい甘えられる~♪」

「ちょ、ちょっと羽月…」

「なあに?お兄ちゃん?」

「腕組まれたら、歩きにくいんだけど…」


兄の体に巻きつけていた腕を離し、今度は兄の右腕を自らの腕で挟み込むように抱きしめる羽月。

さらには、兄の右手を自分の手でまるで恋人のようにつなぐ。


そんな羽月の行動に、さすがに動揺を隠せない兄、涼羽。


「お兄ちゃんは、私とこうするの、嫌?」


そんな兄の反応に、羽月は咲いていた花が萎れてしまうかのように曇った顔で上目使いに兄に訴えかける。


「え!?い、いや、そーゆー問題じゃなくて…」

「お兄ちゃん、私のこと嫌いなの?」

「だ、だからそうじゃなくて…」

「私、お兄ちゃんのこと大好きなのに…大好きで大好きでたまらないのに…」


ついには羽月のその大きな瞳から涙が溢れてくる。


大好きな兄に腕を組むのを嫌がられる…

それだけのことでも、この妹は我慢できないのだ。


ず~っとこの最愛の兄と一緒にいたくてたまらない羽月にとっては、兄にべったりできないことそのものが寂しくて悲しくてたまらないのだ。


「お、おい!!羽月ちゃん泣いてるじゃねーか!」

「何俺らの羽月ちゃん泣かせてんだよ!!」

「あんた、羽月ちゃんの兄貴なんだろ!!??」

「ちくしょー!!俺らの前でさんざん見せつけたあげく、羽月ちゃん泣かせやがって!!」

「ふざけんじゃねーよ!!羽月ちゃん邪険にしやがって!!」


自分達にとっては高嶺の花ともいうべき存在の羽月が、いくら兄とはいえ、自分ではない男にこれでもかというほどにべったりとして…

さらにはいちゃいちゃまでして…


それだけでも耐えがたい光景だったのに、さらにはその羽月がその男によって泣かされてるなんてこと…


もはや、男子生徒達は完全に涼羽の敵となってしまっていた。


「(え、ええ~…な、なんで俺がこんなに悪者扱いなわけ~!!??)」


その場にいた全ての男子生徒を敵に回してしまった涼羽の心境…

むしろ目いっぱい駄々こねられて、困ってるのはこっちなのに…


なんて思っているうちに…


「ちょっと!!お兄さん!!」

「!!え!?」


困り果てて、どうしようかと思考の渦に意識が呑み込まれている間に、女子生徒達がこの兄妹の周囲をズラリと囲んでしまっていた。


「(あ…やっぱり綺麗で可愛らしい顔してる。このお兄さん)どうして羽月ちゃん泣かせたりするんですか!!」

「(すご~い…お肌もすごく綺麗だし…うらやましい~)羽月ちゃん、こんなにもお兄さんのことが大好きなのに!!」

「い、いや、だからそれは…」

「(困ってる顔すっごく可愛い~。もっと困らせたくなっちゃう)腕組んであげるくらいいいじゃないですか!!」

「(男の子なのに、男っぽさがなくって…可愛い~)こ~んなに可愛い妹を泣かせるなんて!!」

「(ああ~…なんかすごくいじめたくなっちゃう~)それでも羽月ちゃんのお兄ちゃんなんですか!!??」


別に涼羽が泣かせたわけではなく、羽月が勝手に泣き出しただけなのだが…


羽月の泣き顔が許せない半分、涼羽が可愛くていじめたい半分…

そんな思考の女子生徒達が、涼羽に容赦ない糾弾の嵐。


「(へ~この人が羽月ちゃんのお兄ちゃん…なんか可愛い)ほら、羽月ちゃんに謝ってください!!」

「(いいな~羽月ちゃん…私もこんなお兄ちゃんが欲しい~)こんなに可愛い羽月ちゃん泣かせるなんて、許せません!!」


さらには柚宇、柚依の姉妹も絡んでくることに。


「(あ、あうう~…なんで俺、こんなに叩かれてるの~?)」


正直泣きたいのはこっちなのに…


まさにそういった心境がぴったりの今の涼羽。


しかし、そんな顔をすればするほど、周囲の女子達を喜ばせることになってしまうこと…

そんなことに涼羽が気づく術などなく…


「(ああ~!!男の子なのにこんなに可愛いなんて!!)」

「(やだ…どうしよう…もっといじめたくなっちゃう…)」

「(女の子みたいな可愛い顔が心底困ってる…クセになりそう…)」

「(どうしよう…わたし…Sに目覚めちゃいそう…)」

「(このお兄ちゃん…正直可愛すぎて…抱きしめたくなっちゃう…)」

「(私にこんなお兄ちゃんがいたら…)」

「(目いっぱい甘えて困らせていじめたくなっちゃうよ~…)」


その女の子っぽい顔と容姿にいじめたくなるオーラと困らせたくなるオーラ…

実際に困らせた時の異様なほどの可愛らしさ…


妹の学校に、着実に涼羽のファンが増えていっている状態だ。


と、周囲の女子達がそんなことになっている時――――




「!!??」




――――涼羽の腕に突如、ぐいっと引っ張られる感覚が…


「お兄ちゃん…」

「!!は、羽月!?」


慌てて引っ張られた方向を見てみると、泣きながらも恨めしそうな顔をした羽月が、じっと上目遣いで兄の顔を見つめていた。


そして、先ほどまでと同じようにまた兄である涼羽の体にぎゅうっと自分の両腕を巻きつけ…


その華奢な胸に顔を埋めて、べったりと抱きついていた。


「は、羽月?」


突然抱きついてきた妹の心意が全く分からず…

何がなんだか分からない、という意思表示を妹の名前となる言葉に乗せ、音として吐き出す涼羽。


「だめなの…」

「え?」

「だから、だめなの」

「え?な、何が?」

「お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんなの」

「は、羽月?いきなり何を…」


鉄の鎖で逃げられないように拘束するかのように抱きしめてきたと思えば…

今度は、兄は自分だけのものだ、と…


まるで、呪いで兄を縛るかのようにその言葉をその可憐な口で紡ぐ。


「お兄ちゃんがいけないんだよ?」

「は、羽月…さっきから一体何を…」

「お兄ちゃんが、そんな可愛い顔してわたしの友達やクラスメイト達を誘うから…」

「だ、だから何のことだって…」


妹、羽月が音として紡ぎだす言葉の意味が全く分からない涼羽。

一方、そんなやりとりを目の当たりにしている女子達は…


「(うわ~…羽月ちゃん、本当にお兄ちゃんのことが好きで好きでたまらないんだ~…)」

「(羽月ちゃん、私達がお兄ちゃんのことすっごくお気に入りになってるのに気づいて…)」

「(お兄ちゃんを独り占めしたがる羽月ちゃんも可愛い~)」

「(でも、そんな羽月ちゃんの想いに気づかなくてひたすら困ってるお兄ちゃんも可愛い~)」

「(なんなのよ、この兄妹!!可愛すぎて可愛すぎてたまらないよ~)」

「(羽月ちゃんが最近ずっと笑顔な理由も分かっちゃった…)」

「(こんなに可愛くてお母さんみたいなお兄ちゃんがお家であんな風に甘えさせてくれるからなんだ…)」


ひたすらに兄を独占しようとする妹。

そんな妹の心意に気づかず、ただおろおろしている兄。


そんな可愛らしい二人の微笑ましいやりとりに、すっかり目を奪われ…

さらには心まで奪われつつある状態だ。


「お兄ちゃんは、わたしだけのものなんだから…」

「一体どうしたんだ?羽月?…さっきからおかしいぞ?…」

「お兄ちゃん、早くお家に帰ろ!!」

「う…わっ!!ちょ、羽月!?」

「早くお家に帰って、お兄ちゃんと二人っきりになるの!!」

「お、おい!?羽月!?」


大好きで大好きでたまらない兄、涼羽が、誰かに奪られてしまうかもしれない。


そんな焦燥感に襲われた羽月は、兄の腕をぎゅうっと抱きしめ…

そのまま引っ張りながらその場を離れようと足を動かし始めた。


妹に無理やり腕を引かれる兄、涼羽はわけも分からず、ただ羽月に引っ張られるまま、家路に着くことに。


「…いっちゃった…」

「…羽月ちゃん、お兄ちゃん大好きなんだ…」

「…あんなに可愛くて、お母さんみたいなお兄ちゃんだったら…」

「…私でもそうなっちゃうかな…」

「…兄妹揃って、ほんとに可愛かったあ~…」

「…また、会えるかな…」

「…あの、お兄ちゃんに…」


残された女子達は、ただただ、兄妹が去っていった後を見つめるばかりだった。

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