第7話 今週も終わった~♪_前編

「あ~今週も終わった…えへへ♪」


週末の金曜、休日前の授業も全て終わり、うきうきとした気分を表す表情で下校する生徒達に溢れた校庭。

その中のひとりとして、羽月も最愛の兄のいる自宅を目指してその方向に足を動かしていく。


自分にとって大好きで大好きでたまらない実の兄、涼羽に思う存分甘えられる…。

そう思っただけで自然と愛らしい笑顔が花が咲き開かんかのように綻んでしまう。


「羽月ちゃんって、最近いつもニコニコしてるね~」

「何か、いいことでもあったの?」


そんなご機嫌な羽月と共に下校する二人の少女。


少し赤みのある茶系色のショートヘア、くりっとした丸い瞳、ツンとした小さく可愛らしい鼻、ぷりっとした綺麗な唇。

小柄ではあるが羽月よりはいくらか背は高く(というより羽月が年齢の割にかなり小さいのだが)、スラッとしたスタイル。

控えめだが確かに存在感のある胸、ほっそりとした感じだが形のいい脚といい、スレンダーという言葉が似合うスタイルだ。


どちらかというと胸も大きめで肉付きのいい方になる羽月とは対照的になる。


そしてこの二人、瓜二つと言ってもいいほどそっくりな容姿をしており、初見ではどちらがどちらか分からないほどだ。


違いとしては、髪の分け目を左にしてるか右にしてるか、たったそれだけの違い。

その髪の分け目を右にしてるのが、この一卵性双子の姉で、佐倉 柚宇(さくら ゆう)。

髪の分け目を左にしているのが、双子の片割れとなる妹で、佐倉 柚依(さくら ゆい)。

羽月とその人気を二分する、校内のアイドル的存在な美少女姉妹であり、同時に羽月にとって一番仲のいい親友でもある。


「え~、そうかな~…えへへ♪」

「そうだよ~。ここ最近ずっとだよ?」

「羽月ちゃん、見てるこっちがほんわかしちゃうくらい幸せそうな顔しちゃってるもん」


そう、羽月が兄、涼羽に『おっぱいを吸わせて』とおねだりし、それを受け入れてもらってからだ。


今までもかなりのお兄ちゃん子で、ぶっきらぼうで素っ気無いが結局は優しい兄が好きだった。

それが、接した記憶もない母親の代わりとして涼羽が甘えさせてくれるようになり、もうそれからはべったりの状態だ。


以降、常に自宅での兄との触れ合い、兄に甘えることを想う度に頬が緩み、その可愛らしい顔にそれはもう幸せそうな笑顔が見られるようになったのだ。


これまでは大人しく控えめで、笑顔といっても少し微笑むくらいのものだったのだが、そんなとびっきりの笑顔が出てくるようになってから、ますます羽月のファンが増えていっている状態である。


「別に普通だよ~」

「もう~こんなに可愛い笑顔振りまいて何言ってるの~、羽月ちゃ~ん」

「女のあたしでも抱きしめたくなっちゃうくらい可愛い笑顔振りまいてホントに~」


柚宇と柚依の双子もそんな羽月のことが可愛くて可愛くてたまらないのか、ついついちょっかいをかけたくなる。


しかし、そんな親友とのスキンシップも楽しいのか、笑顔を絶やさない羽月。

そして、そんなやり取りの最中だった。


「!!あ!!」


そのくりっとした大きな瞳が何かを映したのは。

そして、それが見えた途端に羽月はその小柄な体を目一杯に動かして走っていく。


「「あ!!羽月ちゃん!?」」


唐突に飛び出すように走り去られ、思わずその後を追いかけてしまう柚宇と柚依。

そして、その目標の先に、ある一人の少年が見える。


「お兄ちゃん!!」


その少年に、羽月が呼びかける。

目一杯の笑顔をその美少女顔に貼り付けて。


「ん?…あ、羽月…」


そしてその少年、涼羽も妹の存在に気づき、視線をそちらに向ける。

が――――


「お兄ちゃ~ん!!」


――――その妹は、校門の前であるにも関わらず、兄である涼羽の華奢な体に抱きついた。


「…って、うおおおおおおおっ!!??」


小柄だが女性として成長している羽月の体が、兄である涼羽の体に包まれる。

弾丸のような勢いで唐突に飛び込んできた妹の体をかろうじて受け止め、踏ん張る。


「えへへ~♪お兄ちゃ~ん♪」

「あ~…危なかった…って!!羽月、どうしたのいきなり」

「お兄ちゃん見つけたからつい♪」

「…はあ~…危ないからもうこんなことするなよな…びっくりしたんだから…」


自身の胸の中でべったりと抱きついて無邪気に甘えてくる妹に温厚に文句を言う涼羽。

しかし、そんな言葉など耳に入らない様子でひたすら兄にべったりと抱きついて甘える羽月。


「ねえ、お兄ちゃんも私のことぎゅってして~♪なでなでして~♪」

「ん?ああ…っておい、人の話を…」

「お願い♪お兄ちゃん♪」

「はいはい…仕方ないな…じゃなくて!!ほら!!みんな見てるから!!」


うっかり流されそうになるのをどうにか踏みとどまる。

しかも、校門の前では校内のアイドル的存在とも言える羽月が、見知らぬ男に心底幸せそうな顔で抱きついているのだ。

下校時刻でその場を目撃してしまう生徒の数も当然のことながら非常に多く…


「お…おい、なんだよあれ」

「羽月ちゃん、あんな幸せそうな顔で…」

「てか、『お兄ちゃん』って呼んでたよな?」

「え?じゃあ羽月ちゃん、兄貴がいたんだ」


とまあ、帰宅するのも忘れて足を止め、ついつい見てしまっている。


「は、羽月ちゃん可愛い~♪あんな幸せそうな顔して~」

「しかも羽月ちゃん、『お兄ちゃん』って呼んでたよね?ってことはあの人が羽月ちゃんのお兄ちゃんなんだ」

「へえ~、羽月ちゃんと比べると地味な感じだけど…でも綺麗な顔してない?」

「男の子にしては小柄で華奢だし…なんか女の子っぽくて綺麗…というよりは可愛い感じよね」

「あの人、ちゃんとしたらものすごく映えそう…ダイヤの原石って感じよね!!」


女子の方は可愛らしく兄に甘える羽月を至福の表情で見つめると同時に、涼羽のことを品定めするような目で見ている。

そんな視線に涼羽は…


「(な、なんかやけに見られてないか?羽月もそうなんだけど、俺…やけに見られてるような…)」


もともと注目を浴びるのが嫌いな涼羽にとってこの場は非常に好ましくない状況。

この好奇の視線から逃れるべく、さっさとここから退散したいところなのだが…


「む~、や~。お兄ちゃんがぎゅ~ってしてくれないとや~」


…さっきからずっとべったりと抱きついている妹がそれをさせてくれない。

それどころか、甘えさせてくれないことにそのぷにぷにとした頬を膨れさせての抗議。


「あ、あのな?そーゆーのは家に帰ってから…」

「や~。今ここでぎゅ~ってしてくれなきゃや~。なでなでしてくれなきゃや~」

「こ、ここじゃ恥ずかしいって…」

「だめ~。お兄ちゃんがしてくれるまで離さない~」


羽月はもうひたすら甘えん坊の駄々っ子状態になってしまっている。

その両の腕でひたすら兄の体を抱きしめ、胸に頬擦りまでする始末。

涼羽自身、こんな衆人監視の中ではしたくないのだが、何を言っても聞いてくれない駄々っ子モードの妹にはそれは通用しない。


家でしかできないやり取りを不特定多数の人間に見られていることも手伝ってか、涼羽の顔に羞恥という名の朱色が浮かんでいる。


「羽月ちゃん、マジ可愛いな~。俺(僕)だったらすぐにでもしてあげるのに…」

「羽月ちゃん可愛い~♪それに、べったりされて困ってるお兄ちゃんも可愛い~♪いいなあ~♪」


まさに眼福とも言える光景に、周囲がざわめく。

羽月のこれでもかというほどの甘えっぷりに心を奪われた男子は多く…。

また、女子の方は羽月のみならず、兄である涼羽の困り果て、恥じらいに頬を染める様子もストライクのようだ。


「(うう~…早くここから逃げたいのに…)」


自分にとっては決して表ではしたくないやりとりを公の場で見せてしまっている羞恥と、わがままいっぱいにおねだりしてくる妹に困らされ、本当にどうにかして欲しい状態の涼羽。


「お兄ちゃん~。早く~。早くして~」


そんな兄の心などお構いなしにひたすら甘えてくる妹、羽月。

そんな羽月に涼羽もとうとう…


「ああ~、もう…分かった、分かったから…」

「!やったあ!お兄ちゃん大好き~♪」

「はいはい、分かったから」

「えへへ~♪お兄ちゃんお兄ちゃん~♪」


もうどうしようもないと感じたのだろう。

仕方なしに妹のおねだりを聞いてあげることに。

ようやく自分のおねだりを聞いてくれた兄に、妹は飛び上がらんばかりの喜びを表情としてその顔に貼り付ける。


「全く…中学生にもなってこんなんじゃ、羽月のことが心配になってくるな…」


と、ぶっきらぼうに皮肉を言いながらも、まずその細い右腕で妹の体をそっと包み込む。

そして…


「ホントに子供なんだから…羽月は…」


ぶつくさと文句を言いながらも、残った左手で優しく羽月の頭をなでてあげる。


「えへへ~♪お兄ちゃんに甘えられなくなっちゃうなら、私大人になれなくてもいいもん~♪」

「だめです。お願いだから大人になってください」

「お兄ちゃんがいつでもこうしてくれるなら、私大人になるよ?」

「…ったく、甘えん坊なんだから…」


口調こそぶっきらぼうで素っ気無いが、妹を包み込んで優しくなでてあげる涼羽の顔は…


「う、うわ~…な、なんだろう…すっごく綺麗な笑顔…」

「口調は素っ気無いのに…すっごく優しい表情…綺麗…」

「なんだろう…なんか、お母さんみたい…」

「うわ~…私もあんなお兄ちゃんに甘やかして欲しい…」

「男の子なのに…あんな女神様みたいな顔…なんか…ステキ…」


女神のごとき慈愛に満ちた表情を妹に向け、優しく妹を可愛がるその姿。

そんな涼羽を見て、その場にいる女子生徒達は目を、そして心をも奪われている。


周囲の目が、一組の兄妹に釘付けになっている状態のまま、動けずにいた。

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