第5話 おいしいものを作ってあげたいな…

抜けるような青空も若干暗くなりつつある午後過ぎ。

部活をしている生徒はまだ校舎の中で運動や製作などに時間を費やしている頃。


屋根の上をびっちりと覆う瓦。

造られてからの時間の経過を表すかのような汚れや染み。

木製のこれといった装飾もない扉。


そんな昔ながらの純和風な一軒家。

その中にある、キッチン…というよりは台所といった方がいい所。

そこに響く、軽やかな鼻歌。


「♪~~」


この高宮家の長男、高宮 涼羽が、この日の夕食の準備をしている最中だった。


この自宅には自分と妹の二人だけ。

妹には学校を楽しんで欲しい。


そんな想いもあり、この家の家事は涼羽が全て行うようになっている。


そのため、小学校、中学校、そして今――――

部活にも入らず…

友人らしい友人もおらず…


たった一人の妹のために、学生らしい楽しみを持つこともせず・・・

学校が終わるとすぐに自宅に帰り、こうして家事に勤しむ涼羽。


だが、これまでは義務という名目により行っていたため、決して楽しむものではなかった。

それが、こうして鼻歌まじりに行うようになっている。




――――羽月のために、おいしいものを作ってあげなくちゃ――――




そんな風に、自分の作った料理を食べてくれる人のためを想って作るようになり…

それを、心底楽しく思えるようになっている今の涼羽。


学校の制服である、紺色のブレザー、白のブラウス、少し暗めの灰色のスラックスから、部屋着としているゆったりとした白の無地のトレーナーに、紺に近い青色のジーンズに着替えている。

その上に、普段からの愛用の黒の無地のエプロンを着け――――


軽やかな鼻歌交じりに料理に勤しむ涼羽。


その姿は、どこか初々しい新妻を思わせる雰囲気があり、それでいて、子を想って料理する母親の雰囲気もどこかしら感じさせるものだった。


涼羽がそんな風に料理をしている中、扉の開く音が聞こえる。

この家の、もう一人の住人であり、涼羽のことが心底大好きな少女。


「ただいまー!!」


これまでの控えめな感じが嘘のような活発な声。

その声のイメージに合うような、バタバタと慌しい足音。


その足音が、涼羽のいる台所に近づき…

すぐに、その台所に姿を現した。


「お兄ちゃん、ただいま!!」


小学生並みの小柄な体を、白のブラウス、赤のリボンタイ、少し暗めの緑のブレザー、赤のチェックのプリーツスカート、紺色のハイソックスに身を包んだ羽月が、心底無邪気で嬉しそうな笑顔を惜しげもなく振りまいて、涼羽のところに近づいていく。


「おかえり、羽月」


涼羽も、そんな羽月に慈愛に満ちた優しい笑顔を向け、妹を迎える。

そして、すぐに料理の方に意識を向ける。


羽月の方に向けられた涼羽の後姿。


ゆったりとした服装ゆえに分かりづらいところもあるが、腰に締められたエプロンの紐が形作るウエスト。

それが、涼羽の腰の細さを浮き上がらせている。


腰だけではなく、肩幅も狭く、撫で肩。

女子にしては小さめの、男子にしては大きめの丸みを帯びたお尻。

全体的に華奢で、それでいて丸みのある後姿。

少し伸びてきたのか、首の付け根あたりまでを覆う真っ直ぐな黒髪。


そんな儚げな後姿を見せながら料理を続ける涼羽。

羽月は、そんな涼羽の背後から、遠慮するそぶりも見せずに近づき――――




――――背後から、その華奢な体に両腕を回してぎゅうっと抱きついた――――




「!?は、羽月?」


料理をしている最中ということもあり、流石に驚く涼羽。

首だけを後ろに向け、背中に抱きつく羽月に視線を向ける。


「えへへ~♪お兄ちゃん、お兄ちゃん♪」

「羽月…料理してる最中だから、危ないって」

「だって、お兄ちゃんにぎゅってしたかったんだもん♪」

「…全く、しょうがないな…羽月は」


口調は非難を向けるような口調ではあったが…

そんな口調とは裏腹に、優しげでどことなく嬉しそうな表情の涼羽。


羽月は羽月で、大好きな兄にべったりと抱きつくことができているからか、心底嬉しそうな表情をその幼げな美少女顔に浮かべている。


「お願い♪お兄ちゃん♪お兄ちゃんも、わたしのことぎゅうってして♪なでなでして♪」


そして、そんな甘えん坊なおねだり。

今の羽月は、とにかく涼羽のことが大好きで…

とにかく涼羽に甘えたくて甘えたくて仕方がないのだ。


「だめ。今晩御飯作ってる最中だから」

「え~…ぎゅうってしてほしい~…」

「もうすぐ晩御飯の準備も終わるから、それが終わってから…な?」

「!ほんと?い~っぱいぎゅうってして、なでなでしてくれる?」

「はいはい…後でい~っぱいしてあげるから」

「やった~♪」


小さい子に言い聞かせるかのような口調の涼羽。

そんな涼羽にべったりと甘える羽月。


兄と妹、というよりは、母と幼い娘、のような雰囲気だ。


「ほら、あとでしてあげるから、今は離れて…」

「や♪」

「え?」

「お兄ちゃんのお料理が終わるまで、このままぎゅうってさせて♪」

「いや、だから危ないって…」

「お願い♪お兄ちゃん♪」


天真爛漫な笑顔で可愛らしくおねだりしてくる羽月。

兄である涼羽の華奢な体にべったりと抱きついて背中に顔を埋めるその仕草は、思わず誰もが言うことを聞いてあげてしまうであろう、庇護欲をそそる可愛らしさに満ち溢れていた。


涼羽も、そんな妹に抗うことなどできるわけもなく…


「…危ないから、そのままじっとしてるように」


それだけを言って、視線を目の前の料理に向ける涼羽。

その幼げで少女といってもいい可愛らしい顔には、笑顔が浮かんでいる。


「えへへ♪ありがとう、お兄ちゃん」


心底嬉しそうな表情を浮かべ、べったりと涼羽の背中に抱きつく羽月。

そんな妹に背中に抱きつかれたまま、料理を続ける涼羽。


「(なんかこれって、赤ちゃんを背中におんぶしながら料理するお母さんみたいだな…)」


今の涼羽と羽月の姿は、まさに涼羽が思った通りのものとなっている。

母と子、ではなく兄と妹で。

おんぶするのではなく、妹に背中に抱きつかれているだけで。

その違いはあれど…


まさにそういった雰囲気を出している今の二人。


そんな風にべったりと甘えて懐いてくれる羽月が可愛くて、ついつい甘やかしてしまう今の涼羽。

そんな風に甘えられることが嬉しくて、もっと喜ばせたくなってしまう今の涼羽。


料理を終えた後も、今度は前に回って正面から抱きついてきた羽月を優しく抱きしめ…

自身の胸に埋めてぎゅうっとしてくる妹の頭を優しく撫でてあげる涼羽だった。

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