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績は高校を無事卒業して、有名な音大に入学した。昔からの夢だった音楽の道へ着々と進んでいる。まだ、幼かったあの頃には考えられない夢の世界だった。
績はピアノ科に入り、毎日充実した大学生活を送っていた。学内はいつも音楽で溢れていて、すべてがバラ色のようにキラキラと輝いていた。
「績!」
績はノートを抱えて歩いていたら、後ろから声をかけられた。
「え?」
「おいおい、まさか覚えてない?」
「えっと・・・・・・ごめん」
「はぁー、まぁいいや。俺は
「伴瀬くん?」
「名前でいいよ! 績はピアノ科だったよな。俺はバイオリン弾いてるんだ」
「うん・・・・・・」
「あれ? まだ思い出さないの?」
「ごめん」
「まぁ仕方ないか。入学式の時、俺が鍵を落としたのを拾ってくれたんだよ。あれ無くしてたらマジで困ってたからすげー助かったんだよな」
「そういえば・・・・・・」
「思い出した?」
「んー・・・・・・入学式の時は緊張しててあまり覚えてないんだよね」
「んだよー!・・・・・・まぁそんな些細な事覚えてねーか! てか次、語学だよな?」
「うん」
「俺、外国語苦手なんだよなー。一緒に授業受けようぜ」
尊はニコリと八重歯を見せて微笑んだ。
尊とはこの頃からよく話すようになり仲良くなっていった。気も合うし、なにより尊の気持ちいいくらいの明るい性格に自分のどこか暗い性格を明るく照らしてくれるような気がした。
「績?」
「なに?」
「お前のピアノってどこか悲し気だよな」
「そう?」
「ああ、なんていうか・・・・・・なにか心に小さな穴みたいなのが開いててそれを塞ごうと必死にもがいてる感じ」
「な、なんだよそれ!」
績はその言葉に少し胸が締め付けられた。なんども忘れようとしていたことを尊はどこか見透かしているような気がした。
「なにか抱えてるもんがあるなら俺に言ってみろよ。力になれるかもしれないだろ」
「いや・・・・・・別に大丈夫だよ。大したことじゃない」
嘘をついた。友達に強がってしまった。でも、素直に自分の気持ちをオープンに見せるのが怖かったのだ。
「じゃぁ、僕これから自主練するから」
「おう、わかった。じゃぁまた明日な」
績は校舎の窓越しから十五時過ぎの大きな芝生のある大学の中庭を見た。生徒がそこにちらほら見え、少し黄色味がかった太陽の光に照らされたその景色になぜか気持ちがいっぱいになった。
そんな時だった、ピアノが置かれている教室から曲が聞こえてきた。しかも、どこかで聞いた曲だった。とても、懐かしく。それでいて悲しく、苦しくなる。そんな思いが蘇ってきた。そう、《ノクターン第17番ロ長調Op.62-1》だ。
績は教室のドアを開けると、カーテンが太陽の黄色い光になびいていた。ピアノを弾いていたのは、女の子だった。女の子は績が入ってきたのに気づくと、すぐ演奏をやめてしまい。ちょっと気まずそうに下を向いてしまった。績はその何とも言えない空気が流れる教室に後ずさりしそうになったが、勇気をふり絞って声をかけてみた。
「あの、その曲」
「え」
女の子は績の方に顔を向けた。
「その曲、好きなの?」
「好き?・・・・・・わからない」
「わからない?」
「私もこの曲をどこで覚えたのかわからないの。だから、好きなのかもわからない」
その子は意味深なことを言った。覚えていないと。
「ごめんなさい。初対面なのになんか変なこと言っちゃいましたね」
「・・・・・・」
績は考えた。自分がこの曲に出会ったのは、空縫の小屋にいくつもあった楽譜の中の一つで。その中で一番使い古されたものだった。僕はそれに目を惹かれて、どうしても気になり、弾こうと思った。そして、その楽譜を最初に使っていたのは空縫の妹さん。空縫がずっと探していた妹。もしかしたら今でも探しているのかもしれない。績はなにか強い勘のようなものが脳裏に走った。確信はなかった、でも、そんな感じがしたのだ。
ENISHI 月冴ゆる @Ritsuka
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