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績は高校の通りにある坂道を上ると、今日で最後となる門をくぐって桜に包まれなるように中へ入っていった。
上履きに履き替え、とりあえず自分のクラスへ向かった。卒業生は皆、少し緊張しているようで、いつもより表情がキリッと見えた。
績が通った、この高校はLASでは一二を争う名門私立高校で、中学生の子達は皆、ここを目標にひたすら勉学に勤しみ受験に向けて頑張っているくらいだった。
チャイムがなり卒業式が始まった。式は長く続いた。開式の辞、卒業証書授与、式辞など式は順調に進んでいった。そして、式歌になり、総勢、千人を前にして卒業歌を歌った。績は伴奏者だった。LASに来てから績はずっとピアノを習うことができた。そして、才能を発揮したのだ。績は鍵盤をじっと見つめ、綺麗に磨かれた白と黒の鍵盤は一つ一つ輝きを放っていた。小さく息を吐くと、指揮者と合図を交わし前奏が始まった。績は曲を弾きながら思い出していた。
績が峡の屋敷に来て二週間くらい経ったころだった。来週から私立中学へ通うことになっている績は、少し落ち着かない様子だった。その私立中学は高額でとても普通の家庭では入学することができない場所だった。
一週間前の話。
「績、急なんだが学校はどうする? 勉強がしたいというなら、すぐにでも用意するが」
「学校・・・・・・?!」
績は考えもしなかった提案に驚いた。VENNYにいたころは自分が学校に通って勉強をするなど、想像もできなかった。お金を稼ぎ、自家栽培など頭を使って毎日を切り盛りし、その日をどうやって生きるか、それしかなかったのだ。
「どうだ?」
峡は優しく績にどうするか尋ねる。
「勉強はしたい・・・・・・」
重い口を小さくあけた。
「そうか! じゃぁお前が通う学校だ。お父さんがしっかり選んでやる」
績は峡の顔を見た。峡はこっちにニコリと返す。しかし、績は下を向く。頭の中で迫りくる罪悪感と戦っていた。績は突然、涙を貯めた。
「績? どうした? なぜ泣くんだ。お父さん悪いことしたか?」
「違うんです・・・・・・どうしていいかわからなくて」
「ん? ちゃんと言ってくれないとわからない。お父さん聞くから」
「胸が苦しいんです。なぜ僕なのかって・・・・・・」
「なぜ?」
「だって、VENNYに住んでる子供達はみんなきっと学校へ通って勉強したいって思ってる。なのに、僕はみんなが叶えられない夢を叶えさせてもらうんです。でも、そんなの間違ってるんじゃないかって・・・・・・」
「績・・・・・・」
峡は涙を流す績の手を両手で優しく握った。
「なにも間違っていない。そんなことで自分を責めたりするな。今まで大変な思いをしてきて、急に環境が変わって混乱してるんだ。でもな、LASに住んでる子供達はみんな学校へ通ってる、ごくあたり前のことなんだ。だから、お前が思う罪悪感なんて持たなくていいんだ」
績は鼻をすすりながら、手で涙をぬぐった。
――あたり前なこと―――
少しその言葉に引っ掛かりを覚えた。LASに住んでいることで、いろんなことがあたり前だと勘違いしている。そんなことないのに。あたり前だと思っていたことが、突然そうじゃなくなることだってあるんだ。だから、そんな風に言うべきじゃない。
績は来週から学校へ通う。小さい肩からは緊張が伝わる。
次の日の夕方ごろ。績はぼーっと自分の部屋のベッドで横になっていた。小腹がすき、キッチンへ向かうと、冷蔵庫から何かを取り出した。アイスキャンディーだ。VENNYに住んでいたころは考えられない話だ。
アイスキャンディーを食べながら、ダイニングから廊下へ出ると、まだ行ったことがない左側の廊下へ足を運んだ。突き当りを右に行くと、一番奥にドアがあった。興味本位でそのドアを開けてみる。すると、夕日が績を照らした。そして、その前には赤く照らされた、大きなグランドピアノが置かれていた。
績はアイスキャンディーを口から離すと、目を丸くした。
その部屋には大きな窓が2つあり、白いシルクのレースが掛けられ、高級感たっぷりの緑のカーテンが左右に縛られていた。壁をみると、すごく厚い作りになっている。部屋自体はそんなに広くなく、ピアノと、ギターなどいくつか楽器が置かれていた。
「績様、どうなされました」
績は後ろから突然声を掛けられ、ヒヤッと肩を上げた。その拍子にアイスキャンデーを床に落としてしまった。後ろを振り向くといつもの使用人だった。
「おやおや、あとでメイドに拭かせますのでご安心ください」
「えと・・・・・・ごめんない!」
績は慌てて謝った。
「お気になさらず。しかし、績様、なぜこんな場所に?」
「あ、それは・・・・・・ちょっと屋敷の中を歩いてたら、気になるドアがあって。だから・・・・・・」
「勝手に、入ったと」
「勝手って!」
績は少しその意地悪な言い方にムッと見せた。
「いやいや、申し訳ありません。ここは績様のお屋敷でございます。どこに行かれても問題ございません」
使用人は少し意地悪そうに笑った。績はそれをみて、少しため息を付いた。
「ここは、峡様の趣味の部屋でございます。防音になっており、いつ弾かれても大丈夫なようになっております。績様は、もしかして音楽に興味があるのですか?」
核心を突かれた。
「ぼ、僕は。えと・・・・・・」
使用人は少し首をかしげる。
「ピ、ピアノを・・・・・・」
「ピアノ?」
「うん・・・・・・」
使用人は小さく両掌を合わせ音を鳴らした。
「ピアノをお弾きになりたいんですね?」
「うん・・・・・・」
績は照れ臭そうにあごを下げた。
それを見た使用人はいつものようにニコリと微笑んだ。
「さすが、峡様のお坊ちゃんですね。そしたら、どうでしょう」
「ん?」
「峡様にご相談になられたらどうでしょうか」
「相談?」
「はい! ピアノが習いたいのであれば、一流のピアノ教師を付けさせてもらってここで勉強されたらいい」
「え!? そ、そんなことできるの!?」
「はい! なにせ峡様ですよ? そんなこと朝飯前でございますよ」
また、ニコリと使用人は笑った。
績は初めて、その厭味ったらしい顔を見ても嫌気がしなかった。そして、績は目を光らせ、目の前にあるグランドピアノを見つめた。
――パチパチパチ―――
千人の盛大な拍手とともに式歌が終わった。績はゆっくりと鍵盤から指を離し、深くお辞儀をした。今朝より気温が上がり、身体が暖かく感じた。体育館の窓からは雲一つない晴天だった。
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