5

 光が検査室に運ばれてからもう1時間は過ぎた。病院の待合室に1つ窓がある。そこから外を見ると、また雨が降っているのが見えた。強めの雨だった。風も出てきたのか病院の敷地に植えられている木の葉が粗々しく揺れていた。沙那が一つ小さくため息を漏らすと、検査室から先生と看護師達が出てきた。皆はそっちに顔を向け立ち上がり駆け寄った。


「先生、それで光は・・・」


 空縫は真剣な目で先生の顔を見た。眉にピリっと力が入った。


 すると先生は空縫の視線を少し逸らすと、言いづらそうにゆっくり説明を初めた。

その間がとても重々しく結果を聞くのが苦痛で怖かった。


「光君の身体はもう限界を向かえています。身体中のあちこちで細胞が破壊されていて、もう臓器の3分の2が侵されています。しかし、検査結果からみてもどこから異常が発症しているのかこの短時間で突き止めることが・・・・・・この進行の速さだともう明日が山場かもしれません」

「それって、原因不明ってことですか!?」


 績は少し声を荒らげて先生に問いかけた。


「はい・・・・・・」

「そんな・・・・・・どうにかならないですか!?」


 績は続けて先生を責めるように声を大きくする。それを見た空縫は抑えるように績の肩に手を置いた。沙那を見ると口に置いている手が震え瞳も揺れていた。当然だろう。現実を受け止められないでいるのだ。今にも崩れそうな身体をお爺さんは支えるように抱えていた。


「理由はわかってます」


 空縫は突然確信をついたように一言そう言った。皆は驚くように空縫に注目した。


「わかってるというのは?」


 先生は問う。


「きっと俺達は最初からこうなる運命だった」

「最初・・・・・・?」


 績は不安そうに眉を寄せ空縫を見る。


「ああ・・・・・・エニシにされたときからもう俺達はこうなるように身体を変えられたんだ」

「ま、まさか!?」


 績は信じられなそうに頭を振った。


「何がきっかけで発症するのかはわからないが、そのスイッチが入った瞬間、身体の細胞が破壊を始めるんだと思う」


「そんな・・・・・・でも、まだそうと決まったわけじゃ」

「ああ、でも、それ意外考えられない」

「だけどそれじゃ、僕たちはいつ身体が侵されるのかもわからないまま生きていかなきゃいけないのか!? そんなの耐えられない・・・・・・」


 績は頭を抱えるように額に手のひらを当てた。


「この鍵を握っているのはこの忌まわしい世界を作って政府だ」


 空縫の拳に力が入る。


「俺は突き止める」

「え・・・・・・」


 績は空縫を見る。


「こんな世界俺がかえてやる」

「空縫・・・・・・」


 突然、沙那が弱々しい足取りで先生に近寄った。涙で目の周りが赤く腫れていた。


「先生、光に合わせてもらえますか?」

「はい、ではこちらへ・・・・・・」


 先生は皆を誘導するように手を歩く先へ出し、前を歩きだした。


 光はビニールシートの囲まれた中で色んな機械に繋がれていた。沙那はビニールシートに手を置くと、光の方を見つめた。


「あの、中へ入ってもいいですか?」

「どうぞ」


 先生の承諾を得ると沙那はスッと中へ入っていった。


 沙那はベットの横にあった椅子にゆっくり座ると、光の頭に優しく手を置いた。心電図の音が一定に耳の中で響く。


「ごめんなさい・・・・・・もし私がこんな馬鹿なことをしなければ、あなたはエニシに選ばれなかったかもしれない。きっと今も元気でいたかもしれない。それにあなたは優しかった。私が思っているような人じゃなかった・・・・・・。もし、やり直せるならこんな形で出会うんじゃなくて、私は・・・・・・あなたに・・・・・・」


 沙那はその先を言わなかった。胸に秘めた思いはきっと光には届いただろう。そのまま光の胸に頭を置き目を瞑った。そんな姿をお爺さんは見ると後ろを向き頭を落とし涙を流した。その後ろ姿からは必死に泣き声を押し殺しているように見えた。


 光の病状はそのまま回復することなく原因不明のまま手の施しようがなかった。そして次の日、光と沙那はこの世から消えていった。最後は光はベットの上で沙那はそれに寄り添うように亡くなっていた。


 外に出ると苛立つくらいの雲ひとつない青空が広がっていた。こんな日でもLASでは何もなかったようにいつもの日常が回り出す。VENNYへ帰る車の中でエニシになった2人はそんな人の群れを見ていた。


「空縫・・・・・・僕はこんな世界が嫌いだ。でも、僕たちはまだ世の中から見たら子供で、何の権力も力もない。このまま何も出来ないのかな・・・・・・」

「出来るさ、いつかきっと俺はこの世界を変えてやる・・・・・・」


 空縫の眼差しには強い決意が見えた。

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