4

 空縫と績は光を抱えて急いで沙那とお爺さんがいる家へ向かった。ただ一つ、雨が止んでいることが救いだった。こんな状態の光を濡らすわけにはいかないからだ。体調が悪化するに違いない。2人はそう思った。空を見ると雨雲は南の方向に向かって徐々に遠くへ去っていくのが見えた。そして東の空にはもうすぐ沈むであろう太陽が赤々と今日の終わりを告げようとしている。雨雲の側に強い光を放つ太陽が何とも言えない美しさをもたらしていた。


 3人は辺りが暗くなる頃、沙那のいる家にたどり着いた。ドアを開け3人は倒れ込むように中へ入った。長い距離を休まず光を抱え歩いてきた2人はかなりの体力を消耗していた。


「お爺さん、お願いします! すぐに光を医者に見せてもらえるよう頼んでください!」


 空縫は額から汗を垂らし少し息を乱しながら倒れ込んだ状態で必死にお爺さんに頼んだ。


「わかった。今すぐ診せにいこう。足は私に任せてくれ。知り合いに車を頼んでくる」

「はい、お願いします」


 空縫はそう言うとグッタリと頭を落とした。


 沙那はそんな光景を見ているとおずおずと小さく声を発した。


「光くん・・・・・・?」


 光は少し目を開き沙那の方に顔を向けた。今にも気を失ってしまいそうな弱々しい表情と青白い顔をした光を見せられ、沙那は動揺を隠せないでいた。小刻みに瞳が揺れる。そんな状況の中、なにも言えないでいる沙那を見て空縫はこう言った。


「沙那、きっと大丈夫だ。だからそんな顔するな」


 沙那を見ると必死に涙を堪えていた。


「私・・・・・・ちゃんとあなたに謝らなきゃいけない・・・・・・」


 うまく発せられない声を押し出すように力を入れてそう言った。沙那の溜まっていた涙がポタリと床に落ちた。


「全部、私のせいなのに。それをあなたに押し付けてしまった・・・・・・あなたを恨むことで私は現実から逃げ、自分自身が壊れないように守った・・・・・・傲慢で卑怯で最低な人間のすることよ・・・・・・今更謝ったとこでもう手遅れだし、許してもらえることじゃないわ。でも、どうしていいかわからないの。自分がしてしまったことの大きさに対処しきれないの。身勝手すぎるわよね・・・・・・本当にごめんなさい・・・・・・」


 沙那はそう次々と出てくる言葉に声を震わせ最後は床に膝を落とし手のひらで顔を覆うと泣き出した。指の隙間からは沢山の涙が溢れていた。すると、そんな沙那を見て光は這うように近づき、こう言った。


「お前はきっと今までずっと苦しんできたんだな。どうしようもなく逃げ道がほしかったんだ。でも俺はそれが悪いことだとは思わない。誰だって逃げたいときだってあるし、立ち向かうことを恐れて足が竦むことだってある。お前が悪いんじゃない。な? だからそんな泣くな・・・・・・」

「どうしてなの・・・・・・? なんでこんな私に優しくするの・・・・・・? 私は殴られても構わないし、もっと責めてよ・・・・・・お願いだから・・・・・・!」

「女に手を出すような趣味はない。それにお前の顔、結構タイプだぜ?」


 光の突拍子もない言葉に沙那は目を見開きピクっと身体を硬直させた。


「おい、お前はこんな時に何を言い出すんだよ・・・・・・」


 績は呆れたように頭を抱えた。しかし、そこからクスクスと笑い声が混じり。沙那の表情も少し緩んだのが見えた。


 そんなやり取りをしているうちにお爺さんは迎えのワゴン車から降り、呼び声を上げた。


「お爺ちゃんよ。早く病院へ行きましょ」


 沙那がそう言うと3人は光を抱え、家を出て車に乗り込んだ。


 病院までは車で約1時間くらいかかるという。お爺さんの知人の男性は街を分ける境界であるゲートでIDカードらしきものをゲートキーパーに差し出すと、すんなりと通された。3人で大変な思いをしたのが嘘のようだ。きっと医者なので特別に支給されるカードなのだろう。そしてLASに入ると景色は一変する。車の窓からは栄えた夜のLAS街がキラキラと輝いていた。高層ビルが立ち並びショーウィンドウには流行りの洋服が飾られ、美味しそうな食事をしている人、ピシッと整えられたスーツを着て歩いている人、ほろ酔いで楽しそうに笑いながらたわいもないお喋りをしている人達で溢れていた。本当にVENNYとは別世界だ。つくづく自分達とは住む世界が違うとここへ来る度に何度もそう思い知らされるのだ。胸の奥が鈍く痛む。言葉では表せないその痛みには色んな思いがあった。績の瞳にはLAS街の光がキラリと揺らいでいた。


 突然、車が止まると運転していたお爺さんの知人が着いたと一言発した。お爺さんはドアを開け3人は光を抱え病院の中へ入っていった。病院は個人でやっているところらしく想像していたより小さかった。


 先生は待っていたのか空縫達が入ってくるのがわかると、担架を用意していた。


「さ、ここへゆっくりと寝かせてください。すぐに検査をしますので、みなさんは待合室でお待ち下さい」


 そう先生は言うと看護師を2人連れて検査室へ入っていった。


 これからどんな現実を突きつけられるのかわからないが、今はただ光が無事であることを祈るしかなかった。沙那は胸の辺りで祈るように手を組み目を強く瞑っていた。皆、言葉を交わさず。ただ、じっと先生が検査室から出てくるのを待った。待合室の時計の刻む音だけがカチカチと辺りを響かせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る