2
橋を通り過ぎると、大通りを抜け、細く枝分かれの道に差しかかった。お爺さんは立ち止まることなく左の道を歩いて行く。その道は細く当たりは湿気ていた。そんな中、薄汚れた小さい男の子が大きな桶で茶碗と箸を洗っていた。鼻を擦りながらガチャガチャと音をたてる。横目でチラリとこちらを見てきた。すると、生意気そうに鼻をツンと立てまた茶碗の方へ目をやった。
唐突にお爺さんが喋りだした。
「これから見るものを驚かんでくれ・・・・・・」
2人は顔を見合わせた。疑問符が頭に浮かぶ。
「どういうことです?」
空縫が問いかけた。
お爺さんはパタリと足を止めこちらを向いてきた。近くでタバコを吸っている男がいたが一吹きすると、そこをどくように去っていった。
「ここじゃ」
お爺さんは右手を少し伸ばし指をさした。そこにはドアがあった。ゆっくりとそのドアを開けお爺さんは中へ入っていった。2人も一歩間を置いてあとにつづいた。中に入るとそこは所々カビが生えたコンクリートの壁と、小さな6畳くらいの居間だった。丸い木のテーブルには薬らしきものと水の入ったコップが置かれてある。ここは居間といっても誰かが布団をしき1人そこで眠っていた。部屋が一つしかないのかここを寝床に使っているようだ。
「沙那、具合はどうじゃ?」
沙那、2人は一瞬頭の中で考えた。
「ええ、今朝よりは少し良くなったわ・・・・・・」
すると、沙那は寝返りをうつようにこちらを向いてきた。2人と目が合い沙那は目を丸くした。
「どなた・・・・・・?」
沙那は尋ねる。
「沙那に会いたいって言われてな。連れてきた。やっぱり面識はないのか」
「ええ・・・・・・あなた達は?」
続けて沙那は2人を尋ねる。
「突然すいません。俺達はある人との繋がりでここへ来ました」
空縫は淡々と応え始める。
「ある人?」
「はい、あなたのエニシである光から聞いてきました」
沙那は驚きを隠せないのか口を手で覆い被せた。瞳が揺れている。
「エニシ? 沙那何か隠してることがあるんか?」
お爺さんは眉をひそめる。
「ごめんなさい、お爺ちゃん少し外で待っていてもらえる? あとでちゃんと話すから・・・・・・」
沙那はそうお爺さんにお願いをすると、お爺さんは2回ゆっくりと頷きドアを開け出ていった。部屋の中が少し緊迫するような空気が流れた。沙那はゆっくりと寝床から上半身を起こすと2人の方に目をやった。とても気まずそうに見えた。小さく息を漏らすと、か細い声で沙那は喋りだした。
「よくここがわかったわね。あの男はここに来てること知ってるの?」
「ああ」
空縫は真剣な目で沙那に言う。
「その男は・・・・・・光だったわよね。大丈夫なの?」
「大丈夫って・・・・・・」
績は一歩前に飛び出した。しかし空縫はそれを止めるように腕で抑えた。沙那はそれを見ると鼻を鳴らす。強がっているようにも見えた。
「なあ、お前が体調が悪いのって」
績は少し強めに言う。しかし、沙那はそれに被せるように疑問を突きつけた。
「何が言いたいの? もしかして私がわざとこんなことしてるとでも?」
沙那は眉を寄せ2人を睨めつける。怒りを抑えてるのがわかった。
「違うのか?」
空縫は問う。
「はん、馬鹿じゃないの。こんなことして何になるっていうの?」
「光はお前が恨んでると言っていた。8年前、台風の日。お前の弟を見捨てたことを」
空縫は光の言っていたことを話す。
「そうね、恨んでるわ。殺してやりたいとも思った・・・・・・でもね、分かったの。そんなことしても珈音は戻ってこないって」
沙那はひとつため息をつく。そして、2人はある重大な話を突きつけられる。
「私ね、自分から志願したの」
「志願?」
空縫は聞く。
「
2人は思わず声を失った。どういう意味だ。自分から
「そして、志願する代わりに相手を選ばせてもらったの」
「そんなこと!?」
績は声を大きくする。
「出来たのよ。だって、そうでしょ? 自分から
「それを逆手に取ったのか」
空縫は言う。
「そうよ。喜んで引き受けてくれたわ。だって向こうからしたら好都合だもの。
「お前ってやつは・・・・・・」
空縫は今まで抑えていたものを今にも吐き出しそうになっていた。
「・・・・・・ただね、あなた達は少し勘違いをしてるわ」
沙那が2人を見て言った。
「勘違い?」
空縫は聞く。
「ええ、あいつは私とエニシになることで弟の存在を忘れないでほしかったの。自分がしてしまったことをずっと後悔させるために。戒めよね。あいつは私とエニシになることで一生背負って生きていくのよ」
績はその話を聞いて小さく身震いをした。
「だからね、これは手違いなの」
沙那は肩をすくめ自分の状態を見ろとばかりに引きつける。
「病気になるのはほんと偶然だった。きっと罰が当たったのね」
「でもそれなら、なぜ。今まで隠してた」
空縫は続けて聞く。
「さあね。きっと後悔してたのかもね・・・・・・」
突然、沙那の目が涙を溜めた。震える声で続ける。
「私がしてしまったことは間違いだった。ほんとのこと言うとね。あの日、台風の日。私がいけなかったの。風は
少し強かったけど台風はまだ到達していなかった。あんな急に嵐になるなんて思ってもみなかった。珈音を連れてね、お爺ちゃんの工場まで迎えに行ったの。珈音は家に置いていくつもりだった。でも、嫌だ、僕も行くって駄々こねて、私は断念して一緒に連れて行くことにしたの。でもね、工場に着いた頃にはお爺ちゃんは帰宅したと言われたの。慌てて引き返したわ。でも、その頃には台風が到達してた。すごい雨と風で前が見えないくらいだった。小さい体を抱えながら必死に帰り道を歩いた。そんな時だった、暴走した川に珈音が落ちてしまったの。必死に助けようとしたわ。助けも呼んだ。でも、駄目だった。珈音は流れてしまった。すべて私のせい・・・・・・」
涙を流しながら沙那は話を続ける。
「彼を戒めるためって言ったけど、自分を戒めたかったのかも。どうしても許せなかった。自分自身が・・・・・・。今となれば彼のことは言い訳に過ぎなかったのよ。最低よね。ほんとに悪いことをしてしまった。わたしの後悔に付き合わせてしまった。こんなこと許されることじゃない! 自分でもよくわかってる。でも、もうこの現実を変えることも引き返すこともできない。あの時と一緒。あとで後悔するの・・・・・・私は・・・・・・ほんとに・・・・・・なんてことを・・・・・・!!」
沙那は顔を両手で覆い大声で泣き出した。ずっとごめんなさいと言っているように聞こえた。言葉にならないくらい泣きじゃくる沙那を見て、2人はただ立ち尽くすしかなかった。
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