第四章 新たな決意

1

 朝早く起き空縫と績は出かける準備をしていた。天候は昨日と変わらず曇りでまたいつ雨が降るかもわからなかった。所々穴の開いた黒い傘がひとつ置いてあったが錆びついて開くことができない。あっても仕方ない品物だった。


 績は夜に餌をあげると頭を何度か撫で、行ってくると小さく呟いた。光はまだ寝ていた。昨日の体調の事もあって寝かせておこうと静かに小屋をあとにしようとしたその時、寝床から光がゴソッと小さく動き出した。


「待ってくれ」


 光は力のない声で二人に呼びかける。


「光。お前は寝てろ。俺達でなんとかしてみる」


 空縫はドアの入り口から力強く光にそう投げかけた。少し開けられたドアの向こうからは強い光が放たれている。光は眩しそうに目を細めた。


「なんとかって、なんの情報もないのにどうやって探すんだ・・・・・・」

「ああ・・・・・・でも、じっとしてたってこの現状を変えることはできないだろ?」

「行くなら俺も一緒に連れて行ってくれ」

「お前、そんな状態で歩けるのか? 足手まといになるだけだ。大人しく待ってろ」

「平気だ。俺の問題なんだ。俺がやらなきゃ・・・・・・」

「お前な・・・・・・昨日、仲間を頼れって言っただろ? 今がその時じゃないのか?」


 空縫のその言葉を聞くと光は返す言葉が見つからない様子で、頭を落とした。その姿がまた今まで見たことがないような弱々しい姿に見えた。その年齢ではガタイの良い方だが今は小さく華奢にさえ見えた。


「わかったな?」


 空縫がもう一度釘を刺すように光に言う。


「ああ・・・・・・」


 光のそのか細い一言を聞いて2人は外に出ようとする。


「あ! 待ってくれ!」


 突然、光がさっきまでの口調とは打って変わって大きな声を上げた。


「どうした!」


 空縫はそう言い。2人は光の方を向き足を止めた。


「もしかしたら、あの場所になにか手がかりがあるかもしれない・・・・・・」

「あの場所?」


 績は尋ねた。


「川だ・・・・・・」

「川ってあの台風の日、助けることが出来なかったって言ってたあの場所か?」


 空縫も確認するように光に尋ねる。


「そうだ。ちょうどこのくらいの時期だったんだ。夏に差しかかる雨が多いこの時期だ・・・・・・」

「その川の場所はわかるのか?」


 空縫は続けて光に尋ねる。


「今思い出したんだ。あそこは確か・・・・・・西エリアの8番街と9番街を繋ぐSarena《サレナ》橋でそのすぐそばに大きな木があるはずだ。きっとそこだと思う」

「わかった。今から2人で行ってくる。何かわかったらすぐ戻ってくる」

「頼む・・・・・・ありがとな」

「お前が素直に礼言うなんて、今日もまた雨が降るかもな!」


 空縫は意地悪そうに光を茶化す。


「うるさいぞ!」


 光は枕を空縫に投げつけた。


「良かった、元気そうだな。俺達が帰ってくるまでくたばんじゃねーぞ」

「そう簡単にくたばってたまるかよ・・・・・・!」


 空縫は枕を投げ返すと、小屋をあとにした。ドアが閉められた小屋の中は薄暗く静けさに包まれた。夜がまだなついていなかった光の傍に近寄ってくると、一度小さくニャーと鳴いた。光はそれを見て涙を溜めた。急に心細くなったのか光は鼻を啜り枕に顔を埋めた。


「死にたくねーよ・・・・・・」


 光はそう小さく呟いた。


 空を見ると怪しい雲が北の空から襲ってくるように近づいてきていた。2人は駆け足で光が言っていたSarena橋に向かっていた。


「績、仕事は大丈夫か?」

「ああ、こういう緊急事態のときは仕方ないさ。きっと店長もわかってくれるはず」

「そうか、じゃあ急ぐぞ。時間がない」

「うん」


 ポツポツと雨が顔をかかり始めた頃。2人はSareba橋に着いていた。当たりを見渡し光が言っていた大きな木を探した。するとそれらしい木が近くに一本立っていた。2人はすぐその木の側まで駆け寄った。


「誰かいる」


 績は囁く。鳥がチチっと鳴いた。


 木の近くを流れる川辺に1人のお爺さんがしゃがんでいる。前には花が手向けられ両手を合わせて祈っている様子だった。


 2人はお爺さんがいる所へゆっくりと向かった。


「あの、すいません」


 空縫はお爺さんに声をかけた。すると、お爺さんはこちらを向き2人を見て首を傾げた。


「どちらさんかな?」


 お爺さんはしわがれ声で2人に尋ねた。


「ここで亡くなった人をご存知なんですか?」


 確認するように空縫はお爺さんに尋ねる。


「もしかして、珈音かのんのお友達かな?」

「珈音?」

「あれ、違ったのかな? わしの孫が8年前にここで亡くなったんじゃ。ひどい台風でな。今は穏やかな川に見えるが、そりゃあ恐ろしかった。人を一瞬で飲み込んでしまうんじゃ。きっと、怖かったじゃろうて・・・・・・」


 お爺さんは手向けられた花を見つめながら話を続けた。


「まだ、6歳だったんじゃ。そりゃ優しい子でな。いっつもニコニコして。いい子ほど神様はすぐ自分の元へ連れて行きたがる。わしらの気持ちなんぞお構いなしでな・・・・・・」


 北風が一瞬通り過ぎ、髪がなびく。お爺さんの白髪がキラリと光ったように見えた。


「お爺さん、突然なんだけど。その子にはお姉さんはいましたか?」

「ん? 沙那さなか。おるぞ。沙那の知り合いの子なのか?」

「いえ、そういう訳じゃないんですが。会ったばかりでこんなこと言うのおかしいんですが、その沙那さんに合わせてもらえませんか?」

「ふむ・・・・・・構わんが。なにかあるんか?」

「それは・・・・・・」

「なにか理由があるんじゃな。わかった。今すぐ会いたいんか?」

「はい!」

「よし、じゃあ付いてきなさい」


 お爺さんはそう言うとゆっくり腰を上げ両手を後ろに組み歩き出した。Sarena橋を渡り9番街の方に向かっていた。橋から川を見下ろしながらお爺さんは喋りだした。


「君達は知り合いってわけじゃなさそうだね。あの子はそりゃ苦労してきた。小さい頃に両親を亡くしてな。わしが引き取ったんじゃが、沙那は本当にいいお姉ちゃんだった。いっつも珈音のことばかり心配してな。珈音は病気がちで、すぐお腹を壊すんじゃ。まぁ、こんな場所じゃ清潔なものなど殆ど無いしな。沙那は珈音の親代わりのつもりじゃったんだと思う。年も3つしか違わないのに必死でお母さんしておった」


 お爺さんは歩きながら思い出話をするように続ける。


「だがな、あの台風に日に珈音を亡くして以来、あの子は変わってしもうた。よく感情を表に出す子だったのに、全く出さなくなったんじゃ。喋ることもほとんどしなくなってな。何を考えてるのかわからんようなって、わしも困り果てた・・・・・・」


 雨がパラパラと降り始めていたが、細い雨で肌に触れても気にならない程度だった。そんな道中を歩きながら2人はしっかりとお爺さんの話を聞いていた。

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