6

 3人は事務所をあとにすると、雨はもう止んでいた。だが、曇りなのは変わらずまたいつ降ってもおかしくない天候だった。


「これからどうすんだ? まだどこか行くのか?」


 光は空縫に問う。だが空縫は口を閉じたまま一人歩き始めた。


「おい、なんだよ。なにか言ったらどうなんだ? 俺達はお前のために来てやったのに」

「誰が頼んだ・・・・・・?」


 空縫はパタリと足を止め、そう小さく言葉を発した。


「いや、それは」

「頼んでないよな? お前達が勝手にきただけだろ? 俺は断ったはずだ。いい加減にしてくれ!」

「空縫・・・・・・」


 績が空縫の背中に小さく声をかける。


「だから嫌だったんだ・・・・・・こうなるから」

「こうなるって、ただお前が機嫌悪いだけだろ!」


 光が反発する。


「だからさ!! こうなる自分が分かっていたから嫌だったんだ!! 見せたくなかった!」


 空縫は振り返ると2人に怒鳴るように言った。力のはいった拳は震えている。


「空縫、ごめん。嫌がってるのに付いてきた僕達がいけなかったんだ」

「別に謝る必要なくないか?」


 光はまた繰り返し反発する。そして、冷ややかにがんを飛ばした。


「お前は少し黙っててくれないか! 空縫の気持ちも考えろ!」

「お前達にはわからないさ。俺の気持ちなんて・・・・・・」

「うん。全部はわからない。だからもっと僕達に自分の気持ちをぶつけてきて欲しいんだ。自分一人で考えこまないで素直にぶつかってきてほしい。僕達は仲間だろ? もっと頼ってきて欲しいんだ」


 空縫は頭を落としたまま、口を開かない。涙を必死に怺えてるようにみえた。


「空縫? 君はずっと一人で頑張りすぎたんだ。もうそんなに頑張らなくていい」


 績のその言葉に空縫は一気に涙が溢れだした。ポタポタと雨のように地面に落ちる。2人に泣き顔を見られるのが嫌なのかまた背を向ける。背中越しでも分かる。今また少し空縫が素直な感情を見せてくれた気がする。


 涙を拭うように右腕を動かすと、空縫はポツリとこう言った。


「今日はもう帰ろう。次はもっと早く来るぞ、休憩はなしだ」

「空縫・・・・・・!」


 績の表情がパッと明るくなった。


「たく、すぐそうやって素直になりゃいいんだ!」

「光!!」

「まぁ、俺達はよう。お前の味方なんだぜ? だから、績の言ったようにもっとぶつかってこい! その時はしっかり受け止めてやるから!」


 光は決まったとばかりに自分の胸元を叩いた。それを聞いた空縫は呆れた顔を浮かべる。


「光、お前が一番心配なんだが? 寝坊助でお調子者ですぐ諦める。毎回こううまく行くとは限らない。警備システムを潜り抜けやっとこれるんだ」

「わ、わかったわかった! 次は何も言わず付いてくから。な?」


 光は苦笑いを見せ空縫の機嫌をとろうとする。


「まぁいい。次は俺の仕事も見せてやる。だから今度は晴れた日にこよう」

「うん!」


 績は頷き空縫の顔を見て微笑んだ。その顔を見ると空縫は少し照れくさそうに先を歩き出した。


 来た時と同じ道を歩く。また雨が振りそうな空を気にしながら3人は足早に家路に向かった。そんな中また光は怠そうに顔を歪め始めた。汗が尋常じゃなく出てくる。何かがおかしい。鉛が身体にのしかかるような疲労感を感じていた。


「待ってくれ、ちょっと休まないか?」


 光は異常なまでの疲れに腰を落としてしまった。


「どうした? また泣き言か? もっと体力つけろ」

「そうじゃない、なんか身体がしんどいんだ・・・・・・」


 空縫はそれを聞くと光の元へ駆け寄った。よく見ると、顔色も悪く冷や汗をかいていた。


「大丈夫か? そうだな。少し休もう」


 光は身体を丸めて頭を落としている。2人はそんな光を心配そうに見ていた。ややあって、光は顔を上げる。


「すまん、もう大丈夫そうだ」

「本当か? 無理はするなよ?」

「ああ・・・・・・」


 光は重い身体を起こし立ち上がる。その時だった、強い目眩に襲われ倒れ込んだ。


「光!!」


 空縫はそんな光の身体を受け止めた。


「光!? 大丈夫か??」


 績は光に声をかける。


「すまん、俺・・・・・・やっぱり死ぬのか?」


 光の唐突な死ぬという言葉に2人は喉をつまらせた。


「何を急に言い出すんだ! 弱気になるな」

「でもよ、自分の身体だから分かるんだ。もう長くない気がする」

「やっぱり、エニシの女の仕業か・・・・・・?」

「さぁな、だとしても女の消息はわからないし、見つかりっこない」

「すぐ諦めちゃ駄目だ! お前の悪い癖だぞ。明日からその女を手分けして探す。だから、そんなこと言うな」

「めんどくさいことに巻き込んじまってごめんな・・・・・・」


 光は空縫の腕の中で涙ぐみながら言う。


「めんどくさいなんて思ってないぞ。そんなこと言ったら、さっきの俺のほうがめんどくせーだろ。さっきの強気な光はどこいっちまったんだ」

「そうだな。お前もめんどくせーよな」


 光は少しクスっと笑うとゆっくり身体を起こした。


「歩けるか? 家までもう少しだ」


 空縫は光に肩を貸しながら歩いた。績はそんな光の背中を支えて歩いた。


 家の着く頃にはもう当たりはすっかり真っ暗だった。今日は一日中晴れることはなかった。夜空を見上げても星ひとつ見えない。小屋に入ると、空縫は光を寝床へ休ませた。光の体調は思わしくなくまだグッタリとしている。そんな姿をみて、空縫は急がないと駄目だと思った。一刻も早くエニシの女を探そうと決意した。

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