5
小さな電灯が均等に行く先を照らしている。それでも、中はどんより暗い。時々ものすごい勢いで下水が流れてくる。その音は後ろから猛獣が唸りを上げて襲ってくるようだった。それにしても下水道は迷路みたいだ。幾度も道が分かれている。空縫がいなかったら確実に迷っていただろう。
「空縫ー、まだか・・・・・・?」
後ろから光が情けない声で呼びかける。
「もうすぐだ。この道の先に出口がある」
光はそれを聞くとひとつ大きくため息を付き、重たい足取りで空縫のあとにつづく。
「ここだ」
空縫はマンホールのステップを指差した。
「ここから上がって、外に出れば人気のない路地裏に出る」
「やっと着いたかー! さっさと上がろうぜ」
光は待ってましたとばかりに一番先にステップに手をかけた。
「待て、人気がないっていっても。万が一がある。ここは慎重にいかないとダメだ。俺から行く。大丈夫そうなら、合図する」
「分かった」
績は素直に了承した。光は不満そうに口を尖らせている。
空縫はゆっくりステップに足をかけ上がっていく。そして、マンホールを静かに開け、隙間から慎重に外を見た。すると、空縫が上から片手をクイッとして、二人に合図をした。来いということだろう。
3人は外に出てみると、ポツポツと雨が空から落ちていた。見上げると、黒い雲が真上にあった。
「案の定ってやつだな」
光は肩をすくめ口をへの字にした。
「まぁいい。今日は仕事はやめてある所に行く」
「ある所?」
績は少し首を傾げ尋ねた。
「前に言ってたろ。知り合いの探偵さんの所だ」
「ああ!」
「新しい情報が入ってるかもしれない」
「そうだね。行ってみよう」
「た、探偵!? お前達金持ちなんだな!」
「うるさいぞ、何も言わず来い」
績はやかましそうに光にそう言う。
「なんだよ、俺だけ仲間はずれはよしてくれー!」
3人はその探偵のいる事務所へ向かった。事務所までの道、傘もない3人は身体を濡らし歩いていた。きっと、ある意味目立っていただろう。績と光は歩きながら人の目を気にしていた。通りかかる人達は自分達をチラチラ見ている。街を歩いている人達は綺麗な服を着て、清潔な髪や肌をしている。きっと毎日風呂にも入っているだろう。それとは逆にスラムに住む3人は風呂なんて入れない。いつも雨水を溜めた冷たい水で身体を流す程度だ。服もボロボロで誰のものかもわからないLASから寄付された服を着ている。すれ違う人は汚いものを見るように自分達を見ている。その視線が績と光にはとても痛かった。だが、空縫はそれに動じることはなかった。きっともう慣れっこなのだろう。
それにしても、LASは都会だった。ちゃんと設備も充実していて、道にはゴミ一つ落ちていなかった。全てのものがキラキラして何もかも完璧に見えた。どれだけ自分達の環境が悲惨で無慙なものかを思い知らされる。でも、そこで自分達が哀れだと悲しんでも仕方がない。今置かれている現実を受け止めるしかないのだ。
「ここから警備が厳しい、裏道に入るぞ」
空縫は小声で二人にそう言うと、績と光は言われた通りしたがい裏道へ入った。
裏道にはゴミが所々に落ちていて、整備されていない様子だった。あれだけ表は綺麗で全てか完璧に見えたのに、見えない所はこんなにも怠っている。見せかけの街なのかと、なにか裏切られたような気分になった。
細い路地を歩いていると、空縫は突然パタリと足を止めた。
「ここだ」
「え、ここ?」
績は少し疑うような言い方をしてしまった。しかし、そう思っても仕方がない。そこは、誰も寄り付かなそうな汚い廃墟ビルの様な建物だった。でも、入り口には探偵事務所らしい看板が付いている。その看板も擦れて錆び付いていたし、いかにも怪しいたたずまいだったが、績と光は恐る恐るビルの中へ入ってく。
「本当にここが事務所なのかよ・・・・・・」
光は未だに怪しんでいる。でも、空縫が言うのだから間違いない。きっと何度もここを訪ねているはずだ。それにしても、ビルの中は暗い。一応備え付けの電気はあるが、点いていなかった。当たりは湿気とカビの臭いがプンプンしていた。
空縫はあるドアの前で立ち止まった。
「ここ?」
績が尋ねる。
「ああ、入るぞ」
ドアの上には朱宇岬探偵事務所と書かれていた。ゆっくりとドアを開けると、そこには朱宇岬らしい男性がデスクの前に座っていた。中は意外と綺麗だった。探偵事務所らしいテーブルや椅子、本棚が置かれている。全体的に黒を基調としたデザインだった。
「おお、お前か。あれ? そこの二人は?」
「俺の連れだ。妹のことを知って手助けしてくれる事になった」
「そうか、それは良かったな。仲間は多いほうがいい」
朱宇岬は少し微笑むと3人を黒革の長椅子に座らせた。
「それで、新しい情報は見つかったか?」
「んー・・・・・・」
朱宇岬は腕を組み唸るような悩ましい声を出した。
「その感じだと、まだ見つかってないか・・・・・」
空縫は肩を落とし表情を曇らせた。朱宇岬は内ポケットに入ったタバコに火をつけると、すーっと大きく息を吸い込み。そして、吐き出した白い煙は当たりを舞ながらゆっくりと消え、事務所の中はただ時計の刻む音だけが頭の中に響きだした。
績は気落ちした空縫の顔を見て肩に手を置いた。
「空縫・・・・・・きっと大丈夫。妹は見つかる。僕が見つけてやるから」
「今までずっと探してたんだぞ・・・・・・なのにお前が見つけるだって? なら今すぐ見つけてくれよ・・・・・・無理だろ? だったらそういうことを軽々しく言うな」
「軽々しくなんて言ってない! 僕は力になりたいだけなんだ・・・・・・」
空縫は両手の拳に力を入れると、績から顔を背けた。その姿を見て績は居たたまれなかった。空縫の気持ちはわかっていたはずだった。なのに、自分の言ってることや、や
っていることが空回りしているようで、それ以上どう言葉をかけていいのかわからなくなった。テープルに置かれた灰皿には今吸っていたタバコの煙が細く静かに立ち上っていた。
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