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 3人はまっすぐに伸びる線路の上を歩いていた。相変わらず線路の上には大きな石やゴミが散乱している。績は電車なんて幼い頃、LASに住んでいた時以来見たことがない。光もきっと見たことがないだろう。ただ績は久しぶりのLASに少し気持ちが高揚している様子だった。


 今日は、曇りで外は涼しかった。長い道のりを歩くのには少し都合が良い。そんな中、テクテクと線路を歩いていると、ふと光が二人に問いかけてきた。


「なぁ、さっき聞こえたんだがよ。仕事意外になにかやってるのか?」


 二人の足はパタリと止まった。


「おい、どうしたんだよ」


 気まずい空気が流れ込んだ。二人は口を閉じたままだ。そんな二人を光はジロジロと見る。


「何だよ二人とも、そんな顔しやがって。言いづれぇことなんか? あ、分かった!」


 光は突然、閃いたように右手をグーにして左の掌を叩いた。


「お前達、盗みでもしてんのか? まぁ、そうだよなー。LASの奴らはみんな金持ってそうだしな。金目の物ふんだくって金儲けってのも良さそうだ!」

「おい! 何言ってるんだよ。お前と一緒にするなよ・・・・・・」


 績は光を睨めつけた。今日の天候のように雲行きが怪しくなる。


「そ、そんな怖い顔するなって、冗談じゃねぇか・・・・・・はは」


 光は苦笑いを見せ両手を自分の胸の前に上げると、小刻みに手を振った。


「妹を探してるんだ」

「空縫、いいのか?」

「ああ、別に隠すこともないかなって。それに、こいつには探してる人がいるとも話したことがある」

「そうか」

「ああ、前に言ってた大事な奴って話か!」


 光は思い出したように頭を上下にゆっくりと頷いた。


「そうだ。何か手がかりがないか、いろんな情報を探ってる。でも、まだ確信がもてる情報がないんだ」

「マジか・・・・・・」

「でも、妹は生きてる。そう信じてるんだ」

「・・・・・・よし! 俺も手伝うぜ!」


 光は少し考え込むように間を置くと、そう声を上げた。


「光・・・・・でもこれは」

「まぁさ、俺も色々お前には助けられたし、ここでちょっと借りを返しとかねぇと、あとで山程請求されても困るしな!」

「なんだよ、請求って・・・・・・そんなことしねぇよ」


 光は薄っすら微笑むと、任せとけとばかりに空縫の背中を思い切り叩いた。


「いってぇな」

「ほら行くぞ!」

「おい、お前が先歩いてどうすんだ。この先分かってるのか?」

「あ、分かんねぇ! 頼んだ、空縫!」

「たく、お前って奴は・・・・・・」


 呆れたように言う空縫の表情には少し笑みが混ざったように見えた。


 黒い雲がペースを上げて近づいてきているように感じる。しかし線路はまだまだ続く。2人を置いて空縫の足取りはそれに伴いどんどん早くなる。


「なぁ、この線路いつまで歩くんだ? もう疲れたぞ・・・・・・」


 光はダルそうにため息をつき、線路にしゃがみ込んだ。後ろを振り返ると空縫はそんな光に厳しい言葉を放つ。


「まだ先は長いんだぞ? こんな所で音を上げてどうする」

「でもよ、この分だと着く頃には雨だぜ?」

「そうかもな、仕事はろくにできそうにないな」


 空縫は西から来る黒い雲の見上げた。


「じゃぁ、帰ろうか!」

「おい!」


 隣にいた績はそんな光に声を上げる。


「冗談だって。妹を見つけるんだろ、任せとけって!」

「お前って奴は、もう少し言葉を弁えろよな!」


 績はフンと首を横に振ると、先を歩き始めた。


 それからも3人は只管まっすぐに伸びる線路の上を歩き続けた。そんな時だった、績に異変が起きた。突然止まったかと思うと、蹲りだしたのだ。隣を歩いている光がそれに気づき空縫を呼び止めた。


「おい、空縫ちょっと待て。績がおかしい」

「ん?」


 空縫は後ろを振り返ると、績の蹲る姿を目にした。


「どうした、大丈夫か?」


 績の方に駆け寄り、肩に手をかける。


「平気だ・・・・・・少し気分が悪くなって・・・・・・」

「おいおい、体力不足じゃないのか? 引き返すか?」


 光は上滑りな態度で、もと来た方向に身体を向ける。


「待て、僕は大丈夫だ。ちょっと気分が悪くなっただけだから」


 顔を覗き込むと、少し顔色が悪いように見えた。空縫は行先をじっと見た。すると、すぐに績の異変の原因が分かった。南エリアに差しかかる所だった。そこは、あの火事があった場所だ。遠くに黒く焼けた建物が見える。きっとそれを見て、いろんなことが蘇ったのだろう。


「績、立てるか? 今日はもう引き返そう」

「は? 何だよ急に。績は大丈夫だって言ってるぞ?」

「いや、今日はもう帰ろう」

「おいおい、お前はこいつの親父かよ。甘やかせ過ぎじゃないのか?」

「うるさい! お前にはわからないさ。何も言わず引き返せ」


 すると、蹲る績の手が空縫の腕を掴んだ。


「空縫、大丈夫だから。このまま行こう。ありがとう」

「でも・・・・・・」


 績は俯く顔を上げると、必死に訴えかけるように空縫に微笑んだ。


「分かった」

「たく、世話が焼けるぜ」


 光はそう言って肩をすくめると、績を起こす空縫に手を貸した。


 もうかれこれ4時間以上歩いただろう。先にはLASの都市が見えてきた。ここで一つ問題があった。LASに入るには大きなゲートを抜けないと行けない。抜けるには色々と面倒な審査がある。LASに行く理由と、登録されている個人番号が必要になる。しかし、VENNYの住人の約半数は登録番号など持ち合わせていない。そうなると、色々と精密な審査にかからなければ通過することができない。ましてや子供3人がその審査を通るとは思えない。入るには違う手段が必要だった。


 淡々と歩いていた空縫が突然歩くのを止めた。


「こっから先、ここを抜けるぞ」


 績は空縫の視線の先を見た。


「ここって」

「ああ、下水道だ」

「おいおい、こんな汚いとこ入るのかよ・・・・・・」


 顰め面を見せる光。


「嫌なら帰っても良いんだぞ。俺は構わない」

「そんな冷たいこと言うなよー・・・・・・行くって!」


 空縫はあとに続けとばかりに顎をしゃくる。そして、大きな下水道の中に入っていった。績と光もそのあとを恐る恐るついていく。中はとても暗かった。湿気が強く、ジメッとしている。道にはカサカサとネズミの這いずる音も聞こえた。そして、近くに下水も流れている。分かってはいたが当たりは強烈な悪臭が漂う。二人は吐き気を模様しながらも前を行く空縫の後ろ姿を必死に追った。

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