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 ここは・・・・・・? 暗い・・・・・・何も見えない・・・・・・誰かいないの? ねぇ、誰か・・・・・・この感じ、どこかで覚えてる・・・・・・怖くて、痛くて、辛くて、苦しくて・・・・・・いっそこのまま死んでしまいたい。でも、どうしても死ねないんだ。誰か、この地獄から救ってほしい。誰か・・・・・・あれは・・・・・・空縫・・・・・・? 君は、何を・・・・・・!? やめるんだ! そのナイフをどうする気だ! なんで微笑むの? 空縫、やめてくれ! このままでいい。頑張るから。君を道連れになんてさせない!! だからやめてくれ!! 空縫っ!!


「はっっ!!!!」


 ベッドから飛び起きると身体中汗でびしょ濡れだった。シーツにも汗のあとが付いている。当たりはまだ暗かった。きっと、真夜中だろう。績は思わずそのまま涙を零し、啜り泣くように泣き始めた。


「績! 大丈夫だ。ただの夢だ」


 空縫は起き上がると慣れたように績に近づき、寄り添うように慰めた。


「ん? どうした? 何かあったのか?」


 光が績の泣き声に目を覚ました。眠そうに目を擦りながらあくびを一つかく。


「すまない、起こしちまったな。大丈夫だ。心配ない」

「いや、そうは見えねぇけど・・・・・・」

「たまにこうなるんだ。怖い夢でも見たんだと思う」

「子供かよ・・・・・・たく」


 光は肩を竦めると、もう一度大きくあくびをかき、また自分の毛布に潜り込んでいった。


 績がこうなってしまうのはわかっている。前に績が言っていたこと。誰かのいのちを預かっているその責任と不安で心がいっぱいになってしまっているんだ。人一倍責任感の強い績には酷過ぎる。普段は普通に振舞っているが、きっと心はボロボロだろう。今は空縫のために生きているといっても過言ではない。きっと、死んでしまいたいと何度も思ったはずだ。それだけ残酷で悲しいことがあった。だから、こういう時だけはうんと甘えさせてやりたい。一つしか違わないのにおかしいかもしれないが、父親になった気持ちでいた。


「うぅ・・・・・・ごめん。僕、弱虫だね。泣いてばかりだ」

「そんなことないさ、辛い時は泣いていいんだ。その時はいつも俺が傍にいてやるから」

「空縫・・・・・・ごめん」


 績は赤い目を空縫に見せる。そして、何度も何度も謝っていた。薄暗い小屋から差し込む月の光は緋璃が入った瓶を照らしている。どこか緋璃がそんな二人を優しく見守っているように見えた。徐々に啜り泣く声が消えると、空縫は一言「眠ろう」と優しく績に言った。そして、2人は程なくしてまた眠りについた。


 朝になると、いつもの様に鳥の囀りが聞こえてくる。今朝は少し肌寒かった。西の空には黒い雲がかかっている。今日も雨が降るかもしれない。こういう日は憂鬱だ。でも、今日は績は仕事が休みだった。少しいつもよりも気持ちが軽かった。開け放ったドアの入り口で大きく背伸びをすると、朝の新鮮な空気を一気に吸い込んだ。身体中が満たされるようだった。そして、中にいる空縫に声をかけた。


「空縫?」

「ん? なんだ?」


 空縫は仕事に行く準備をしていた。片手にはスケッチブックを持っている。


「僕も今日一緒に行ってもいいかな?」

「はぁ!? 急に何だよ!」

「駄目か?」

「ああ・・・・・・」

「なんでさ! 空縫の仕事を見てみたいんだ」

「だーめーだ!」

「お願いだよ」


 績は両手のひらをピタッと合わせてお願いする。


「そんなに来たいのか? 仕事つっても絵を描いてるだけだぞ? きっと退屈だし、それに仕事をしに行くだけじゃない」

「分かってる。だから行きたいんだ。僕にも手伝わせてほしい」

「お前・・・・・・いや、これは俺の問題だ。お前にまで手間をかけさせるわけにはいかない」

「何言ってるんだよ。手間なんて思ってないし、僕がそうしたいんだ。空縫の力になりたい。こんな僕にでも役に立てる事があるかもしれない!」

「績・・・・・・」

「おいおい、何の話だ?」


 突然、光は毛布を纏いながら起き上がってきた。


「お、お前。寝てたんじゃねぇのかよ!」

「二人の声がうるさくて起きちまったんだ! 夜中も起こされるし・・・・・・本当に迷惑だぜ」

「そうかい、それはすまなかったな! つか、いつまでも寝てる方がどうかと思うぞ?! 俺達と暮らすなら、俺らの生活リズムに合わせてくれないとな」

「はいはい、わかりましたよ。努力させていただきます!」


 光は口を尖らせると、ぞんざいな口調で空縫に言う。


「で、どこ行くんだ?」


 さらっと光は話を切り替え、二人の顔を覗く。


「LASだ」

「おい、績!」

「LASって都心部に行くのか!? 俺達スラムの人間が行っても大丈夫なのか?」

「大丈夫さ。まぁ、白い目で見られる事もあるがな」

「LASかー! 行ったことねぇんだよなー! よし、面白そうだ! 俺も行っていいか?」

「おいおい! 遊びに行ってるわけじゃないんだ。仕事しに行ってるんだぞ?」

「まぁ、仕事の邪魔は絶対しないからさ。その間、俺と績は街を回って暇でもつぶしてるさ! なにか用事でもないとLASなんて行くことねぇし! いい機会だな」

「僕がお前と・・・・・・? いつそんなこと決めた!」

「泣き虫のお坊ちゃん、今に決まってんだろ?」

「な、なんだと!? つーか、勝手に決めるな!」

「ちょ、お前達! いい加減に」

「まぁまぁ、LASまでの道のり一人よりみんなでわいわい行ったほうが楽しいと思うぞ? たまにはいいんじゃねぇか?」

「あ、あのなぁ・・・・・・」

「空縫、お願い! 一緒に連れていってくれ」

「はぁ・・・・・・分かった! でも、邪魔だけはしないでくれよ?」

「わかってるって!」

 

 光は軽い調子でそう言うと、空縫の肩を2回叩き歯を見せた。空縫はやれやれと何度か横に小さく頭を振ると、肩を落とした。


 そして、3人は支度を済ませると、外に出た。やはり空気が湿っている。空を見ると西から来ている黒い雲が少しづつこっちに近づいているのが見えた。


「で、LASまでどうやって行くんだ? 歩きだと結構かかるんじゃないのか?」

「一応行き方があるんだ。まぁ、ついてこい」


 空縫はそう二人に言うと先を歩き始めた。少し績と光は顔を見合わせると、前を行く空縫のあとをついていった。

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