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「すまない緋璃・・・・・・今まで言わずにいて・・・・・・」

「どういうこと・・・・・・」

「実日子とは緋璃とエニシになる前に一緒に暮らしていた女性だ。正式な結婚はできなかったが、俺達は愛し合っていたんだ。そんな時、この計画が発表されて俺は緋璃と実日子は違う男とエニシになったんだ。その頃からお互いギクシャクして、上手くいかなくなっていた。実日子が徐々に俺から気持ちが離れていくのが分かった。居た堪れないかった。そんな時、緋璃が辛い状態のことを知って助けるつもりで実日子とは別れ緋璃の元に来たんだ」

「嘘よ!! 自分のために来たのよ!! そこにいることが辛くて都合つけただけじゃない!!」

「本当にすまない・・・・・・」


 躑躅はそう謝るとしゃがみ込み緋璃の肩に手を置き涙を浮かべた。緋璃も俯いた顔を上げ涙を流しながら躑躅の目を見つめた。


 その直後、後ろからガラスが破裂する大きな音が聞こえた。そして、目の前にある4階建ての住居から女性らしい姿が見えた。


「実日子!!!」


 躑躅はそう叫ぶと立ち上がり炎の中へ飛び込もうとした。だが、績が腕を掴みそれを食い止める。


「お願いです! もしあなたが死んだら、母さんも!」

「績・・・・・・すまない・・・・・・許してくれ」

「嫌だ!! 離さない!!」

「愛してるんだ・・・・・・」


 躑躅は大粒の涙を流し顔を歪ませる。掴まれた手を振り解き炎の中へ飛び込んでいった。


「躑躅さん!!!!!!」


 績は思わず自分も炎の中へ飛び込もうとした。しかし、緋璃は績を抱き止めた。


「母さん!! このままじゃ母さんまで!!」

「行ったら駄目よ!! あなたは生きなきゃいけないの!! エニシの子はどうなるの?? あなたまで行かせるわけにはいかない・・・・・・!!」

「でも、母さんが・・・・・・!! 嫌だ!! 母さんがいない世界なんて僕嫌だよ!! 生きていけない!!」

「なに弱音吐いてるの! 大丈夫、あなたにはあのエニシの子がついてる。逞しく生きるの!」

「嫌だよ・・・・・・」

「ごめんなさい、あなたにはずっと寂しい思いや負担ばかりかけさせてしまった。まだ13歳なのにね・・・・・・あなたは母さんの誇りよ」

「母さん・・・・・・」


 行き急ぐように緋璃は言いたいことを並べる。績と緋璃の涙は止まることはなかった。そのまま強く抱き合い、大きな声で泣いた。


 また火事が爆風とともに大きな音を立てると、火が実日子がいるであろう場所まで到達した。


「躑躅さんっっ!!!!」


 績はそう叫び、前に飛び出すと後ろで誰かが倒れる音がした。績はその音に身体を大きく震わせた。ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには倒れた緋璃がいた。一瞬目に映るものをすべて疑いたかった。


「母さん!!!!!」


 績はすぐさま緋璃を抱きかかえた。


「母さん!! 目を開けて・・・・・・!!」


 緋璃は績の言葉に反応をみせない。息もしていなかった。しかし、その表情には苦しんだ痕跡はどこにもなかった。


「母さん起きて・・・・・・嫌だよ・・・・・・僕も一緒に逝く・・・・・・」


 だが、績の脳裏に空縫の顔が過ぎる。自分が死んだら空縫も死ぬ。そんなこと出来るはずがない。絶対に出来ない。このどうにもならない気持ちが爆発したように績は大きく泣き叫んだ。しかし、そんな思いも届くことはなく炎はどんどん範囲を広めていった。


 火事は朝方まで続いた。昨日、午後6時から発生した火事は日が登る頃やっと止まった。爆心地から約半径3km以内の地域が尽く焼きつくされた。


 績は緋璃を抱きながら顔を伏せたままだ。火事で黒焦げになった柱や爆風で崩れた建物、黒い灰は風で地面をさらさらと流れていく。


 績は緋璃を静かな一角に運んだ。そして、燃えそうなものを用意すると、花を添え火を点けた。その燃え始める赤い火を績は無表情のまま見つめていた。すべで焼かれると、緋璃の灰と骨が残った。そのどれもが真っ白でとても綺麗だった。その灰と骨を瓶に詰めると、そのままゆっくり歩き出した。績の目には光を無くしたように輝きを失っていた。


 心も身体もボロボロになった績は無意識のまま空縫の小屋を目指していた。手で顔を拭うと灰で真っ黒になる。


 林を抜け小屋に着くとやっとの思いでドアを開ける。するとそこにはいつもの空縫の姿があった。


「績? ど、どうしたんだ!?」


 空縫は績の姿を見てあたふたしていた。夜はそんな2人をじっと見つめている。


「母さんが・・・・・・」


 そう小さく呟くと顔がぐしゃぐしゃに崩れ言葉にならない気持ちが溢れだした。


「績!?」


 績は空縫に抱きつき、子供のように泣き始めた。空縫はそんな績の頭を撫でながらこの状況を理解しようと必死だった。


 ゆっくりと空縫は泣き続ける績を宥めて、少し落ち着いたのを見ると何があったのか尋ねた。口が思うように動かず、たどたどしい話し方だったが、ゆっくりと火事があったこと、緋璃と躑躅が亡くなったこと。全てを空縫に話した。


「そんな事が・・・・・・大丈夫だ。俺がいる。辛かったらいつでも泣け。傍に居てやるから」

「空縫・・・・・・」


 鼻を啜りながら赤く腫れた目を空縫に向ける。


「今日からはここに住め。お前一人じゃ危ないしな」

「分かった・・・・・・」

「とりあえず、身体を洗え。俺はその汚れた服を洗うから。着替えは俺のを使えばいい」

「ああ・・・・・・ありがとう」

「気にするな。礼なんていらない。どんどん俺に甘えてくれていい」


 14歳とは思えないほどの大人びた包容力に績は改めて頼もしいと思った。きっと空縫がいなければ、この状況に絶えられず自分も死んでいただろう。折れてしまいそうな心を空縫はいつも支えてくれた。


 績は身体を洗うと用意されていた空縫の服を着た。すると疲れきった身体と心が一気に悲鳴を上げ始めた。足をふらつかせながら、なんとかベットに倒れ込むと、目を瞑りそのまま深い眠りについた。空縫は洗濯を終え小屋に戻ってくると、そんな績を見てしっかりとベットに寝かせ毛布をかけた。よく見ると目から一筋の涙が溢れていた。空縫はその涙を拭うと静かにそこから離れた。


 何時間寝ただろうか。目を開けると小屋の中は蝋燭の火が1本灯っているだけで薄暗かった。績は重い身体を起こすと、テーブルに置かれていた瓶がふと視界に入った。全てが走馬灯のように蘇る。そうだ、火事があって緋璃と躑躅は死んだんだ。そして、自分はここに来た。また目に涙が浮かぶ。魂が抜け落ちそうになる。まだ現実を受け止められない。悪いことはすべて夢であればいいのに。そう強く願った。


「起きたか?」


 空縫は濡れた髪をタオルで拭きながら現れた。


「僕はこれからどうしたら・・・・・・」

「さっきも言ったようにここに住めばいい」

「いままでずっと母さんと一緒だった。その母さんがもういないなんて信じられないんだ。また家に帰ったらいつものようにそこにいる気がする」

「昨日今日のことなんだ。そんなすぐ気持ちを切り替えられるわけがないだろ?」

「こんなの信じたくないよ・・・・・・」

「ああ・・・・・・」


 すると、夜が顔を曇らせる績に近寄り足にスリスリと顔を擦りつけてきた。


「夜・・・・・・」

「夜も心配してるんだな」


 そんな夜を見て績は少しニコリとした。


「なにか温かいものでも作るよ。待ってろ」

「ありがとう」


 空縫は優しい顔を浮かばせ、スープを作り始めた。小屋はストーブが付いていてとても暖かかった。夜を抱きかかえ、優しく身体を撫でた。すると、気持ちよさそうに目を瞑る。この優しい空間が績にとってせめてもの救いだった。

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