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績は仕事帰りにある小さな男の子と女の子を目にした。6歳位だろうか。男の子のほうが少し背が小さかった。しかし、女の子を守るように歩いている姿は小さくも頼もしく見えた。それにしても過保護過ぎるその姿はちょっと異様にも見えた。績は少し首を傾げて見ていると、女の子がすれ違い様に大きな男とぶつかりその衝撃で二人とも地面に倒れ込んだ。績は思わず二人の元へ駆けつけた。
「君達大丈夫か?」
「
男の子は茉夕を慌てて起こした。その慌てようは少し異常だった。落とした割れ物を触るかのように指が震えていて顔も歪めていた。身体のいろんな箇所を目で確認しながら怪我がないかチェックしていた。
「
「君達は・・・・・・」
茉夕の今の言葉ではっきりと分かった。この子達はエニシだ。利斗が過剰に守ろうとする姿もこれで理解できる。しかし、こんな小さな子供も容赦なくシェアされるなんて。績は眉をひそめた。
「なんだよ、兄さん!! 僕達になんか用??」
二人の傍に立っていると、利斗はすごく警するように、眉を寄せ、きりっと鋭く績を睨めつけてきた。その姿は誰にも近寄らせないというばかりに厚い壁が立ちはだかるようだった。
「いや、大柄の男とぶつかって倒れていたから心配したんだ」
「ふん、良い人を装って騙そうとしてるんだろ!」
「騙すなんて、そんなことするわけ・・・・・・」
「あっちいけよ! 僕達に構わないでくれ!!」
そう言うと、すぐさま利斗は茉夕の手を引いて走り去っていった。その駆けていく小さな二人の背中を見て、こんな世界に績は憤りを覚えた。エニシにされた自分達よりも小さな子供達はどういう思いで今を生きているのだろう。きっと毎日が怖くて仕方ないに決まっている。王が憎くてたまらなかった。握りしめた拳に力が入る。
スラム街の人々が皆エニシにされたわけではない。ここVENNYは100万人を超すとてもでかいスラム街だ。今回の計画では15万人の人間が抽選で決められた。組み合わせはランダムだ。績と緋璃は選ばれてしまったが、仕事先の店長の伊佐地は選ばれなかった。運命だと思い諦めるしかないのか。それともどうにかしてこの世界を変えてエニシの人を救う術を考えるべきなのか。績は考えた。しかし今どうこう出来るわけではない。若干13歳の子供がどう足掻いてもこの現実を変えることなど出来ないのだ。自分がいかに無力なのかを改めて思い知らされる。績は唇を噛み、怒りを抑えながら家路へ向かった。
家の前では隣に住むおばさんがウロウロと誰かを待っているようだった。績は駆け寄っておばさんに声をかけた。
「どうかしましたか? うちに何か用でも?」
「あ! 績ちゃん! 待っていたのよ。大変なの! 南エリアの15番街で大きな火事があってね。緋璃さんと男の方が慌ててさっき出て行くのを見たのよ。なにかただ事じゃない感じだったわ」
「え、どういうことですか!? なぜ母さんと躑躅さんが・・・・・・」
「分からないわ。ただ、なにか嫌な予感がして、績ちゃんを待っていたのよ。早く15番街に向かった方が良いわ! きっと緋璃さん達がいると思う」
「わかりました!」
「気をつけるのよ!」
「はい・・・・・・!」
おばさんは、顔をしかめ手を祈るように握っていた。績は急いで南エリアの15番街に向かった。何が起きてるのか頭で整理できなかった。おばさんのなにか嫌な予感がする。その言葉だけが頭の中をグルグルと駆け巡った。一体どういうことだ。なぜ母さんと躑躅が。知り合いでもいるのか。それとも。績は頭を激しく横に振り髪を乱しながら走った。
南エリアの15番街はここから走っても30分くらいはかかる。績は顔を歪ませ、呼吸を乱し横っ腹を抑えながらひたすら走り続けた。大きな火事、不安がよぎる。もし母さんに何かあったら。そう考えただけでも吐きそうになる。胸の下の方から得体のしれないものが口から沸き出してくるようだった。
南エリアの15番街に行くには西エリアと南エリアの駅を繋ぐ線路を通るのが一番近道だ。線路は真っ直ぐ南エリアを繋いでいる。昔はきっとここも電車が通っていたのだろう。今は電車は走らない。線路にはゴミや石ころが散乱していて、今では過去の遺物だ。ボロボロの靴からは血が滲み出ていた。きっと爪が剥がれたんだろう。でも、痛いという感覚は全く無かった。ただひたすら績は緋璃が無事であることを願った。
向かう先に大きな黒い煙が立ち上っていた。あそこに違いない。きっと緋璃と躑躅はいる。績は足を止めず向かった。
15番街の近くに来ると、夥しい人集りができていた。皆、慌てふためき街はパニックだった。辺りからは悲鳴も聞こえてきた。火事は思った以上に大きく、目の前には燃え盛る巨大な炎が襲ってくるようだった。
績は当たりを見渡した。これだけの人集りの中、二人を探すのは容易ではなかった。大きな声を上げて績は緋璃と躑躅を探した。
「すいません! 通してください!」
人の群れを避けながら績は探し回った。母さん、母さんと何度も叫んだ。炎は益々強くなり、立ち込める煙は天へと登っていく。
都市部から消防隊が到着し、直ちに消火作業に取り掛かった。だが、もう手遅れだった。炎は消えるどころか広がる一方だった。消防隊は周囲に下がるようにと大声で呼びかけた。そんな時、一人今にも炎の中へ飛び込もうとするものがいた。躑躅だ。そして、それを必死に止めようとしているのは緋璃だった。績は目を疑った。どういうことだ。頭がおかしくなりそうだ。績は二人の元に駆けつけた。
「母さん!!」
「績!!」
緋璃は涙を流しながら顔を歪めていた。躑躅は我を忘れたように今にも燃え盛る火の海へ飛び込もうとしている。
「躑躅さん!! なにやってるんですか!! やめてください!!」
「駄目だ・・・・・・
女性の名前だった。その名前に聞き覚えはない。績は困惑した。
「離せ!! 実日子がこのままでは!!!」
「躑躅さん!! 母さんがいるんだ!! このまま行かすわけには行かない!!」
「実日子は俺の愛する人だ!! 助けなきゃ・・・・・・今すぐ!! あの中いるんだ!!」
績と緋璃の表情が一瞬固まった。躑躅には女がいた。緋璃は身体の力を一気に落としガクンと膝を地面につけた。
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