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 どのくらい経っただろうか、あれから績は菜園で採れた野菜を使ってストーブの上でポトフを作り空縫に食べさせた。気持ちが落ち着いてきたのか、空縫の表情がさっきよりも緩んで見えた。


「温かい、旨いよ」

「良かった」


 空縫はポトフを口に運びペロリと完食した。

 

 績は空縫の顔色をうかがうとさっきから気になっていたことを口にしてみた。


「君の妹はまだどこかで生きているのか?」

「・・・・・・」


 空縫は空になった皿をテーブルに置くと、思い詰めたようにベッドに座る。そして、両手を祈るように握り口元に置いた。


「ごめん、聞かないほうがよかったな」

「いや、いいんだ。妹はきっとまだ生きてる。そう信じてる。」

「うん」

「ただ、スラム街は出てる気がするんだ」

「本当か?」

「スラム街なら隅々まで探した。でも、見つからなかった」

「そうなると・・・・・・LAS《ラス》のほうか?」


 LASはスラム街と反対側にある都市部の街だ。


「いるとしたら、きっとそうだろう。俺はLASの方まで毎日仕事に出向いてる」

「似顔絵のか?」

「そうだ。色々情報を探ってるんだ。知り合いになった探偵にも色々情報を集めてもらってる」

「探偵?」

「ああ、たまたまそいつが客で来てな。すごく絵を気に入ってくれて、それから少し親しくなったのさ。俺には好都合だった。探偵さんを仲間に出来るなんてな。今も妹を探すのを手伝ってくれてる。探すには俺だけじゃ力不足だからな」

「少しは情報を掴めたのか?」

「いや・・・・・・」

「そうか・・・・・・」

「でも、俺は諦めない。妹はきっと生きてる」

「ああ」


空縫の握った両手に力が加わったのがわかった。目にはとても強い意志が伝わる。兄としての厳しさも感じた。績も釣られて拳に力が入る。


「そういえば、お前仕事は大丈夫なのか?」


 ふと、思い出したかのように、空縫は績に尋ねる。


「今から向かったら遅刻だな」

「すまない、俺のせいで・・・・・・」

「いいんだ。緊急事態だしな」


 そう言うと績は少しニタリとして残りのポトフを口に運ぶ。


「前に俺が言ったセリフだな。たく、嫌なやつだ」

「お互い様だろ? なにかあれば助け合う、当たり前の事さ」

「そうだな。でも、こんな姿見せちまって恥ずかしい」

「僕は嬉しかったよ。君にも弱い部分があるんだなって」

「なんだよそれ」


 空縫は子供みたいに口を窄めた。


「今回のことで僕はもっと君のことを大事に思えたんだ。君はなんでも一人でできると思っていたから。でも、そんなことないんだよな。弱い部分があって当然なんだ」

「まぁ、お前はいつも弱々しくて俺が守ってやらないとだしな。親の気持ちがよく分かる」

「なんだと!?」


 空縫の意地悪な言い方はいつものことだが、どうしても無機になってしまう。


「落ち着いたようだし、そろそろ僕は行くよ」

「ああ、悪かったな。それと・・・・・・」


 空縫は俯きながら言葉を選ぶように口籠る。


「ん?」

「・・・・・・ありがとな」

「何だよ急に、僕はただポトフを作ってあげただけだ」

「それももちろんうまかったけど、こういう時、傍にいてくれる奴がいるって思うとまだ人生捨てたもんじゃないのかもな」

「君も大げさな事言うんだな」

「うるさいぞ! さっさと仕事に行っちまえ」

「はいはい、行ってくる」


 ニヤニヤしながら績は小屋を出ていった。小屋に一人だけになった空縫は、また写真を手に取り少し眺めていた。そして、先を見るような眼差しで表情を強めた。


 空縫はいつもの様に仕事の準備をして街へ向かった。靴の底がすり減ったボロボロの靴を履き、ここから徒歩2時間以上はかかる道のりをひたすら歩く。妹を見つける。その強い意志と精神だけで空縫は毎日街へ出向いた。いつも仕事をしている噴水がある大きな公園に着くと、噴水の周りを囲むように作られた階段に腰をかけ、自分で作った手作りの100ガルーと書かれた小さなダンボール箱を横に置いた。そして、スケッチブックを手に取り辺りを見回した。100ガルーは日本円にすると300円くらいだ。


 昼過ぎになると、公園は少し賑わう。会社員の昼休憩にこの公園を使う人が沢山いるのだ。弁当を食べる人、日陰のベンチで本を読んでいる人。芝生で寝ている人。犬を散歩している人。いろんな人がいる。空縫はそういう人達を観察しながら鉛筆を動かす。客はなかなか付かない。いつものことだからあまり気にしていない。そんな中、絵に集中している空縫の前にタバコを吸った黒い服を纏う男がそこにある備えた椅子にドサッと座ってきた。空縫はその男の方に顔を向ける。


「商売はどうだ?」

朱宇岬すうざきか。見ての通りさ」

「こんな良い絵書くのにな」


 朱宇岬は見本に出してある絵を見てそう言った。


「それより、妹の情報は見つかったのか?」


 朱宇岬は空縫が言っていた探偵だった。


「ああ」

「本当か!?」


 空縫は身を乗り出す。


「ただ、あまり良い内容じゃない」

「どういうことだ」


 空縫は眉を寄せる。朱宇岬はそんな空縫の目をじっと見て持ってきた情報を口にした。


「妹さんはもしかしたら、人身売買されたかもしれない」

「っ!?」

「スラム街ではよく人が居なくなる。その中には人身売買の可能性もある。ましてや、妹さんは女だ。売春宿に売られた可能性もある」

「まだ妹はあの時12歳だぞ」

「そういう娘が好きな男は山ほどいる。普通に金になるしよくある話だ」

「根拠はあるのか?」

「ああ、ある男に妹さんの写真を見せたら、なにか思い出したようにこう言った。昔、風俗に行った時、この子らしい女の子を見かけたと。その頃よくそこを使っていたから間違いないと言ってた」

「そんな・・・・・・その場所は突き止めたのか?」

「一応、名前があった場所には行ってみたな、もう潰れていて情報が手に入らなかった」

「くそ・・・・・・まさか、妹は・・・・・・」


 空縫は目を強く瞑り歯を食い縛るとスケッチブックの紙をグシャッと握り潰した。


「まぁ、情報が不十分だし、まだ決まったわけじゃないが、大事なのは妹さんはまだ生きてる可能性があるってことだ」


 空縫はパッと目を開くと希望のような光が目に映った。最悪の展開まで考えていた。しかし、妹がまだ生きている可能性があるなら、それだけでも空縫にとっては十分な情報だった。


「ありがとう、また何かあったら教えてくれ・・・・・・」

「わかった」


 そう言うと探偵の朱宇岬は吸っていたタバコを地面に落とし、靴の裏で火を消すと去っていった。

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