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績は目を大きく見開いた。そこにいた男子はこっちをまっすぐ見ている。その目はすべて受け入れたかのような、堅い使命までもが伝わってくるようだった。績はその瞳から目を逸らした。絶えられなかったのだ。その力強い目線に。
顔をまた俯かせると、冷たく硬い椅子に座らされ、監察官は一度その個室から出ていった。まだ身体が思うように動かない上、意識もぼんやりとしている。でも、鉄で作られた冷たい椅子の感触ははっきりとわかった。椅子の端を手でギュッと掴み、そのひんやりとした手触りに一瞬意識が明瞭になる。
どのくらい沈黙が続いただろうか。時間もわからずに身体はまだいうことをきかなかった。ずっと俯いたままだったが、績の前にはさっきいた男子の気配がひしひしと伝わってくる。小刻にガクガクと体を震わせて、この状況に怺えていた。すると、対面にいた彼がぼそっと呟いた。
「一緒にここで死ぬか」
「――っ!!」
績は俯いていた顔をはっと上げた。彼は変わらずこっちをじっと見ている。績は身じろぎ少し涙ぐんだ。その強い視線は死を望んでいる目ではなかった。そう、どうするか績に問いかける言葉だった。待っている間、個室から何度も争って血を流して出てくる人達を見て人間の弱さをまじまじと見てきた。そんなのは嫌だった。
「嫌だ・・・・・・僕は生きたい」
「なら生きればいい。一緒に生きるんだ」
績は一気に震えが止まった。その言葉を聞くといままで出したことのない大粒の涙が太腿に張り付いたように力の入った手の甲にポタリと落ちた。
当時、績は13歳。彼は14歳だった。そんな年頃の子が言うような言葉ではなかったが、それだけスラム街は強い精神と生き抜く強さと賢さを持たなければ生きていけないのだ。
薄ぼんやりとした個室の中で、績はゆっくり彼の方に視線を向けた。彼は違う方を向いていた。彼の横顔はとても整っていたし大人びている。髪や肌は汚れていたがそれでも綺麗だった。績は自分の容姿や内面の子供っぽさに少しため息を漏らす。彼の目を見てみる。横顔からでも分かるくらいどこか遠くを見ているようだった。
じっと彼に見入っていると、彼は少し顔を上げ声を発した。
「なにか言いたそうだな」
「え!? いや、その・・・・・・」
すると彼はニヤリと績の方を見てきた。
「何かお話でもする?」
子供をあしらうような、少しクスッと面白がるような口調で績に提言してきた。ひとつしか違わないのにすごく彼が余裕に見えた。
「ぼ、僕は別に・・・・・・」
「ならどうしてそんな物欲しそうな目をしている」
「ち、違う!! 僕はそんな目で見ていないよ!!」
「ははは」
思わず席を立ってしまった績に彼はそう言って笑った。焦りを隠せない績は一度小さく呼吸をして気持ちを落ち着かせた。そして、ゆっくりとまた席につく。その後、少し張り詰めた気持ちが緩んだ気がした。なんとなくいつもの自分に戻ったようなそんな感覚だ。
個室には牢獄のような小さな鉄窓があった。そこからは綺麗な月が見える。雪が降っているせいか、外は淡く、深い青と白が混ざったような一段と神秘的な光を放っていた。
「君の名前は・・・・・・?」
績は少し勇気を出して聞いてみた。
「――
空縫は月を見ながらそう言った。
「僕は績――」
「績・・・・・・あの月みたいに綺麗な名前だな」
績は一気に顔を赤らめた。汗がざっと出るような、思わず何処かに隠れてしまいたい心情だった。空縫はまたそんな績の反応を見て小さく笑ってみせた。
「――空縫は意地悪だね」
頭を少し掻きながら照れくさそうに績は言う。すると空縫はまた意地悪そうに笑い、月に目線を戻した。そんな彼をみて、ふと思った。空縫は絶望なんかしていない。その逆で何かを知り希望に満ちた顔をしている。なぜかは分からないが、空縫から放つ生気がひしひしと伝わってくるのだ。
「手を貸せ」
空縫はおもむろにそう言って績の前に右手を伸ばしてきた。少し驚いた顔をみせ績は頭の上に疑問符を浮かばせ首を傾げた。
「どうして?」
「いいから!」
少し強引に績の手を掴み爪を立ててきた。
「痛いっ!! なにするんだよ!」
思わずバッと空縫の手を振り放した。腕を見ると少し赤く爪の跡が残っている。
「うん、俺にも伝わる」
「え?」
「電気のようなものが体の深いとこで走るんだ」
「なに? どういうこと?」
空縫は分からないのかと鼻を鳴らしてこう言った。
「俺たちはもう繋がってるってことさ」
績は肩を下ろした。最初は何のことか気付かなかったが、今の言葉ではっきりとわかった。空縫の言葉が何度も繰り返し績の脳裏に響いた。もう、二人はひとつなのだ。
「僕たちはもうこの現実から逃れることはできないのか・・・・・・」
「俺は最初から逃げるつもりはない。どんなことでも立ち向かったやるさ」
「君はどうしてそうやって冷静でいられるんだ?」
「冷静? さぁな。まぁお前とは違って、お子ちゃまじゃないしな」
空縫はそう茶化すように唐突にまとめた。
「君は! 意地悪で人を馬鹿にするし、でも大人で強くて・・・・・・」
績の言葉は少しずつ小さく力を緩めていった。
「お前、それ褒めてんの? 貶してんの? どっちだよ」
空縫はクスクスを肩を動かして笑った。ほんの少し頬を膨らませ、績は眉をひそめる。
「おいおい、そんな怒んなって」
そんな績の頬を空縫は片手でつまんだ。
「またそうやってからかう! いい加減にしろよな!」
つまんだ指を払い、績は腕を組みそっぽを向いた。
「お前そういうとこお子ちゃま丸出しだぞ」
「うるさい!」
やれやれとした顔を浮かばせそっぽを向く績の後ろ姿を空縫は優しく見ていた。
――ガシャン!!
重たい鉄のドアが開いた。
「時間だ」
短い言葉で空間を断ち切るような監察官の言葉が小さな個室に響く。長いようで短い時間だった。こんな状況なのに、思いのほか普通に話せた績は自分でも驚いていた。きっと相手が空縫じゃなければ、違った結果になっていただろう。績はそう確信していた。なぜかはわからないが、そう思うのだ。績たちはこれからどう生きていくのかまだ考えていなかった。いや、考えられなかったのだ。大人でも
この計画で亡くなった人々は約半数にも及んだ――。
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