ENISHI
月冴ゆる
第一章 繋がれた者たち
1
――2059年、夏。
この国は間違いだらけだ。絶対君主制であるこの国は王が絶対的な権力に握っている。2020年戦争ののち、他国との関係をすべて断ち切った。食糧難、資源不足など色々な問題が起こりだした。人口は増える一方で国の経済はどんどん失速していった。そんな中、王は今年の夏とんでもない考案を出したのだった・・・・・・。
人口を減らしていく図らいで、市民の《 いのち 》をふたりでひとつにしていく計画だ。選ばれる人間は貧困層の中でランダムに決められる。自分で相手を選ぶこともできず、ただ決定に従うしかなかった。決定に逆らったものは直ちに刑罰を受けることになる。
選ばれた人々は、恐怖に耐え切れず自殺、逃亡、犯罪が増加しスラム街の治安は益々悪化し、掃き溜めのような場所になっていった。ボイコットを起こす人々もいたが計画は皆の意に反して着々と進み、その頃にはもう人々の顔に諦めの色が浮かび始めていた。
「実行までもうすぐか・・・・・・」
「俺たちはもうこれで終わりか・・・・・・」
「私は誰かもわからない相手といのちを一緒にされるなんてごめんよ!」
「こんなの間違ってる・・・・・・」
「俺は逃げるぜ」
「どうやってだ? それに逃げたとしても捕まるのがおちだ。」
「じゃあどうすんだよ、ただ俺はここでじっとしてることなんてできねぇ」
「待て! やめとくんだ。捕まったらきっと処刑されるぞ! そういう国なんだ!」
「私も行くわ、どうせこのままじっとしてたっていのちを
「待て! 早まるな!」
「離して! もう王の言いなりなんてごめんよ!」
スラム街の人々の中ではあちこちでこういう言いあいが飛び交う。王の陰謀に皆、押しつぶされそうになっていた。
そして、とうとうその計画が実行に移された。それは12月の冬の時期だった。
選ばれた人々はある灰色の壁が立ちはだかる巨大な施設に呼び出され番号を腕に記された。そこでは名前は呼ばれず番号で呼ばれた。ものすごい数の人々が列を作り、ろくな服も着られない貧困層の人々は白い息を吐きながら凍えそうな体を抱え並んでいた。順番を待ち、実験室へと呼ばれていくとその中に入ったものは皆、悲鳴を上げて泣き叫んでいた。列にいるものは、その悲鳴に耳を塞ぐもの、逃げ出そうとするもの、子供は泣きだし、ほとんどパニック状態だった。そのあと実験室から出てきたものは、大半放心状態で気絶しているものも見受けられた。そして、監禁部屋のような冷たい鉄壁の個室へと1人1人回されていった。選ばれた者同士、諍いになり殴り合うものや狂ってしまうものもいる。どうしても絶えられないものはその場で舌を噛んで自殺するものもいた。そんな争いが数えきれないほど延々と並ぶ鉄壁の個室から聞こえてきた。
「ハァー」
当時13歳だった
「大丈夫かい? 寒いだろ。こんなものしかないがかぶっていなさい」
お爺さんは績にボロボロの帽子をかぶせてくれた。色んな所に穴があいているし汚れているけど、績にはその帽子がとても暖かく感じた。
「ありがとう・・・・・・」
績は、お爺さんの顔をみて消えそうな小さな声でお礼を言った。本当はもっとしっかりとお礼を言いたかったが、寒すぎて口が上手く動かなかった。気温は正確には分からないが、体感的にマイナス10度はいっているだろう。お爺さんの髪や髭、眉毛やまつ毛もすべて白くなっていた。唇も真っ青だった。なのにこの帽子をくれた優しさに申し訳ない半分、感謝の気持ちでいっぱいになり涙を浮かべた。お爺さんはそんな績の頭を優しくポンと叩いた。
ふとその時、お爺さんは窓の外を見た。
「おぉ・・・・・・雪じゃ」
績はお爺さんの見る先へ視線を移した。そこには夜空に散る花びらのような軽くフワフワとした雪が降り注いでいた。
「・・・・・・綺麗」
績のその微かな息を吐くような言葉にお爺さんはうっすら表情を緩めた。
「今年の冬も厳しくなる・・・・・・」
窓の方をみてお爺さんはぼそっと呟いた。
スラム街には暖房設備なんてものは存在しない。人それぞれ知恵を絞り、火をおこし焚き火や廃棄された旧式のストーブなどを用いて凌いでいる。この季節になると街角では凍死する人も見かける。本当に悲惨な光景だ。
冷たい機械的なアナウンスがまた響いた。
「ワシだな」
「・・・・・・お爺さん」
「ん?」
績はお爺さんの方を見てぎゅっと手に力を入れ眉をひそめた。なにかを言ってあげたかったが、言葉が見つからなかった。お爺さんはそのことを悟ったのか、優しく目を細め軽く肩に手を置きポンポンと2回叩いてから績と反対側を向き奥へと消えていった。績はグッと噛み締め、窓の外を見た。
績は、震える手を抑えながら次で呼ばれるであろう自分の番を待った。
――母さん、大丈夫だろうか
母親の名前は
緋璃は5年前にスラム街に来てから娼婦の仕事をしている。毎日朝方に帰り汚れたドレスにはタバコの臭いが染みついていた。酔って帰ってはそのまますぐ寝床につく。績のことは見向きもしなかった。その頃8歳だった績は部屋の片隅でいつも壊れた音もまともに出ない小さなおもちゃの鍵盤を弾いていた。績は音楽が好きだった。昔はいつも緋璃の鼻歌を聞いて過ごしていた。料理をするときもお風呂に入る時も績を寝かしつける時もいつも緋璃は歌っていた。昔はとても優しかった。穏やかで、温かくて子供のことを一番に考える母親だった。それが、ここにきてからは変わってしまった。この土地はそれだけ厳酷で穢く人を変えてしまうのだ。
『104550、中に入れ』
ふと現実に返ったように、機械的なアナウンスが頭に響いた。
――僕の番号だ。
ゴクリと息を呑み、顔を上げた。最初から逃げる場所なんてなかったが、それでも此処じゃないどこかへすぐにでも逃げ出したかった。
中に入ると怪しげな装置が用意されていた。実験台のような所に体を縛り付けられ、これから何をされるかもわからない恐怖に績は今まで押さえ込んできた叫びのような感情が一気に涙として溢れた。
――――イヤだ、イヤだ、イヤだ!!!
頭になにか装着されたかと思うと、一瞬意識が遠のいた。全身になにかが走るような感覚と何かを埋め込まれたような感触があった。身体から魂が抜け落ちるような、色んな物が走馬灯のように走りだした。
白衣を着た凍りつくような声の男に頬を叩かれ績は目を覚ました。どのくらい経ったのかわからなかったが、きっとすぐに終わったのだろう。頭の奥のほうには鈍い痛みが残っていた。績はすぐに立たされ、身体に力も入らず意識が朦朧とする中、幾つもある個室からもう決められていたであろうドアの前へと誘導された。重そうな鉄のドアには《 107 》と刻まれていた。
「入れ」
監察官はそう一言冷淡な口調でいう。績はその小さな冷たい鉄壁の個室へと足を踏み入れた。ずっと俯いていた顔を上げてみると、そこには績と変わらないくらいの男子が一人座っていた。
――そう、それが僕の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます