6

 次の日、績はまだ薄暗い時間に起き始めた。空縫はまだ寝息を立てている。外からは綺麗な鳥のさえずりが聞こえた。こんなに早く起きたのには理由がある。夜に餌を届けないといけない。目を擦りながら手作り感たっぷりのドアを開けてみる。当たりを見渡してみると、来たときは暗くて分からなかったがそこには小さな家庭菜園があった。績は菜園に近づくと、いろんな野菜が植えられているのがわかった。どれもみずみずしく育っている。


「空縫が育ててるのかな」


 ふと独り言を言う。


 績が野菜についた天道虫を眺めていると、小屋の中から空縫が眠そうに大あくびをして出てきた。頭には寝癖がついている。


「おはよう」

「おはよう、早いな」

「うん、夜に餌あげに行かないと」

「そうか」

「それより、君が生き物を育ててたなんてな」

「生き物って、おおげさだな」

「だって野菜も生き物だろ?」

「まぁ、そうだな」

「また意外な一面を見た気がするよ」

「そうか? 13歳のガキが一人で暮らしてるんだ。できることはやらないと、食っていけない」

「うん。君は本当にすごいよ」

「お前はちょっとしたことで褒めすぎだ」


 空縫は実ったトマトを引っこ抜くとそのままガブリと被りついた。


「お前も食ってみろよ。うまいぞ」


 渡されたトマトを績も同じように被りつく。


「うまい」

「だろ?」


 空縫はにーっと歯を見せた。


「あ、待ってろ」

「ん?」


 突然、空縫は小屋の方へ走っていった。ややあって小屋から出てくると。なにかを片手に掴んでいた。


「これ、夜にやれよ」

「パン?」


 空縫はパンの切れ端を持ってきた。


「今こんなもんくらいしか猫にあげられそうなものがない」

「いや、十分だよ。ありがとう」

「いいってことよ。ほら行くんだろ? 夜がお待ちかねだ」

「うん、行ってくる・・・・・・空縫」


 小屋に入っていく空縫を呼び止めた。


「どうした?」

「また泊まりにきてもいいか?」


 その言葉を聞くと、空縫はニコリとして「おう」と一言、績に向けて言い小屋に入っていった。


 績はもらったパンを片手に夜のいる場所へ足早に向かった。するとそこにはいつもと違う夜の姿があった。なんだか座り方がおかしいのだ。片足を守るように座り体力も消耗している様子だった。


「夜!」


 績はすかさず夜に近づいた。夜は怪我をしていた。喧嘩でもしたのか片足には噛みつかれたような傷跡と痛々しい出血があった。このままだと傷口が化膿してしまう。すぐに綺麗な水で洗い傷口をふさがなくては。しかし、績は悩んでいた。夜をこのまま家に連れていくのは緋璃が嫌がるに違いない。緋璃は動物がすごく苦手だった。きっとヒステリーでも起こしてどこかへ捨ててこいと怒鳴られるに違いない。績は考えた。もうこれしかないと。


 夜を抱えて績は必死に走った。林を抜けて目指した先は空縫のいる場所だ。きっと空縫なら大丈夫だ。だって、あんなに優しく夜を撫でていたのだから。走りながら績は思いを巡らせた。小屋につき、思い切りドアを開ける。


「空縫!!」


 何事かと一方ならず驚いた様子で空縫はこっちを見ていた。


「どうした!?」

「ごめん、突然。夜が怪我をしててこのままじゃ化膿して死んでしまう」


 空縫は夜の傷をみて直ちに綺麗な水と治療セットを用意した。


「こんなものどこで」

「前に廃棄処分されてきたゴミの中で見つけたんだ。よし、見せてみろ」


 そう言うと、夜を抱えて傷口を水で洗い消毒と包帯を巻いてくれた。夜は辛そうにしていたが、程なくして安心したのか眠ってしまった。


「ありがとう、空縫」

「いいさ。ただ、なんで俺のとこに? 母さんとこ連れていけばよかったんじゃないのか? あの場所からここまで遠かったろ」

「いや・・・・・・母さん動物が苦手なんだ」

「そうなのか・・・・・・」

「死ぬのが嫌なんだ。こんな状態の猫を持ち込んだらきっと母さん泣いてしまう」


 績は優しく夜を撫でながら顔を曇らせた。そんな績に空縫はこう言った。


「怪我が治るまでここで世話すればいい」

「いいのか?」

「ああ」


 その言葉を聞いて績はほっとしていた。それと同時にやはり自分の思った通りだと思った。空縫は受け入れてくれた。


「君には感謝してる」

「なんだよ急に」

「君にはいつも助けてもらってばかりだ」

「別に俺はなにもしてない」

「してるさ。初めて出会ったときから。きっと僕は君じゃなければあそこで命を絶ってたかもしれない」

「大げさだな。別に俺じゃなくてもお前は生きていたさ」

「わからない。けど、そう思うんだ」

「なんだよそれ」


 根拠もないことを言う績に空縫は小さく首を傾げた。


「さ、俺はちょっと出かけるぞ。お前はどうする?」

「僕も一度家に戻ってからそのあと仕事に行かないと。でも夜が心配だな」

「大丈夫さ、俺は一旦昼には戻るし。今はぐっすり眠ってる」

「そうか、ありがとう。じゃぁ夜。安静にしてるんだぞ? また仕事終わったら戻ってくるからな」


 そう丸まって眠っている夜に声をかけると小屋をあとにした。


 績は一度家に戻った。すると家の前で緋璃が立っていた。心配した顔を浮かべ落ち着かない様子だった。


「母さん!」


 緋璃に向かって声を上げ走った。寝てないのか少し顔が疲れた様子だった。


「績!! どこ行ってたの!! 母さんすごく心配したのよ? 今まで家をあけたことなんてなかったじゃない」

「ごめん母さん。ちょっと友達の家に泊まってたんだ」

「友達? どんな子?」

「いいやつだよ」

「女の子? 男の子?」

「男だよ」

「そう・・・・・・もう、それならそうとちゃんと母さんに伝えてから出てね。本当に心配したんだから」


 少し意外だった。緋璃がここまで心配してくれているとは思っていなかった。績は少し反省した。緋璃は思っている以上に自分のことを大事に思っている。


 家に入ると績は仕事の準備を始めた。そして緋璃に何気なく聞いた。


「躑躅さんは?」

「もう仕事に出かけたわ」

「そう・・・・・・」

「ねえ」


 緋璃が台所の方を向き、績にぽつりと言った。なにかその一言がとても大事なことをいう前触れのように重く感じた。


「ん?」

「母さんがもし躑躅さんとこのまま暮らすって言ったら績どう思う?」


 とうとう来たかと緋璃の言葉に動揺を隠せなかった。


「ぼ、僕は・・・・・・」


 部屋に妙な沈黙が続いた。お互いの思いが言わなくても痛いほど感じていた。


「績が嫌ならそれでいいのよ。母さんは大丈夫だから」


 いろんな思いが口から吐き出しそうなくらいいっぱいになった。重い空気の中、そして意を決して績は緋璃に伝えた。


「僕はそれでもいいよ。母さん、躑躅さんきてから楽しそうだし。僕も嬉しいんだ」

「本当に? 無理してない?」

「ああ、母さんが少しでも幸せならそれでいい」

「績・・・・・・」


 緋璃は目に涙を溜めていた。今にも泣きだしそうな顔だ。そんな緋璃を見て績は微笑んでみせた。

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