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 緋璃はいつにも増して荒れていた。績に当たることはあまりしなかったが、いのちを運命共同体シェアして間もなくは、心に余裕もなくなり績を怒鳴りつけるようになっていた。時折、哀哭あいこくの声をあげることもあった。緋璃のエニシは見知らぬ男性だった。優しそうではあるが、なにか雰囲気が怖かった。


 いつかの昼間の出来事だった。


「母さんは、績のためにこんなやりたくもない仕事して、毎日必死で働いてるのに、あなたはありがとうの一言もないのね!」

「母さん、ごめんなさい・・・・・・」

「あなたみたいな子生まなきゃよかったわ!!」


 吐き捨てるように緋璃は績を怒鳴りつけた。績は啜り泣くように両足を抱え身体を丸めた。そんな姿を見た緋璃は急に顔を歪ませた。


「ごめんなさい、あなたは私の大事な息子よ。母さんが悪かったわ・・・・・・」


 そう言って我に返ったかのように涙を浮かばせ績を抱きしめる。そういうやり取りが最近何度かあった。緋璃は精神的にも肉体的にも非常に疲れきっていた。このままでは緋璃は壊れてしまうと績の心は落ち着かなかった。


 そんなある日、緋璃のことを心配してエニシである躑躅つつじは緋璃と績の家に通い始めた。その頻度は日に日に増していく。こういうことはよくあることだ。いのちを運命共同体シェアしてるのだから、お互い助け合っていきたい、守っていきたいという感情は普通なのかもしれない。知り合いにもエニシで一緒に住み始めたものもいる。躑躅が来てから緋璃は少しずつ笑うようになった。きっと躑躅のおかげかもしれない。績は少し安堵感を覚えた。緋璃に笑みが戻っていくことがなにより嬉しかった。


ある日の夜。


「今日はお肉を用意出来たの。久しぶりよね。躑躅さんもどうぞ」

「うまそうだ。よかったな、績」

「白ご飯たくさん炊いたからおかわりも遠慮しないで言ってね」


 久しぶりに夕御飯を一緒に食べた気がする。いつも緋璃はこの時間は仕事で、績は家で一人だった。躑躅はもうほとんど同居する間柄になっていた。躑躅の仕事は町の修復作業に携わっている。力仕事でいつも身体は汗臭かった。


「躑躅さん今日も泊まっていく?」

「良ければそうしたいけど・・・・・・」


 2人は績の方に目線を向ける。その視線は少し痛いものを感じた。


「僕はいいよ!」


 績は口数少なくそういうとご飯をかきこみ早々に席を立ち、食器を片付けにいった。食器を洗っている後ろでは緋璃と躑躅のクスクスと仲よさげな会話が聞こえてくる。績は食器を洗い終えると、一言緋璃に「外に出てくる」と言い靴をしっかり履き終える前に家を飛び出た。緋璃は「あまり遅くならないのよ」と忠告すると、すぐ躑躅の方に顔を戻した。


 わかっている。わかっているけど――。

 

 やはり知らない男性といちゃつく母親の姿はあまり見たくない。駆け足で目指した場所は、辺り一面崩れた建物が広がる少し盛り上がった丘のようなところだった。績はそこに座り込むと満天の星と大きな月を眺めた。


「こんな時間にか細いぼっちゃんが一人危ないんじゃないか?」


 暗い影から績の頭部に声が響いた。

績が振り向くとそこには空縫がニヤリと立っていた。


「空縫・・・・・・」


 績は少し力のない声でそう言った。


「元気ないじゃないか、なにか悲しいことでもあったのか?」

「どうせ君は知ってるんだろ?僕のストーカーだもんな」

「なんだと!? もう一度言ってみろ!」


 空縫の拳に少し力が入る。


「冗談だよ。母さんに男ができたんだ」

「そうか・・・・・・」

「まぁ、正確にいうと、母さんのエニシさ」

「ああ」


 少しの沈黙が流れた。風が止まったような感覚が続く。


「嫌か?」


 空縫に不意をつかれ少しピクッと身体が動く。


「嫌じゃないさ! それで母さんが幸せになるならそれでいい・・・・・・」

「嘘つきだな」

「君に言われたくない!」

「今にも泣きそうだぞ? 僕のママが知らない男に取られちゃう、嫌だ嫌だ!! ってな」

「うるさい!! 君に何が分かる」

「そんなお子ちゃまな気持ち分かってたまるか」

「・・・・・・」

「すまん、ちょっと言い過ぎた」

「いいんだ、本当のことだし。僕はお子ちゃまだ」


空縫は少し前に出るとこう言った。


「そんなことないさ、今こうやって生きてる。強い人間じゃなきゃ出来ないことさ」

「僕は弱いよ」

「お前は強いよ。じゃなきゃあの日。施設であった日に他の奴らと同じようにいのちを絶っていたさ」


 空縫は遠くを見るようにそう績を慰めた。


「君には家族はいないのか?」

「ああ、もうとっくに死んでる」

「そうか・・・・・・ごめん」

「何謝ってんだよ。別に今更どうってことない」

「あるさ! 君は強がってるだけだ――」

「俺の何が分かるんだ!」


 空縫はいきなり績の胸ぐらを掴んできた。指は少し震えている。績はそんな空縫の数センチ先にある目を見てゴクリと喉元も動かす。ややあって掴まれた指が緩んだと思うとバッと振り離された。


「俺のことはいい。さぁ、帰るぞ。時間も遅い」


 そう言って歩き出しても、振り返ってみると未だに座り込む績の姿があった。それを見ると空縫は急に走りだした。


「見ろよ! そこから見ると今にも掴めそうじゃないか?」


 崩れた建物の上から空縫は月に手を伸ばしていた。


「君ってやつは」


 空縫のその突拍子もない行動に績は少し表情を緩ませた。


「俺の家にくるか?」


 驚いたように空縫を見る。


「君の家・・・・・・?」

「おい、別に誘ってるわけじゃないぜ?」


 意地悪そうに言うその空縫のという言葉に顔が少し熱くなった。


「バカか! 男にそんなこと言われても嬉しくない!」

「お前はすぐ真に受けるのな。そんなんで疲れないのか?」


 やれやれと頭を横に振り空縫は俯く績にため息をついた。


「行くぞ」


 績の手を取り空縫は歩き出した。


「でも、母さんにあまり遅くなるなって」

「たまにはいいだろ? 本当お子ちゃまだな!」

「それをいうな・・・・・・」


 また俯く績に空縫はクスッと笑った。

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