7 なめくじ宇宙人となめくじ男 その2

「さあ、聞かせてもらうおうか。ぼくが踊乙音だと当てた根拠をね。ただし、もったいぶるのだけはやめてくれよ、そういう昔の探偵みたいなマネはいらないから」

 放課後の体育館裏で黒井がオレに尋ねる。オレは手短にさっさと話してやることにした。赤く腫れた頬をおさえながら。

「ああ、なぜきみの顔がひどく腫れているのかは話さなくていいよ。きみがほしいちごに殴られてるところはしっかりとこの目で観察したからね。それでもう一度訊くよ。ぼくはミスしたつもりはなかったんだけど、どこがおかしかったの?」

 見てたんなら、止めろよ。さっきから表情を一切、変えずに疑問を投げかけてくる黒井に対して、とことん順序立てて説明してやることにした。

「お前の演技は、ほぼ完璧だった。特に星野に関するときは、初対面のように振る舞っていたから、星野が気づかなかったのも無理はない。ただ、今から考えてみると、おかしなところがふたつあった」

「ふーん。まずは一つ目から聞かせてくれないか?」

「黒井が転校してきたとき、星野を初めて紹介したことがあったよな」

「ぼくが江久保に初めて会ったときのことじゃないか、よく覚えてるよ。それがどうかしたのかい?」

「あのときオレはお前にこう言った『となりの席の女子には気をつけろ』と。あのときオレは気づかなかったが、黒井の両隣の席はふたつとも女子だった。それなのに、お前は迷わず星野がいる席に近づいた。お前は知っていたんだ。ふたつの席に座ってる内のだれが星野かを」

 オレが指摘してみせても、黒井の顔からは動揺した様子はうかがえなかった。代わりに、黒井は反論を口にする。

「あのとき江久保は『気をつけろ』と言ったよね。目つきが悪くて背の高い左隣の女子、つまりほしいちごと特に目立たない右隣の普通の女子、ええとももさんて言ったけ。そのふたりのどちらを気をつけなければいけないかくらい、ひと目見ればわかると思ったんだけど」

「それだけじゃない。もうひとつは、お前が初めて星野を『ほしいちご』と呼んだときだ。あのとき、あまりにもぴったりなあだ名だったので気にしなかったが、初めてオレはあのあだ名を聞いたんだ。あのあだ名はお前のオリジナルかもしれないが、星野の反応が少し妙だった。あのとき星野は『そのあだ名だけはやめろッ!』と言った。普通、初めてあだ名で呼ばれたら、とっさにあんな反応なんて、できないはずなんだ。特に『ほしいちご』なんて変なあだ名じゃ、だれのことを差しているのかなんて、すぐにはわからない」

 星野の本名は一后星野だ。わざわざ並べ替えて呼ぶなんて、めんどうなことはしない。

「ぼくがきみの見ていないところで『ほしいちご』とすでに呼んでいたかもしれないじゃないか?」黒井がまた反論する。その反論も予想の範囲内だ。

「オレもそう思ったから、深くは考えなかった。三日前、先週の金曜日に星野が言った言葉の意味に気づくまではな」

「先週の金曜日というと、ぼくが女性に化けてきみにキスを迫ろうとしたときのことかい?」

「それもあるけど、今言ってるのはそのことじゃない。星野がニセ間城の正体に気づきそうになったときのことだ。そのとき星野はこう言った。『あたしが知ってる中で、『ほしいちご』と呼ぶのは今はひとりだけ』と。この『今は』の部分が妙にひっかかった。この口ぶりじゃ、まるで昔は星野を『ほしいちご』と呼ぶ人物がいたみたいに聞える。だから、星野から踊乙音のことを聞いたとき、ためしに尋ねてみたんだ。答えは当たりだった。星野を『ほしいちご』と呼ぶ人物は乙音だった。『ほしいちご』なんて変なあだ名考えつくヤツなんて、ふたりもいないと思った」

「それだけでわかったのか?」黒井の顔に余裕の笑みが浮かぶ。

「これだけでわかったなら、星野も気づいただろう。でも星野が気づかなかったのは、乙音がなめくじ宇宙人だと知らなかったことが大きい。でも、オレは知っていた。黒井が女性にも変身できることもな。だから、オレは黒井と乙音が同一人物だとわかったんだ。その様子だと、やっぱり当たってたみたいだな」

「うーん、よく当てたと言うより、よくそんな細かいセリフを覚えていたね。案外、江久保は記憶力がいいんだね」満面に笑みを広げる黒井。

「オレだって、星野から踊乙音のことを聞くまで忘れていた。でも、踊乙音と黒井は同じなめくじ宇宙人だから、なにか関係があるんじゃないかと思った。その瞬間、いろいろなことが記憶の底からよみがえってきたんだ」

「きみが言った通りだよ。ぼくは三年前、地球人の女性に変身して、ほしいちごが当時通っていた中学に転校した。『踊乙音』としてね」

 遠い昔に想いを馳せたような目を黒井はしていた。

「目的はなんだ? ひまつぶしって言うのはウソなんだろ?」

「今の調子だと、そのことも少しは見当ついてるんじゃないか?」

「だいたいはな。勘だけど」

「いいね、勘。聞かせてもらおうじゃない? もしかしたらまた当たってるかもよ。勘が二度も当たるとは思わないけど」ニヤニヤした笑みを崩さず、黒井はオレの肩に手を置いた。

「お前のことだから、おおかた発売前の商品を地球人で実験するつもりだったんだろう?」

 そう言うと、オレの肩に置かれた黒井の手がすぐに離れた。

「どうしてすぐに当てちゃうかな、江久保は? もっとじらさないと、昔の探偵みたいにはなれないよ」

「そんなことどうでもいいんだよッ!」

 ていうか、昔の探偵みたいなマネはいらないんじゃなかったのかよッ!?

「オレが間城に本当のことを話そうとしたのをお前が止めたのは、間城の人格が破壊されるところを見たかっただけじゃない。地球人にさかさまホンを使ってみたら、どうなるかの調査をしたかったんじゃないか?」

 黒井に詰め寄る。顔がくっつくらい近づいたが、黒井は返事をしなかった。しかたなくオレは話をつづける。

「お前にさかさまホンを無理やりつけられたときのことだ。初めてみんなの心の声を聞いて落ちこんだオレは、さかさまホンをはずせと言った。そのとき、お前はこう言ったじゃないか。『わかったよ。はずしてやるよ。ちぇっ、もっといいデータを取りたかったのに』って。これだけじゃない。まだあるぞ。さかさまホンを本当の心の声が聞える機械だと偽って間城につけさせるときも、こう言った『それは……最高におもしろいな。まったく新しい実験データが取れるかもしれん』と。このふたつの言葉は、好奇心からくるものではなかったということを示している。つもり、お前にとってはすべて仕事だったんじゃないか?」

「まさか、そこまでバレてるのか?」感心したような声が黒井の口からもれる。

「じゃなきゃ、こんな必死こいてオレを止めた理由がわからない。それに、さかさまホンに水をかけないとはずれないロック機能がついていたのもおかしかった。どう考えても、イヤがる実験体が勝手にはずさないためとしか思えないからな。どうせお前の会社が倒産したというのはウソなんだろう?」

「まいったな。すべてお見通しじゃないか。きみのお察しの通り、発売前の商品の実験データを会社に送っていたんだよ」黒井は白状して、やっとオレの言うことを認めた。

「やっぱりな。ハートホンの使用が法律によって禁止されたというのも、さかさまホンの発売停止が決まったというのもウソなんだな」

「それは本当だよ。ただ闇の販売ルートではハートホンは人気商品なんだ。じきにさかさまホンも流通されるだろう」

「じゃ、地球にいる宇宙人が全部ホームレスというのはどうなんだ?」

「地球みたいなへんぴなところにいるのは、地球人を実験体にする危ない会社の社員ぐらしかいないよ。そもそも日本の社会問題が宇宙全体まで及んでるわけがないだろう」

「お前たちの世界では、地球人に人権はないのか?」

「ないね。地球人みたいな下等な人種どうなろうか、ほとんどの宇宙人は気にもかけない。一応、法の上では、地球人も含めたすべての宇宙人どころか、ロボットやクローンにさえ平等だとなってはいるが、こんなところまで監視の手は行き届いていない。現に一年のうちに世界中で何人の地球人が行方不明になると思ってるんだ? そのうちの何割が宇宙人の仕業じゃないとだれが言い切れるんだ? 地球人には人権などないに等しいんだ!」

「じゃあ、なにやってもいいって言うのかッ!?」声を張り上げて叫ぶように問い詰める。

「ああ、なにやってもいいんだよッ! お望みなら何度も言ってやるよ。なにやってもいいってなッ!!」オレに負けないくらいの大声で黒井は言い返した。

「じゃあ、なんで三年前、星野の前から突然いなくなったんだッ!!?」また問い詰める。

「これ以上、ぼくがいてもいなくても実験に支障はないと思ったからね。今回、地球に来たのは、さかさまホンの実験もあったが、地球人が怪力シートを長年使ったら、どうなるかの経過報告をするためでもあったんだよ」

「じゃあ、星野とは親友じゃなかったのか?」今までは比べものにならないくらい小さな声で、オレは疑問を口にした。

「なんだ、それ? どうしてぼくが地球人とそんな関係にならなければいけないんだ? そもそも別の星の人間同士が仲よくできるわけがないだろう。ぼくときみたちはまったくちがう生き物なんだからッ!!!」邪悪な笑みが黒井の顔に浮かぶ。

「じゃ、じゃあ……」言葉が途切れた。この質問を言う勇気が今のオレにはない。

 それでも、黒井はオレに対して乱暴な言葉を投げかけつづける。

「どうした? 遠慮せずに言ってみろよ。訊きたいことがいっぱいあるんだろ!! なんでも答えてやるよッ!! その代わり、こっちもなんでも言ってやるからなッ!!! そんな必死になって、お前、ほしいちごに惚れ」まくし立ててくる黒井に対して、思い切ってこの質問を口にする。

「じゃあ、なんで星野だけ記憶を消さなかったんだよ? 他のみんなは踊乙音のこと忘れてるというのに、どうして星野だけ覚えてるんだよ?」

 ときが止まったかのように静かになった。

「……まさか、その質問がくるとはな」穏やかな口調だった。まるで驚きのあまり素に戻ったかのような反応だ。

「どうした、なんでも答えてくれるはずじゃなかったのか?」

「……他の質問にしてくれない?」だらしない笑みが黒井の顔に浮かんだ。

「しないッ!!! お前が星野の記憶を消さなければ、星野が最悪の形で親友と別れるなんて思いせずに済んだんだッ!? どうしても答えてもらうぞ!」

「じゃあさ、ぼくが答える前に、江久保がぼくの質問に答えてくれる?」

「なんだよ?」

「ほしいちごのこと好きなの?」

 突拍子のない質問に思わず目が点になる。

「別に好きでもキライでもない」

「どっちなんだよッ!」

「どっちでもない。あんな乱暴な女、恋愛対象として見ていない」

「じゃ、なんでほしいちごのために、ここまでやるんですか?」急に敬語になる黒井だった。

「なんでだろうな。しいて言えば、ほっとけないからかな。それに、一生懸命がんばったのに、むくわれないのは悲しすぎるから」

「ホントわかんないね、地球人は。少なくともきみはそんなこと言うような人間じゃないと思ってたのに。あーあ、せっかく悪人のフリで押し切ろうと思ったのに、その質問のせいで、すべて台無しじゃないか」あきれたような声を出して大げさに残念がる黒井。

 だが、それほど残念そうに見えないのは、オレの気のせいだろうか。

「なんでもいいから、早くオレの質問に答えろよ。なんで星野だけ記憶を消さなかったんだ?」

「記憶を消すと、ほしいちごはずっとみんなと仲よくならないままだと思ったから」

 黒井の顔に真剣な雰囲気がよみがえる。

「どういう意味だ?」

「三年前、いじめがなくなったまではよかったんだけど、ほしいちごはずっと踊乙音、つまりぼく以外の友人を作ろうとしなかった。集団の輪に入らなければいけないときも、ぼくを通してしか介さなかった。このままじゃ、遅かれ早かれ、ほしいちごはダメになると思った。だから、ぼくがいなくなるとき、記憶を消さなかった」

「この期に及んで、星野のためだったと言うのか?」

「ほしいちごに初めて、ちゃんとした友達ができたことが彼女の自信になると思ったんだ。でも、うまくいかなかった。ぼくがいなくなったことで、ほしいちごはますます心を閉じてしまったんだ。あのとき、記憶を消していれば、こんなことにならずに済んだのにね」

「ちがうだろ。ここまできて、ウソをつくなよな」

「ウソなんかじゃないさ」

「いーや、お前は自分の心にウソついて、ごまかしてる。星野のためだと自分をだまし、本当の気持ちに気づいてないんだ。星野のためじゃないだろッ! すべて自分のためだろがッ!! 星野が悲しむことぐらい簡単に予想つくことじゃないかッ!! 本当は自分のことを親友に忘れてほしくなかったからだろッ!!!」

「どうしてそう言い切れる?」

「なめくじ宇宙人のお前がだれかのために、なにかをするなんてありえない!! ここ一週間ほど、お前に振り回されたオレには、そのことが痛いくらいによくわかるのさ」

 火が消えたように静かになる。しばらく静寂がその場を支配したあと、なめくじ宇宙人の口元がゆるんだ。

「フッ、ハハハハァッ。やっぱァ、なめくじ男はそうでなくちゃ。ぼくがなめくじ宇宙人だと江久保に告白したとき言ったよね。なめくじ男となめくじ宇宙人、案外いいコンビかもなって。きみは否定したけど、ぼくの言った通りだったね。ぼくたちは似たもの同士なんだよ。互いに悪者のフリしてかっこつけるところが特にね」

「そんなことより、どうなんだよ、オレが言ってることは当たってるのか、はずれてるのか?」

「あいかわらずつれないな。くやしいけど、当たりだよ。自分でも気づかなかったけど、ぼくは、ほしいちごのこと親友だと思っていたんだろうね。今一番冴えてるきみが言うんだから、まちがいない!」

「じゃあ……」

「ん、まだ、あるのかい?」

「どうして星野には、オレみたいになめくじ宇宙人だと初めから正体を明かさなかった。そうすれば、なめくじ宇宙人なんかと親友にならずに済んだかもしれないのに」

「宇宙人の正体はかくすのが普通だろう。ぼくもまさか地球人と親しくなるとは思ってもみなかったんだよ。もう質問は終わりかい?」

「いや、これで最後の質問だ。どうしてオレのときだけ、正体を明かしたんだ?」

「……突然ぼくが消えても、江久保がほしいちごみたいになっちゃわないように」

「えっ?」間の抜けた声が口からもれる。

「さよなら」

 その瞬間、目の前にいたなめくじ宇宙人は影も形もなく消え失せた。

 黒井が最後に言った「さよなら」という言葉だけが耳から、離れない。

 さよなら、黒井。

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