7 なめくじ男となめくじ女 その1

 ポケットに手を入れて、さかさまホンとハートホンを取り出す。結局、黒井がいた証は、このふたつのイヤホンだけとなった。

 胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。

 乙音と別れた星野の気持ちもこんな感じだったのだろうか。

 今なら、その気持ちがほんのすこしだけ、わかるような気がした。

「早く戻ってこいよ」

 さかさまホンを持ったまま、黒井の席に向かってつぶやく。

「ん? なにか言った?」黒井のとなりの席にいる星野に質問された。

「なんでもない。ところで星野はSCに入ったりしないのか?」

「入るわけないでしょ。シロのことはもういいわよ」

 そう言って窓の向こうに顔を向ける星野。

 ためしにオレはハートホンを耳に入れてみる。

(シロなんか好きじゃない)

 どうやら間城のことは、もうふっきれたみたいだな。

(縁、ちょっといいかも)

「あれ、故障かな?」

 思わずイヤホンを耳から取りはずして、まじまじと観察する。

「それに友達はひとりできたからね」窓に顔を向けたまま、つぶやく星野だった。

「そのことなんだけど、あのとき言ったこと忘れてくれないかな。あのときオレもどうかしてたんだ。だから、友達はなしってことで……」

「なんか言った? よく聞えなかったんだけど」鬼のような形相で睨まれた。

「いや、なんでもない。友達ができてよかったな」

 正直、星野みたいな乱暴な友達はこっちから願い下げなんだけど。

「うん!」星野の顔に満面の笑みが広がる。

 ま、いっか。

 昨日の放課後、体育館裏で黒井から質問された言葉がよみがえる。

『じゃ、なんでほしいちごのために、ここまでやるんだ?』

『なんでだろうな。しいて言えば、ほっとけないからかな。それに、一生懸命がんばったのに、むくわれないのは悲しすぎるから』

 あのときはそう言ったけど、星野のために奔走したのは、それだけじゃなかった。

 今は好きではないけど、一度だけ他人を好きになったことがオレにもあった。フラれたという悲しい気持ちばかりにとらわれて、好きという楽しい気持ちを忘れてたんだ。

 星野はオレに人間らしい気持ちを思い出させてくれた。オレは昔、熱川のことが好きだったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る