7 なめくじ男となめくじ女 その2

 オレが小学生の頃、熱川は今とはちがっていた。オレには負けるけど、世間一般から見たらブサイクのカテゴリーに分類されるような顔をしていた。ものごころつく前から、ブサイクを武器にして生きてきたオレは、それを見逃さなかった。

 たまたま同じクラスだったこともあり、熱川に近づくことは容易だった。教室の空気を読んで幾度なく熱川のことを笑いのネタとしていじっていた。熱川のブサイクに目を向けさせることでオレのブサイクを目立たなくさせようとしたってわけ。それでも「江久保の方がブサイクじゃない」という熱川のツッコミで、いつもオチてたから、結果はかんばしくなかったけど。

 いつしか周りからは教室の空気をなごませる名コンビとして名を馳せることになった。

 初めは熱川のことを利用しているつもりだったけれど、オレも熱川も同類だと心の奥底では思っていた。それが自分でも気づかないうちに、同じコンプレックスを抱える仲間のような存在に変化したんだ。小三のときに初めて同じクラスになってからだから、約四年間の年月がオレの心の中をそうさせた。その間、オレはずっと熱川の身近にいた。

 だが、同じ中学校に入学して同じクラスになったというのに、熱川がオレと同類ではなくなってしまった。年頃の成長というヤツか、オレはブサイクなままだったのに、熱川のルックスだけが少しづつまともになり、やがて見違えるくらいキレイになった。といっても、元がブサイクなため、人並みの容姿に昇格を果たしただけ。それでも、オレと熱川が一緒にいる理由はもうなくなってしまった。

 オレたちはそれだけの関係だった。だから熱川がひとりだけキレイになって、今まで一緒だったのにどこか遠くに行ったような気がした。ひとり取り残されたような、さびしい気持ちを、今から思えば、好きだとかんちがいしたのかもしれない。でもオレにとっては真剣な気持ちだった。

 中学一年の夏、オレは熱川に告白した。「ブサイクは恋愛する資格はない」と言うのが熱川の返事だった。それから二度と他人を好きにならなかった。それくらい最悪の返事だった。

 よりによって熱川なんかに告白したことを人生最大の汚点だと思った。

 でも、ちがったんだ。

 汚点じゃなかった。星野が教えてくれた。

 プライドを捨ててオレに頼みこむ星野の姿がオレの心を動かした。好きっていう気持ちがあれば、人はなんだってやれる。そのことを星野は証明した。

 恋愛はケンカだなんて思っていたオレが、他人の恋のために一所懸命になったのが、その証拠なんだ。

 オレは熱川に言わなければいけない。「ブサイクにだって恋愛する資格がある」ということを。今こそ、熱川に言われた告白の返事を否定するべきなんだ。今は好きではないけれど、昔のオレは本気で熱川が好きだったということを伝えよう。

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