6 世界一強い女と世界一か弱い男 その1

 もう一度、間城がいる教室を目指そうとする。けれど校庭に入ったところで、都合よく間城に呼びかけられた。

「江久保、なに急いでるの?」こっちの気も知らず、間城はのほほんと訊いてくる。

「ちょうどよかった。今呼ぼうと思ってたんだ」間城の腕をつかんで、有無を言わせずひっぱった。

「ちょ、ちょっとどこに行くの~?」

「体育館裏だよ」間城を強引にひっぱって、ずんずん突き進む。

「そんなところに行ってどうするの?」

「星野が待ってる」

「えっ、星野がぼくに用があるの?」

 ぴたりとオレの足が止まった。腕を放して、思わず間城の顔を見つめる。

「どうしたの?」

「それでうまく化けたつもりかッ!?」むなぐらをつかんでひ引き寄せる。肘を折り曲げて渾身の力をこめた右フックを放つ。

 間城の体がふっ飛んだ。容赦なく顔の骨を殴ったはずなのに、痛みは感じなかった。

「な、なにするんだよ?」

「思った通りだ。まるで手ごたえがない。お前、黒井だな」

「なんでわかった?」

 間城の目の周りの皮膚が盛り上がりメガネのフレームになる。間城の顔だけ黒井に変わっていた。

「間城は星野のことを『星野さん』と呼ぶんだよ」

「あ、そうだった。ほしいちごって言わないように気をつけるあまり忘れてたよ」

 そう言うと、間城の体が大きくなり髪が短くなっていく。ニセ間城は黒井の姿に戻った。

「間城に化けて、なにをするつもりだったんだ?」

「殴ったところを見ると、だいだい察しはついてるんだろう」

「どうせ間城の姿で星野に冷たくして、ふたりの仲をぶち壊すつもりだったんだろう」

「大当たりッ!」

「ふざけんなッ! 今度そんなマネしたら、ただじゃおかねえからな」

「おいおい、ぼくは江久保のためにやってるんだぜ。ここで間城がほしいちごをこっぴどく断って、そのやり取りを校内放送にでも流せば、間城の評判は地に落ちるかもしれないぜ」

「お前、星野をさらし者にする気だったのか? なんてヤツだ。口も利きたくない。近寄るな、あっち行けッ!」

「なんだよ、部長のお前がそれじゃ、間城千広観察クラブはどうなるんだよ?」

「そういえば、そういうことも言ったな。MKCは部長の独断で廃部が決まったから、お前はオレと関わるな」

「じゃ、熱川のかたきはどうなったんだよ?」

「勝手に殺すな。熱川はちゃんと登校してるじゃないか」

 間城の近くにいる熱川の姿は、今週に入ってから見かけなくなったが、どうでもいい。

「たしかに熱川は登校してるけど、生きがいを失った老人のようにボケーとしてるじゃないか。まるで別人だ。そのせいでSCの活動はずっと休止状態になってんだぞ」

「ちょどいい機会だ。そろそろ熱川は間城を卒業するべきだと思ってた。あれ以上つづけていたら、本当に警察のやっかいになってもおかしくない。それに、空回りする熱川を見てると、こっちの方がつらくなるからな」

 別に昔、好きだった女だからそう思うわけではない。単に熱川がイタイだけ。

「そんなのつまんないよ。せっかく地球人が絶望にうちひしがれて、酒と女に溺れて家族に見捨てられて路頭で野垂れ死にする姿が、生で見られると思ったのにッ!」

 日本の高校生がどうやったらそうなるんだ? すっかりテレビや新聞のマスコミに毒されてやがる。

 もうこいつを相手にするのはやめだ。ささっと間城を呼びに行こう。

 すがりつこうとする黒井を振り切って、間城のいる校舎へと急ぐ。

 教室の戸を開けると、今度こそ本物の間城がそこにいた。

「わっ、わっ、なになに、どうしたの?」

 間城の腕をがっしりとわしづかみ、問答無用でひっぱっていく。

「いいから、なにも言わずこっちへ来いッ!」

「ちょっとちょっと江久保、どこに行くの~?」間城を片手でひきずりながら、廊下を駆け抜ける。

「体育館裏だ」

「えっ、なんでそんなとこに?」

「それ以上は訊くな。行けばわかるから」

 余計なことを言って星野の邪魔をしたくなかった。

「昼休みが終わるまで、あまり時間ないよ」間城は教室の時計に視線を送る。

「そんなことはどうでもいいから、来るんだッ!!」

「わかった。行くから、ひっぱんないで」

「ぜったいだな。途中で逃げたりするなよ」腕を引き寄せて至近距離から念を押した。

「えっ、逃げなきゃいけないようなことするの?」

「そういうわけじゃないけどな」

 間城の腕を放して、先導した。

 前みたいに星野のこと簡単にあきらめてほしくないんだよ。

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