5 世界一か弱い男と世界一強い女 その4

 なんだか落ち着かない。

 午後からの授業中、星野の視線を感じないことはなかった。星野が見ているのは間城だが、となりにいるオレまで星野の視界に入っているのだ。

 クラスのほとんどの女子から間城は観察対象にされている。だから、ひとつくらい増えたって変わらないはずなのが、星野の視線はその中にいて、異彩を放っていた。

 そもそも間城に向けられる女子の視線は、その強さと種類から三段階のレベルに分けられる。

 見らレベル1、チラチラ。一定の間隔を置いて間城に向けられる視線のこと。

 万引き初心者が店員に向ける視線によく似てる。この視線を送る者は間城を遠くから見るだけで満足することが多い。

 見らレベル2、ジージー。常に間城の姿を視界の隅におさえている視線のこと。

 ベテラン教員がカンニング常習犯の生徒に向ける視線によく似てる。この視線を送る者は間城を神とあがめるSCに所属していることが多い。

 見らレベル3、ギロギロ。常に間城を視界の真ん中にとらえる視線のこと。

 肉食獣がエモノに向ける視線によく似てる。この視線を送る者は間城を自分のものにしたい熱川などの犯罪者であることが多い。

 星野の視線は、そのどのレベルに当てはまらない。

 あえていうなら、見らレベル9、ギラビムである。つまり、目からビームを出しそうなぐらいの眼光であるということだ。

 星野いわく「間城を観察したあとマネすることで、あの技を盗む」つもりらしい。

 放課後を迎えても、星野は目をさらのようにして間城の一挙一動を見逃さないようにしていた。

「江久保、星野さんついてきてるよ」

 教室を出て廊下に入っても、間城から目を離さない星野だった。

「そう言う間城も星野のあとをつけたことがあるだろう」

「そうだけど……」

 オレのすぐうしろを間城があとをつけ、間城の一メートルうしろを星野があとをつけている。はたから見たら、さぞや奇妙な風景に映るだろう。

「ぜったい星野さん、ぼくに怒ってるよ。どうやったら誤解が解けるかな」

「星野に勝ったことを素直に認めないお前が悪い」

「今日の江久保どうしちゃったの? ぼく江久保になにか悪いことした?」

 間城の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 いい気味だ。

 ふと、周りから発せられる、とげとげしい視線を感じた。

(江久保、シロくんをまた泣かしたな)

(シロくん、かわいそう)

(ブサイクのくせに……)

 ためしにハートホンを耳につけてみると、廊下にいる女子全員から呪いの言葉が聞えた。

 ちぇっ、ここらへんが潮時か。もう少しいじめたかったが、しかたない。

「間城、大丈夫、星野は怒ってないよ」

「どうして、わかるの?」

「さかさまホンをつけてみろよ」

「うん」間城はさかさまホンを耳に入れた。オレも空いてる方の耳に入れてみる。

 間城に聞こえてる心の声→間城には聞こえてない本当の心の声

『シロかわいい大好き』→(シロ憎い、大キライ)

「あ、ホントだ、怒ってないみたいだね」

 さっきまで泣いてたくせに、もう顔が真っ赤になっている間城だった。リトマス試験紙並みの変わり身の早さである。

「でも、なんでぼくのこと睨んでるんだろう」

「間城のことが好きだから、つい見てしまうんだよ」

「あの眼差しの鋭さは、とてもそんな生やさしいものじゃないと思うけど……」

 たしかにあの目から出る怪光線は牛を三頭ぐらい丸焼きにできそうである。

「もしかして、そんなにぼくのことを好きってことなのかな」

 さすが星野をストーキングしていたことだけあって、間城はストーカー行為に寛容だった。

「あ、星野さんが近づいてくるよ。どうしよどうしよ、江久保」

 間城がオレの右肩を何回もたたく。すると左肩にもだれかの手が置かれる感触がした。

「どうしよどうしよ、江久保」オレの左肩を叩いているのは、星野だった。

「星野さんどうしたの?」

「星野さんどうしたの?」

「江久保~、星野さんがぼくのマネするよ~」小さな間城に泣きつかれる。

「江久保~、星野さんがぼくのマネするよ~」大きな星野に泣きつかれる。

 わっ、間城がふたりいる。身長差の大きい、なんとも奇妙なユニゾンだ。

 どうやら星野は観察を終了して、対象の動きをマネすることにしたらしい。

「星野がやると、恐ろしいくらいの違和感があるな。ていうか、キャラ変わってるぞ」

「うるさいッ! それくらい自分でもわかってる」

 あ、戻った。星野にとって間城の動きは五秒も持たない。

「星野さん、ぼくを好きな気持ちはすごくうしれいんだけど、マネするのはさすがにやめてくれないかな」

 赤面したまま陸に放り出された魚みたいに、パクパクと口を開閉させる星野だった。

「す、す、好きでやってるんじゃない! シロが教えないから、しかたなくやってるんだッ!!」

 それにしちゃ間城のマネ、結構ノリノリだったぞ。

「何度も言うけど、星野さんに勝ってキスしようとしたのは、ぼくとよく似てる別人だよ」

「この学校にシロに似てる人がいるなんて、聞いたこともない」

「そうかな。ぼくなんてどこにでもいるくらい平凡な顔のつくりをしてると思うけど、ちょっと江久保にも似てるし」

 間城、一度、目の検診を受けた方がいいぞ。

「あっ、思い出した! あたしと勝負したシロはいつもとは少しちがったんだ」

「そっくりに化けたと思ったんだけど、どこがちがったんだ?」

「わっ、あんたどこから現れたのよッ!?」

 黒井が突然現れても、周りの人たちは当然のごとくオレたちの横を通過する。

 この学校では、黒井の神出鬼没はもうすっかり日常茶飯事となっていた。知らないのはあまり人と会話をしない星野ぐらい。

「あのときシロはあたしのことを最初『ほしいちご』と呼んだのよ」

 ギクッ! あからさまにうろたえる黒井だった。

「あたしが知ってる中で、『ほしいちご』と呼ぶのは今はひとりだけ。クロ、あんたなの?」

「ちがうちがう」冷や汗タラタラで否定する黒井だった。

「さっき『そっくりに化けたつもり』とか言ってたけど、もしかして他人に化けることができるの?」

「自慢じゃないが、化けるのは犬が苦手なオバケよりもヘタなんだ」

 おい黒井、そのネタは原作が絶版したことから今の読者には通じるのは難しいぞ。

「そうね。たとえクロが変装しても、あれほどそっくりにできるわけないし、だからといってシロがあたしを苗字で呼ぶとも思えないし、じゃ、あれはだれだったの?」

 意外にも冷静な分析能力を発揮する星野だった。しかし相手はなめくじ宇宙人、突拍子もないことが平気でまかり通ってしまうヤツなのである。

 あれ? さっきからなんかおかしくない?

 オレの推理では、星野は黒井以外のなめくじ宇宙人から怪力シートをもらったはず。それなのに、さっきから星野は、なめくじ宇宙人の変身能力をまるで知らないように話している。

 とても演技に見えない。もしかして、星野のヤツ、怪力シートをもらった人物をなめくじ宇宙人とは知らないんじゃないか? ということは、星野に怪力シートを渡したヤツは、なんらかの理由で自分がなめくじ宇宙人だと正体をかくしていることになる。

 なんのために?

「とにかくシロがやったことじゃないのはたしかみたいね。疑って悪かったわね」

「わかってくれれば、それでいいんだよ」

 星野がだれかに謝ってる姿を見るのは、それが初めてだった。

 星野に怪力シートを渡した人物について思いをめぐらしていたオレは、そのことについて深く考えようとはしなかった。

 それが、とんだ過ちだと気づいたのは、翌朝のことだった。

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