3 シロちゃん大好きクラブと口なし女 その2
その日の昼休み、昼食を食べ終わったオレが自分の教室に戻ると、深刻そうな顔をした間城がいた。
やばい、あの顔は、なにか悩んでいる顔だ。
すぐに逃げようとしたところ、間城につかまった。
「ねえ、江久保、星野さんの心を開かすためにはどうしたらいいんだろう」
間城の両手はオレをつかんではなさない。
「そうだな。なにかいい案はないかな」そう言いながら間城の手を無理やりふりほどいた。
「まずは間城とほしいちごがふたりっきりになるチャンスを作ろう!」
「おっ、黒井にしてはまともなこと言うな。ていうか、お前はいつの間にそばにいたんだ?」
全然気づかなかったぞ。まったく宇宙人がひとりクラスにいたら、教室で内緒話もできないのか。
「ええッ!? なんでそうなるの?」間城はひどく驚いていた。
「ふたりっきりになったら、星野も素直に間城のことを好きと言うだろう」
星野の方から好きなんていうことは、ぜったいにないだろう。
「でも、そんなことできないよ」
「おい、今朝の勢いはどうした? ブサイクにだって恋愛する資格はあるんだろ」
「……うん、そうだよね。なんとかやってみるよ」
「それで、どうやってふたりっきりになるんだ?」ためしに黒井に訊いてみる。
「なにかをエサにして、ひとけのないところにおびき出すんだ。たとえば友達や先生が呼んでるとか」
「珍しく冴えてるな。どこからそんなことを思いついたんだ?」
なめくじ宇宙人のくせに。
「ふふ、ぼくを甘く見ないでくれ。となりの教室で熱川たちがこっそりと話してるのを聞いてきたんだよ。これでも盗み聞きは得意なんだ!」
地球人のモラルに反することを胸を張って宣言しないでくれ、なめくじ宇宙人。
「どうして熱川さんたちがそんなことを話してたんだろう」不思議そうな顔で間城がオレに訊いてくる。
黒井が言っていたことは熱川たちが相手をおびき出して、集団リンチするいつもの手だ、と教えてやることができない。
「星野さん、いる?」教室の入り口から女の声が聞こえてくる。
案の定、SCのひとりが星野を呼び出すために、教室に入ってきたのだった。
「ちょっと行ってくる」
間城と黒井から離れて、星野の席にそっと近づいた。
「星野さん、先生が呼んでたよ」
「…………」相手を一瞥しただけで、星野の瞳はまたたく間もなく窓の向こうに移された。
「星野さん、聞いてるの?」
「……聞いてない」
「なんだ、聞いてるんじゃ……」
「あんたの話を聞く耳なんか、あたしは持ってない」
なんでいきなりケンカ腰なんだ?
「ひどいよ。どうしてそんなことを言うの?」
SCの瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
うらやましいな。オレもあんなふうに自由自在に涙を流す技をやってみたい。でも、ブサイクな男が泣いても、みっともないだけだ。
「先生があたしを呼んでるなんてウソでしょ」涙を流す姿を目にしても星野の表情が変わることはない。
「本当よ。私はウソなんかつかない。頭ごなしに決めつけないで!」
今「本当よ」の部分で右手を払いのけて「私は」の部分で自分の胸をさりげなく指差してみせたな。ちょっと芝居くさくないか。
「あんた、あたしをずっと見張ってたじゃない。あたしがひとりになる機会をうかがっていたんでしょ」
「えっ、そ、それは……」
ダメだな、あいつ。それまで胸にそえられていた右手で自分の髪の毛をいじりまわすなんて。自信がない証拠だ。偽善者のオレを見習え。
「お前はなに様だ!?」横にいる黒井に頭をたたかれた。
「勝手に人の心の声にツッコむな!」
黒井が急に現れても、もう驚かなくなった。
「あんたたち、なにやってんの?」
星野の瞳はSCのひとりではなく、オレたちに向けられていた。黒井のせいで盗み聞きしていることがバレてしまったのだ。
「どうせあんたたちもあたしをひとけのないところにおびき出して、なにかよからぬことをしようとしたんでしょ?」
「はい、その通りです!」無邪気に即答する黒井だった。
「こら、オレを指差して言うなッ! 元はと言えば、お前が熱川たちの作戦をパクってきたんだろ」
「三人とも、とっと失せろッ」
大声で怒鳴られた。子供のように叱られた気分だった。
SCと黒井と一緒に、教室の外まで命からがら避難する。
「なんだなんだ、今のは?」
「おー、こわっ。地球人のメスはツノとキバを自在に取り出すことができるのかッ!?」
「鬼ババよ。あの女の正体は鬼ババなのよ」
妙な連帯感を共有してしまう三人だった。
「口なし女はどうしたのよ?」
廊下では熱川を含むSCたちがずらっと待ち構えていた。
「あ、リーダ、それがターゲットはこちらが見張っていることに気づいてたみたいで、失敗してしまいました。すべてこのふたり組みが悪いんです」
「おい、自分の落ち度をオレになすりつけるなッ! それにオレと黒井を一緒に扱うな」
「江久保のせいなの。ブサイクのくせになにやってんのよ!? 昨日、影ながら力を貸すって言ったのはやっぱりウソだったの?」
やっぱりってことは、最初から信じてなかったんだな。
「おい待てよ。オレのせいじゃない。星野にはこんなありきたりな手は通用しないんだ」
「たしかにあの女、隙がないわね。トイレに行くときも、他のだれかが行くのを見て行ってるみたいだし、ああ見えてひとけのないところには、ぜったい近寄らないみたいなの。用心深いのか、警戒心が強いだけなのか、どちらなのかしら?」
「さぁな。用心深いうえに警戒心も強いんだろう」
「そうだとしたら、みんながいるところで怒るのも、他人を寄せつけないためのパフォーマンスだったのかしら?」
「あの怒り方は、どんなお化け屋敷よりも、身の危険を感じたぞ」
「とにかく口なし女が帰宅するまで、見張りを続けるわよ」
『了解』廊下中にSCたちの声がこだまする。
こりゃあ、間城と星野がふたりっきりになるチャンスは、当分ないみたいだな。
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