2 なめくじ男とシロちゃん大好きクラブ
その日の授業が終わるとすぐに、オレを呼び止める声が聞こえてきた。
振りかえると、そこにいたのは黒井だった。
「なんの用だ?」
「訊きたいことがある。、間城が好きになったと言っていたが、好きとはなんだ?」
「宇宙人にはそういうのないのか?」
「われわれにはオスもメスもないし、単体生殖だから恋愛感情なんてややこしいものは持っていない。地球人とはあんなに簡単に好きになるものなのか?」
「間城は特別だ。臆病な割りに一目惚れしやすいんだよ。今までだって、何回も恋に落ちてる。でもぜったい、自分から告白しないんだ。相手から告白されてつきあうことになったとしても、長くつづかないらしい」
「あんなに人気があるのに、なぜ?」
「さぁな、なんでも別れを切り出すのはいつも間城の方からだと聞いてるよ。つきあえる相手がいるだけでもありがたいのに、いったいなに様のつもりなんだろうな」
「江久保はだれかを好きになったことがあるのか?」
「うーん。小学校の頃は何回か告白したこともあったけど、返事はだいだい『ありえない』だったな。その一言で淡い恋心がすべてなかったことにされた。中学にあがって初めて告白したとき『ブサイクは恋愛する資格がない』と言われた」
「すまん。訊く相手をまちがったらしい」
「ま、聞いてくれよ。別にフラれたこと自体たいしたショックじゃなかったんだ。ただ先に泣くのはオレではなく、告白された相手の方だったな」
「どういうことだ?」
「オレに好かれるのがイヤだったらしい。告白された相手が学校一のブサイクじゃ、泣きたくもなるんだろう。だから他人を好きなるのをやめた。間城には是非ともそういう辛い体験を味あわせてやりたいな」思わず苦笑する。
「思ったよりも江久保はやさしいんだね」
「なんだ、気持ち悪いな。嫌味か?」
「気づいてないのかもしれないけど、好きな人が悲しむ姿を江久保は見たくなかったんだよ。だから、他人を好きなるのをやめたんだ。きみが好きにならなければ、だれも泣かずに済むからな」
ゆるみぱなっしだった口元が思わず引き締まる。まったくあなどれない宇宙人だった。
「そうかもな。このまま間城をだますのはやめにするか。……なんて言うと思ったか!」
両手で荒々しく机をたたきつける。
「今オレが一番見てみたいのは、大キライなヤツが悲しむ姿なんだよッ!! たとえ黒井がなんと言おうと、間城の気持ちをメチャクチャにするまでぜったい、やめないからなッ!!!」
「みにくい! みにくいよ、江久保。顔だけじゃなく心までも。ぼくはどこまでもお供します」
「よし、ついてこいッ!」
黒井を引き連れて、となりの教室に向かった。
となりのクラスではまだ残ってる生徒が何人か集まっていた。その中の女子グループのひとりに声をかける。
「おい、熱川」
「なによ、邪魔しないでよ。今シロくんに似合う服をみんなで考えているんだから。決まったら強引にでも着させて写真を取るのよ!」
『了解』教室にいる女子全員が一斉に声をあげた。
彼女たちの机の上には、大量の女性ファッション誌が置かれている。なぜか男性ファッション誌は見当たらない。
「名付けて、シロくん着せ替え作戦!」
「とても楽しそうな悪事を計画しているところ悪いが、新情報がある。間城がまた、だれかを好きになったんだ」
間城の名を口に出したとたん、教室にいる女子全員が立ち上がった。全員の顔つきが鬼のように険しくなる。
「たしかな情報なの!? 証拠は? デマだったら承知しないからね。今度はどこのどいつよ!? つべこべ言わず教えなさいッ!! 早く言わないと、どうなるかわかってるわよね」
ツバを飛ばしながら血走った目を光らせる熱川にまくし立てられた。
「落ち着け、熱川。今度は金をせびったりしないよ」
「当たり前でしょ! それにしてもやけにものわかりがいいじゃない。なにか変なことでもたくらんでるんじゃないでしょうね」
変なことをたくらんでいるのはお前たちだろ。間城を着せ替え人形にしようとしてたくせに。
「さすがに今度ばかりは、お相手があれじゃ、間城にふさわしいとは思えないからな」
「シロくんにつりあう相手なんているわけないでしょ! もったいぶらずに白状しなさいッ!!」
「オレたちのクラスの星野だよ」
「星野ぉう? あの口なし女ことかッ!」
熱川の一言をきっかけに、周りにいた女子生徒全員の口から悲痛な叫びがほとばしった。
「えーっ、そんなァッ!」
「よりによって、あいつぅ!?」
「なんであんな無愛想な女がァッ!?」
「ゆるせないッ!!」
星野を呪詛する言葉が飛び交う中、黒井が素朴な疑問を口にする。
「おい、江久保いったいなんなんだ、こいつらは?」
「シロちゃん大好きクラブ。略してSC。熱狂的な間城の元ストーカー、熱川みことをリーダとする集団さ。見かけは凶暴だが、密かに間城を恋い慕う一途なヤツらだよ」
「どこが密かなんだ? どいつもこいつも感情剥き出しのケダモノみたいな形相だぞ」
「こいつらの主な活動は、正当な理由もなしに間城の半径五メートル以内に近寄った女子ひとりでも目撃した場合、秘密裏に寄ってたかって精神的苦痛を与えるというものだから、かわいいもんだよ」
「その話を聞くとえげつない想像しか思い浮かばないのだが、どこがかわいいのだ?」
「相手の気持ちや間城の幸せなんて一切考えないことが、わがままな子供ぽくってかわいいだろ」
「ほっといたら犯罪行為に発展しそうなくらい危険な集団じゃないか!?」
「なんとしてもシロくんと口なし女の接触を阻止するのよぉッ!」
机に立ち上がった熱川が拳を突き上げた。
『おーッ!』教室にいる女子全員の拳が天を仰いだ。
「間城の恋が長続きしないのは、こういう輩が邪魔してるからなのか?」
「さあな、そうかもしれないな。よし、オレも影ながら力をかしてやる。おーッ! ほら、黒井も手を上げろ。MKCの部長命令だ」
「おーッ! なんか知らんが、ますますおもしろくなってきたな」
天を仰ぐ女の拳の中に、なめくじ男となめくじ宇宙人の拳が加わった。
オレは誓った。
どんな手を使っても、間城の恋心を徹底的にぶち壊してやることを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます