2 なめくじ男とお人好しを越えたバカ その4

 星野は間城のことキライなのか、なんだか気が合いそうだな。

 初めのうちはそう思った。が、実際はとんでもないヤツだった。

 その日の昼休み、オレと間城が座っている席まで星野の心の声がさかさまホンを通して聞こえてくる。

『この教室にいるすべての人が好き』→(この教室にいるすべての人がキライ)

 それを聞いた間城がオレのとなりでつぶやく。

「好きなのは、ぼくだけじゃないんだね。ちょっと残念だけど、心のやさしい人なんだね」

「そうだな」

 かなり屈折した心の持ち主みたいだ。

『世界中にいる人間がみんな好き』→(世界中にいる人間がみんなキライ)

「よっぽどのニンゲン大好き人間なんだね。でも、それならなんでみんなと一緒にいないのかな?」

 昼休みというのに、星野はひとりだった。窓の向こうを見つめたまま、机に貼りついた人形のようにじっとしている。他の女子と話している姿は見たことないから、どの女子グループにも属していないのだろう。

「きっと一緒にいると、恥ずかしくて緊張しちゃうんだよ」

 あんなに人間嫌いだからこのクラスから浮いてるんだな。

『黒板がかわいい。机がかわいい。外の花が、地面が、空にある太陽までがかわいい』→(黒板が憎い。机が憎い。外の花が、地面が、空にある太陽までが憎い)

「とっても心の広い人なんだね」

「……そうだな」

 星野は目に映るすべてを忌み嫌っているみたいだった。とても器の小さい人間だ。

『この世にある、なにもかもをあたしは愛してる』↓

(この世にある、なにもかもをあたしは恨んでる)

「慈愛に満ちた人なんだね。まるで天使や女神みたいだ」

「……そ、そうだな」

 間城の輝いた目から、悪魔のような星野を崇拝していることがよくわかる。さっきからオレが同じ返事しかしていないことにも気づいていないのだろう。

『一番好きなのはシロだ』→(一番キライなのはシロだ)

「ええッ!?」間城はうつむいたまま顔を真っ赤にした。

『シロの笑顔が好き。あの人なつっこい顔を見ると、癒される』↓

(シロの笑顔がキライ。あの人なつっこい顔を見ると、むかむかする)

「そうなんだって、どうしようどうしよう、江久保」

「わかったわかった。だから、たたくのはやめろ」

 間城の拳がオレの背中の上をポカポカと跳ねまわる。星野にひどく嫌われてるとも知らず、喜んでるなんて、つくづくおめでたいヤツだ。

「そんなにうれしいなら、話しかけてみたらいいだろ?」

「ええっ、そんなことできないよ。人なつっこく見えるかもしれないけど、ホントは人見知りするタイプなんだ。自分からなにかする勇気なんてないよ」

「間城は気が弱いというか、流されやすいんだよ。相手に好かれてるなら、もっと自信持てよ」

 ホントは嫌われてるんだけど。

「そんなこと言っても、一度も話しかけたことないし……」

「しかたないな。オレが一緒に行ってやるよ」

「えっ、わわわわっ」間城の襟をつかみ強引にひっぱった。

 星野の前までひきずって移動したあと、間城の横っ腹をつついてうながす。

「どうしたらいいの?」

 星野の顔は窓の向こうに向けられているから、オレたちが近づいたことに気づいてないらしい。むしろこの空気から察すると周りの人間をわざと気にかけないようにしてるのだろう。星野の全身から周りを警戒する空気がただよい、オレの身をすくませていた。

「ねえ、江久保どうしたらいいの?」

 そこでオレは初めて小声で話しかけてくる間城のきょとんした顔に気づいた。

「名前を呼びかけるんだよ」小声で返事を返した。

「えっと、一后さん」

「あたしを苗字で呼ぶなッ!」星野の机が激しくたたかれる音が響いた。

「ああ、そうだったね。忘れてた、ごめん。それで、ええっと……」

 間城の声が消え入りそうになるくらい小さくなる。その隙を突いて、黒井が星野を呼びかけた。

「ほしいちご!」

「そのあだ名だけはやめろッ!」星野が立ち上がった。

 星野が手を出すよりも早く、黒井はオレのうしろに身をかくした。

「なにやってんだ、黒井?」

「地球人のキレたときのリアクションを調べてるんだ。その結果、このクラスの中で一番キレやすいのは、ほしいちごだあぁッ!」

「お前はホント研究熱心だな」

 星野の敵意のこもった視線がオレに突き刺さる。オレのうしろにかくれてる黒井に対して睨みを利かせていた。

 その視線から逃れるため、となりに目を向けると間城の後頭部が視界に入った。間城は下を向いたまま、どう話をつなげるべきか迷ってるみたいだった。幸か不幸か、怒りにゆがんだ星野の顔には気づいていない。

 ようやく間城の口から言葉のような音がもれた。

「ええと、ええと……えへへっ」星野に目を向けたまま、間城の顔が笑み崩れる。

 苦し紛れの照れ笑いだった。星野に笑顔が好きと、心の声で言われたことがよっぽどお気に召したのだろう。

 すぐさま星野にそっぽを向かれた間城だった。けれど、その前に星野の心の声が聞えたのだ。

『かわいい間城』→(憎い間城)

 ボンッ! 間城の顔が耳たぶの裏まで真っ赤になる。急に彼の足取りがけいれんを起こしたようにおぼつかなくなり、バタンとそのまま転覆するように卒倒した。

「おい大丈夫か?」体をゆさぶろうとして間城の肩にオレの指がふれる。

「アチッ!」布越しからもわかる異常な発熱を感じた。

「大丈夫。いつものことだから」

「今日はいつもより熱いぞ。それにこんなに早く倒れるのは珍しくないか?」

「うん。こんなに早くときめくなんて、初めてかも」

 間城と話していると、星野の視線が少しの間だけこちらを向く。

『床にあお向けになった姿もカッコいい』↓

(床にあお向けになった姿もカッコ悪い)

 ポテンと起き上がりかけた間城の体が、今度は横転した。

「忙しいヤツだな」

 手を貸してなんとか間城の体を立ち上がらせる。

「やっぱりまたアレか?」こっそりと間城にささやく。

「うん。ぼく……星野さんのこと好きになったかもしれない」

「……それはよかった」

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