2 なめくじ男とお人好しを越えたバカ その2

 ふたりで校舎に戻ると、昨日と同じような心の声がそこかしこから聞こえてくる。

『間城に聞こえてる心の声』→(間城には聞こえてない本当の心の声)

『今日の体育はしっかりとやろう』→(今日の体育はめんどくさい)

『早く授業がはじまらないかな』→(早く授業を始めるな)

『家に帰りたくない』→(家に帰りたい)

 それに対して間城が一言。

「みんな、授業を受けたくてうずうずしてるんだね」

 昨日のオレとまったく逆の感想だ。

「そうだな。サボりたいヤツなんてひとりもいない」

「すごいねえ。ぼくなんか今日が休みだったらよかったのにといつも思ってるよ」

「そんなこと思ってたのか!? オレを見習え、サボりたいなんてみじんも思ってないぞ」

 サボりたいサボりたいサボりたい、あーサボりてえ。

「うん。サボりたくないって気持ちでいっぱいだね」

「そうだろそうだろ」

 ふたりで教室に入ると、一斉に朝のあいさつの声があがる。

「シロくん、おはよ!」

「シロちゃん、おはよう!」

「シロ様、おはようございます」

「うん、おはよう」笑顔であいさつを返す間城だった。

 オレがあいさつしてみても、女子生徒からの反応は一切なかった。

 おいおい、こいつらには間城のとなりにいるオレが見えていないのか!?

 朝のホームルーム開始の鐘が鳴り響く。オレも含めて教室にいる全員が自分の席に着く。担任教師が入ってくると、騒がしかった教室内に静寂が満たされる。そんないつもの朝の風景。なのに、となりにいる間城の様子だけがちがっていた。

 明らかにとまどってる。

 それもそうだろう。今、間城はクラス中の心の声が氾濫する世界に、いきなり放り出された状態なのだ。平静でいられるわけがない。

 落ち着かない感じで間城は辺りをキョロキョロと見渡している。

 しかもそれだけじゃない。オレの耳には、さっき間城の前でつけてみせた、さかさまホンが取りつけてある。そこから、反対の意味の心の声が聞こえてくる。

『シロちゃん憎らしい』『シロくんカッコ悪い!』『シロちゃん憎くてたまらない』『シロくんキタナイ!!』『シロちゃん憎すぎ~』『シロやろうブサイク!!!』『シロちゃん超憎い~』

 これだけ悪意のある言葉に囲まれていれば、どんなに神経の太いヤツでも、必ずへこたれるにちがいない。これまでみんなから好かれてると思っていれば、なおさらだ。

 案の定、間城の顔からどんどん色が失っていく。

 青ざめてる青ざめてる。ありゃあ相当ショックを受けてるな。

『シロちゃんキライ』『シロくんキライキライ大キライ』『シロやろう恨むぞッ』

 もっと言え、もっと間城を心の中で褒めるんだ! 褒めれば褒めるほど、それが悪口となってみんなが大好きな間城は苦しむんだよッ!! いい気味だッ!!!

 朝のホームルームが終わった直後、間城は教室を飛び出した。

 遅れて追いかけると、男子トイレに入っていくうしろ姿が見えた。

 トイレに足を踏み入れた瞬間、盛大な泣き声がオレの耳をつんざいた。

 泣き声はトイレの個室の中から聞こえる。

 どうやら間城が個室の中で泣いているらしい。

 よっしゃーっ! 思わずその場でガッツポーズを取る。

 しばらくすると、泣き声が止んだ。

 ドアが開き、泣き腫らした顔の間城が出てくる。

「いったいどうしたんだ?」なんとか心配そうな顔を取り繕う。

「それが……グスッグスン」また泣き出した。

 あれ、ちょっとやりすぎたかな。

「あ、ほら、顔ふけよ」そばにあったものを手渡す。

「ありがと……って、これ雑巾だよ」

「ハンカチ持ってないから、その代わりだ」

「遠慮する!」涙がひっこんだ。

 よかった。とりあえずは泣き止んだ。

「とにかくなにがあったんだよ?」

「ぼく、みんなに嫌われてたんだ……」

「そうか、気づいてなかったんだな」

「どうしてかな? なにかみんなに悪いことしたのかな?」

「いや、間城は悪くないよ」

「じゃ、どうして?」

「みんなが悪いんだ。間城が少しばかりブサイクだからと言って、キライになるみんなが最低なんだ!」

 そうだ。オレをバカにする人間すべて、死んでしまえばいい。

「知らなかった。ぼくブサイクだったんだ。みんないい人ばかりだと思ってたのに」

「だれの心にも悪いところはあるんだ。口ではいいこと言ってるけど、心の底ではお前のことバカにしてるんだよ」

「そうなの……かな?」

「間城は人がよすぎるんだ! みんなの心の声を聞いただろう。少なくともクラスの女子の全員から嫌われてる」

 ショックを受けたように、間城の口が閉じられる。そのまま時間だけが過ぎていく。

 沈黙がたっぷりと満たされると、間城の口がゆっくりと開かれる。

「そんなこと……ないと思う」

「認めなくない気持ちはわかるが、それが現実なんだ」

「でもひとりやふたりくらい、ぼくのことキライじゃない人はいると思う」

「わかった。それを一緒にたしかめよう。お前が納得するまで、クラス中の心の声をひとりひとり聞いてまわってやるよ」

 まだ足りない。オレが受けた悲しみはこんなもんじゃない。もっと苦しみつづけるんだ。

 クラス中の人間から嫌われてるというウソを再確認させてやるッ!

「ありがと、ひとりいたよ。ぼくのことキライじゃない人」

「いたのかッ!? いったいどこのだれなんだ?」

「目の前にいる江久保だよ」

「なんだ、オレか。他にもいるといいな」

「うん。それをたしかめよう」

 今まで悲しい顔だった間城の顔から、ようやく笑みがこぼれる。

 ああ、オレはお前のことが心の底から、大キライだぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る