第35話 鞄のペンが出てこない。

 書きたい。自分にとって、これは発作と言っていい衝動です。

 ちょっと傘を開いた瞬間に、愛嬌たっぷりの犬とすれ違った時に、金色の銀杏がはらはらと散る時に、今浮かんだことを残したい。


 鞄を探るが、ペンが出てこない。ペン、ペン、ペン......?!

 忘れたショックったらありません。


 ノートを忘れた時は、レシートやその辺のチラシで事足りますが、ペンは道端では手に入れにくいものです。


 今の人はスマホにぽちぽち打込めば満足するのでしょう。しかし自分は、大事なメモがボタンひとつで消えてしまう恐怖におびえます。紙とペンでないと落ち着きません。とっておきのアイディアも、何故か画面だと忘れてしまうのです。


 たぶん、画面の文字をタッチして書いた時と、ペンでガリリと書き付けた時とでは、脳の働きが違うんでないかな。絵の具で描いた絵と、パソコンで書いたイラストのように違うはずです。

 だから、原稿用紙にインクを引っ掻いていた人たちの作品と、こうして画面に打込む人たちの作品とは、かなり違う形をしているでしょう。

 

 アイディアすらタッチで書く時代、きっと驚きに満ちた作品が続々登場するでしょう。いえ、すでに始まっていますね。

 それは楽しみでもあり、残念でもあります。

 紙とペンがなくなった時代には、紙の本もなくなるでしょうから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る