第23話:北極星-2

「……先生……」

 きつく、大竹の背を掻き抱く。


 厚い胸板。広い背中。

 大竹の全ては設楽の全てを優しく包み込む。


「先生っ、先生…っ!」

「もう2度とそんな事考えるな」

「うんっ、うん、ごめんなさい……!」


 大竹は設楽の髪に何度も口づけた。シャツの胸が設楽の涙でしっとりと濡れてくる。肩の震えが収まるまで、大竹は何度も何度も設楽の髪に口づけを重ねた。


「好きだ、設楽。お前が信じらんねぇって言うなら、何度でも言ってやる。俺はお前が好きだ」

「俺もっ!俺も先生が好き!」


 車のフロントグラスに、木漏れ日がチラチラと緑の影を作る。

 どこかでチチチと鳥の鳴き声が聞こえた。


 大竹は大きな体を窮屈に屈めたまま暫く設楽を抱きしめていたが、そのうち「ごめん」と小さく謝った。


「え?」

「いや……俺が、お前を不安にさせてんだよな?……俺がお前を抱かないからさ……」

「う…」


 それは確かにその通りだが、もう大竹の性格上、卒業するまで本当に何もしてくれないということは、さすがに理解している筈だったのに……。


「ごめんなさい、先生。本当はちゃんと分かってるんだ。ただ……先生にあの事を全部知られているのかと思うと、俺……」

「お前さぁ、だから人の話盗み聞きするなよ」

 わざとらしく溜息をつく。もうこの話は終わり、という合図だろう。大竹は、ネガティブな話を引きずるのを、いつでも嫌う。だから設楽も、大竹に合わせて明るい声を無理矢理出してみた。


「何言ってんだよ!あんな、いかにも俺に聞いて下さいみたいな場所で話されたら、聞き耳くらい立てるだろ!?」

「大体お前、少し考えりゃ分かるだろ」

 大竹はそう言うと、少しだけ目線を彷徨わせてから、意を決したように設楽の左手を取った。


「先生……?」

 一瞬顔を赤くした大竹は、そのまま設楽の左手を運転席側に持ってきて、そして……


「────!!」


 何が起きたのか、分からなかった。

 設楽は自分の左手に、全神経を集中した。

 これが夢でなければ、今自分の手の下には、大竹のナニがある。

 やんわりと芯を持った大竹の分身が、デニム越しとはいえ今自分の手の中に……!!!


「先生っ!?」

「だから、お前とそーゆー事したくなかったら、お前とキスしただけでこんな風にならねぇだろ。何で俺が毎晩毎晩便所で抜いてると思ってんだよ!」

「抜いてたの!?」

「抜くだろ、普通!お前と2人で抱き合ってキスしてんだぞ!」

「うわ…、うわっ、ちょ…先生のだ……」

 設楽がぐっと力を入れて大竹のソコに指を沿わせると、大竹はぴくりと目を眇めた。


「ん…、これで分かっただろ。ちゃんと俺が……ってストップ!そこでストップだ!」

「は!?何言ってんの!?先生が俺に感じて毎晩抜いてたとか聞いて、しかも初めてお許しが出て触らせてもらってんのに、止められるわけないだろ!?」

 設楽の手が包み込むように大竹のをぎゅむぎゅむと揉み込み、ジーンズの前立てを爪でカリカリと引っ掻くと、大竹は「くっ」と鼻にかかった声を漏らした。


「……先生っ」

 なんて声出すんだよ。俺に触られてそんな声出すとか……


「ちくしょう……もう我慢なんて出来るかよ……!」

「ちょ…設楽お前!怖いって!目が怖いって!!」

 助手席からぐっと体を伸ばしてきた設楽が、逃げようとする大竹の体をシートに押しつけて抱きしめてくる。いや、抱きしめるというよりも、これはもう拘束に近い。

「や…っ!」

 そのまま左手をズボンの中に突っ込もうとしてくる設楽の行動に焦って大竹が取った行動は……



──── ゴッ ────!!


「ぎゃん!」


 大竹は渾身の力を振り絞って、設楽の額に頭突きを噛ました。

「ってー、先生!いきなり……舌噛んだだろ……!!」

「良い気味だ!テメーはなに理性無くしてんだよ!俺は今、夜道で突然襲われる女の気持ちが少し分かっちゃっただろ!?」

「だって先生の触らせてもらったの初めてなんだよ!?そりゃ理性くらい飛ぶでしょ!?」

「軽過ぎんだよテメーの理性はよっ!」

「先生みたいに鋼鉄の鎧みたいな理性よりは遙かに健全だよ!」


 暫く2人は牙を剥いてフーフーと息を荒げていたが、そのうちどちらからともなく笑いがこみ上げてきた。


「も……何必死になってんだろ、俺達」

「ちょっとバカ過ぎだな……」

 ひとしきり2人で笑い合うと、大竹は笑いを収めて設楽の前髪をくしゃりと掻き混ぜた。


「先生…?」

「そうやって笑ってろよ」

「え…」

 優しい視線にどきっとする。

 大竹先生はずるい。こんな時にそんな風に言われたら、もっともっと、どんどん先生を好きになるに決まってるのに。


「お前が泣いてると、俺、ちょっときついわ」

「先生…」


 ムズムズするような甘い雰囲気に、設楽はどうして良いのか分からなくなった。自分のしでかした事の為に自分で癇癪を起こして先生を困らせて、そのくせこうして優しくしてもらっている。

 先生は、おれを甘やかしすぎる。

 これじゃあ俺は、どこまでやったら先生に呆れられてしまうのか、怒らせてしまうのか、分からないじゃないか。


 困ったようにもじもじしていると、大竹の手がそのまま角度を変えて、がしっと顔面全体に掴みかかってきた。


「うわっ!何!?」

「すまん……」

「え!?」

 大竹の手はでかい。そうやって指を広げて顔全体に貼り付けられると、設楽の顔はすっぽりと覆われて、何も見えなくなってしまう。


「……今のはちょっとくさかった。忘れてくれ……」

「何!?ひょっとして、照れてるの!?」

 その手を剥がして顔を見ようとしたのだが、大竹の手はビクともしない。

「ちょっ!何も見えないんだけど!」

「見るなっ!」

 そのまま大竹はぐいっと設楽の頭を助手席側のドアに押しつけて、シートベルトを締め直して車を発進させた。


「も…先生、そーゆー事されると可愛いんですけど?」

「うるせぇバカ、1度眼科行って診てもらってこい!」

 大竹の横顔はうっすらと赤らんでいて、恥ずかしさを誤魔化そうと不機嫌に構える横顔は、俺だけの物だと嬉しくなる。


「先生、好きだよ」

「……あぁ、俺もだ」


 車の中に流れる甘ったるい雰囲気をぶち壊すように、大竹はエンジンを空ぶかししてからアクセルを踏み込んだ。

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