第二幕 大和屋と視える絵師
大和屋と視える絵師(一)
十万人以上の大きな犠牲を出した
そろそろ春に片足を突っ込もうかというような、うららかな小春日和。この
ついつい首を巡らせて見事な梅を眺める朔次郎に、春冲は気づいていたらしい。少し遠回りをして油屋へ行こうと提案してきた。
「それは嬉しいお誘いですが、大和屋さんは大丈夫ですかね?」
こうしている間にも、次の焼死体が出るかもしれない。案ずる朔次郎に、春冲はくすりと笑う。
「アタシらが急いで行ったところで、結果は変わりませんよ。アタシは歩き巫女や陰陽師の連中とは違いますからね。ただ、視えるだけです。モノノケをどうこうする力なんぞありません」
「そういうものなのですねえ……」
だったら春冲を油屋に連れて行っても無駄ではないのか、という不安が朔次郎の心をかすめる。まだ信じられる話ではないが、春冲の目をもってしてモノノケの正体がわかったとしても、当のモノノケを祓えなければ意味がない。いや、そもそも、これは本当にモノノケのしわざなのかも怪しい。
「旦那は、訊かないのですね」
「え?」
「アタシがなぜ、モノノケが視えるのか。どういうモノノケが視えるのか。出逢った当初の善右衛門さまなんか、そりゃあ童のように目をきらっきらさせて、矢継ぎ早に問い質したものですが……旦那はあまり気にならないようですねえ」
「……」
「油屋の一件にしてもそうです。本当にモノノケのしわざなのか、モノノケのしわざだとしたらどのようなモノノケなのか、どうして大和屋はモノノケの恨みを買っているのか……善右衛門さまならば、こちらが逃げ出したくなるような勢いで毎回駆け込んできましたが、旦那は気性の穏やかな方でいらっしゃる。あまり、善右衛門さまと似ていませんね」
「それはそうでしょう。私は養父と血が繋がっておりませんから」
「いえいえ、顔かたちの話ではなく。旦那は、浮世のことに興味がないようにみえる、という話ですよ」
今度は試されているのではなく、真っ向から厭味を言われているとわかったが、朔次郎は別段腹が立たなかった。
困ったように微笑む朔次郎を振り返って、春冲はにっこりと艶やかな笑みを浮かべる。
「アタシ、旦那みたいな人、だいっきらいです」
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