1ヶ月――その3――
彼との出会いは、『マクロスプラス』がきっかけではなかったかと記憶しています。まあ、以後、今に至るまで真面目にお馬鹿で気の合うオトコノコな感じで付き合ってきたわけですが。
震災後、彼だけ連絡が途絶えてしまっていました。
他の友人達も、「もしかしたら……」という不安に怯え、それを言葉にしてしまえば、事実になって突き付けられるのではないかと、誰一人として彼の安否を口にしませんでした。怖かったんでしょう、我々は。彼を失ってしまうのが。
彼の無事が確認され、連絡が取れなかったのも携帯電話が水没してしまった為とのことで、ようやく胸を撫で下ろし、冗談なども交わし合えたのでした。
このエッセイ・ノンフィクションを書くにあたり、彼には一応許可をもらっているのですが。
というのも、今回は彼の体験した話を書こうと思っているからです。何だか、自分の話ではなく、人の不幸をネタにしやがってと心苦しい点もあるのも偽らざる気持ちなのですが、知って欲しいという気持ちも事実です。
彼は、人を助ける立派な仕事をしており、モノを書くくらいしか能もない、ましてやその能もたかが知れた程度の私からすれば、尊敬に値すると、まあ、面と向かっては恥ずかしくて言えないので、ここで文章にだけしておきます。
その仕事の最中に、彼は津波に遭いました。仕事の現場もまさに海の目の前、彼は津波に飲まれたのです。
私が震災の被害を目に焼き付けるべく歩いた場所、まさにそこで彼は九死に一生を得るレベルの死地にいたわけです。
彼は海水に浸かり、携帯を失い、仕事で助けるはずだった人も……助けられず、ごめん、ここ書いていいのかな? ごめん。
それから、水没する家の屋根伝いに坂道を目指し、難を逃れます。不思議な縁と申しますか、私が幼少から幾度となく歩いた道が、彼の命を繋ぐ道だったわけですが。そこから団地を経て、私の実家の近くや母校である中学校跡を抜け、山を下り、職場に帰還を果たしたそうです。
大変な目にあったけど、何とか生きて帰りました。
落ち着いたら、みんなで飲もう!
彼は、そんなメールをくれたけれど。
めちゃくちゃになった故郷の中で、その約束はいつ果たされるのか。
また、津波に飲み込まれた直後は必死で、でも後から死ぬような目にあったのだと怖さが込み上げてきたそうです。震災後の仕事がハードで、身体を動かしていれば気も紛れ、疲れからしっかり寝られたと言っておりましたね。
ガソリンをようやく入手出来た私は、彼と再会を果たすのでした。
招き入れられた彼の家は、何度も遊びに訪れた場であり、そこに彼がいるのは至極当然のことではありましたが。
彼が、そこにいてくれたことに喜びを感じました。
笑っていいのやら、涙を流せばよいのやら、何ともにやけた微妙な表情だったかもしれませんね。
互いに腰を下ろし、彼の口から先の話を聞き、私はただ、胡座の膝に両手を重ね、頭を下げたんじゃなかったかな?
お疲れ様? ご苦労様でした? どうだったかな? 生きていてくれて、ありがとう、だったかもしれない。
先日、LINEで彼からこのエッセイを見てのメッセージを頂いたのですが。
あのぐしゃぐしゃになった町の様子が思い起こされるけど、決して忘れてはいけない光景だよね。
個人的に思い出すのは、プロパンガスの匂いを嗅いだときです。
押し潰された住宅の、そこかしこから『シュー』という音と共にガスが漏れ出してました。
『まさか爆発しないだろうな!? 冗談じゃねえぞ!』と思いながら、待避したのを思い出す。
どれだけの修羅場であったのか、想像だにできませんね。
ようやく復興の始まった地を歩いただけの私などでは、とても……今回は、彼の言葉と体験に頼りっぱなしで、本当、申し訳無いな。
そんな彼も、素敵な伴侶に出逢い、素晴らしい我が子に恵まれ、或いは大変かもしれませんが、日々、生きていてくれています。
さて、ここでは生きていてくれた感謝と、再会の喜びを書いて、書いて終われれば、良かったのですが。
私が、これから語るのは、不遜で、その生きた証の冒涜になるのではないのかとも悩みます。
失われた命について。
あまり、気分のいい話でもないので、まあ、ここで読むのを止めてしまわれても、それでかまわないと思います。
ここでは、知人とだけ書かせてもらいます。
同じ高校の人、顔と名前を言われれば。
「ああ……」
と、脳裏に浮かぶくらい、一年のときのクラスメイト。それくらいの関係で、薄情なやつだな、と思われても仕方のないくらい、言葉を交わした記憶さえ曖昧な、そんな、知人。
その知人の死を知ったのは、別の友人からのメールでした。
教えるのを、少し躊躇った痕跡のある文面でした。
津波の被害が、最も酷かった地域のひとつで。
ご家族もろとも、巻き込まれ。
その知人だけが、発見が遅れていたらしいのです。
私は。
「ああ……」
携帯電話の液晶画面に視線を落として、ただ、それだけで。
当時は勿論、それだけの、嘆息と小さな無念だけだったんですけど。
今、こうして書いてみると、ちょっと、いや、正直に書きますね。
私、今、涙ぐんでますね。
酒が入ってるからです、酔っ払って、感傷的になってるだけですよ、そういうことにしておいて下さい。
きっと、友人が私に教えるかどうか迷ったのは、あまり関係性が無かったからではなく、地元で私と同じ職種に就いていたから、だったのでしょう。
「ああ……」
それを知り、天を仰ぎます。
いつか、交わる道だったかもしれないのに……
例えば、共に酒を酌み交わして、仕事の愚痴なんか互いに共有して、或いは……
友になれた、というのとは、少し、違うでしょう。
だったら、高校のときに、もっと親交を深めていたはずでしょうし。
ただ、そうですね。
一言で。
「分かり合えたんじゃないか?」
という感情です。
もしかしたら、働いている方には、ご理解下さる方もいるかもしれませんね。
好意や共有ではなく。
理解や尊敬によって。
そういう人、職場にいませんか?
こんな形で、未来は、可能性は閉ざされるのか、という、絶望にも似た何かに背中を押され、私は、当時支えてくれた大事な人の手を取り、その報告をしました。
「がんばろうね……」
小さく震える喉から、ただそれだけの言葉が、私に力を与えてくれたのですが。
がんばろう。
当時、そこかしこに溢れた言葉でした。
町の片隅で。
TVの宣伝で。
インターネットのコンテンツで。
人と人の間で。
正しい。
それは、間違ったこともある、善悪だけでは割り切れないこともある、この世界で、正しい。
唯一無二、絶対に正しいことだ。
私は。
私は、頑張りました。
私は、頑張りすぎました。
間違った方向に舵を切り、己の感情と正義感に溺れて、脇目もふらず、助言も忠告も耳に入らず、ただ、出来うる限りの誠意を持って、目の前の『復興』という世間の熱に煽られて、生きて、燃えて、仕事して、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って!
いつしか、燃えるものも尽きて、灰になって、頑張れなくなっていました。
誰かの役に立てるという事実が、見る見る新しくなる町の景色が、物資を運び、瓦礫を乗せるトラックのテールランプが。名も知らぬ、すれ違う人々の笑顔が。
今から、不謹慎なこと書きますね。
破壊の後の再生が。
嬉しかったんです。楽しかったんです。生きている実感があって、活力が湧いてきて、本当に、本当に、これが使命か、と。自分の命を使っている気がしました。何も出来なかった、何もすることがない、あんな思いはもうごめんだ。やれることがある。役に立てる。生きている。
『震災特需』、当時はそんな言葉もありましたね。思い返してみても、それはもう人も物も良く動いた時期でした。完全とは言えない物流の中にあっても、とても忙しく、やりがいがあり、高揚感で疲れなんて覚えていません。
誰かが、日常に戻るタイミングを間違えるな、と言ってくれていたにも関わらず。
私は、非日常に心を置き去りにしたまま、本来ある自分の日常に身を戻し損ねたのでした。
沿岸は、震災の傷跡をなおも残しつつ、しかし内陸には日常が戻り、報道も『あれから何年……』と、記事探しの穴埋めに発信するのがせいぜい。
私は、と言えば、あれから5年。
ルーティンワークのように仕事をし、拘束時間の長さに愚痴を吐き、それでも毎日を過ごして、帰っては、お酒を飲みながら、アニメや動画を見たり、まとめサイトを眺めたり。ただただ、目の前のコンテンツに笑い、貶し、消費するだけの、そこに、かつて、愛した創作の欠片もない。
仕事で、新人の教育も任されておりますが、ふと、始めて教えた子と今の子とを比較して、指導にもあまり熱が入っていないことに気が付きます。
もちろん、モチベーションというのは、どんな人間でも保つことは不可能です。
それでも、やはり、自分に何かが欠けている自覚には気付き始めていました。
たまに、創作のネタなんかを思い出すこともあるのですが、自惚れにも似た感情が、いつでも出来る、結果を出せる、まだ本気を出していないだけ、と囁くのです。
将来のことを考えたとき、半身が腐りかけていくような感覚に、心の底は澱み、人並みの幸せなんか望んじゃいないしと言い訳をする。好きに働かせてもらっているし、或いは、ステップアップの話だって無いわけじゃない。
このまま生きていくのか。
このまま……
そんなとき。
私は目にするのです。
「物語を愛するすべての人たちへ」
カクヨムのキャッチコピーを。
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