第2話 ignition 点火

第一章


ignition 点火


 ここは日本。湘南にある、海が見える場所に作られた軍事基地。USAF(アメリカ合衆国空軍)。

 この軍事基地は十年前の人類間大戦、通称境界大戦の際に解体された元アメリカ合衆国からの融資を受けて建設された。

 嬉しい事に、この基地を作るに辺り、元アメリカ合衆国からの融資は基地を一つ作るには馬鹿げた法外な金だったので、基地は十年前に作られたにも関わらず、年に一度は基地全体の施設や備品を全て改修及び最新型に取り替えられ、2035年の日本が誇る世界規模の最新鋭軍事基地である。

 更にだが、湘南が貰った金額は最新鋭の基地を作ったにも関わらず、国が傾くほどの金額が余り、湘南は感謝の意を込め、自分たちの街を紐育

ニューヨーク

という俗称を付け、大掛かりな都市開発を行った。

 湘南戦略拠点軍事基地『USAF』それが、この基地の名前だ。

 今、基地の格納庫内で人戦略兵器AF

アーマード・フレーム

のパイロットが、涼しくもあり歳以上の美しさを持った少女を口説いている。

「どうだい、凄いだろ。君の目の前にあるのが第七世代AF「『アルクビエレ(Alcubierre)』だ」

 少女の服装は体のラインが強調される、腰にシルクのピンクのラインが入った白い夏用ワンピースだ。

 正に夏、という服装に、手入れのされたセミロングの流れる金髪。

 パイロットはいつ死ぬかわからない。だからこそ、目の前のチャンスには貪欲だ。例え、それが、軍事機密である最新鋭の第7世代について知っている美少女でも、チャンスは奪わなければならない。

「ふーん。これが最新鋭の第七世代なんですね。ねー、お兄さん、私を乗せてくれませんかー」

 少女は小悪魔的な笑みを見せてパイロットをかどわかす。

 幾らパイロット言えど、AFの出撃にはメカニックと管制部と司令部の許可が必要となる。少女にせがまれたパイロットは第七世代に乗せて欲しいという誘惑を断るつもりだったが、出来なかった。少女がパイロットの腕に抱きついたからだ。

「ねー。乗せてー。お願ーい」

 兵士の二の腕に少女の小さな頭が擦り当てられ、兵士の手が自然と少女の腰を抱く。

「コクピットに乗せるだけだよ。このAFは昨日この基地に配備されて起動実験がまだ済んでいないんだ」

 AF総格納数、300機。日本を含む東境界線で最大規模のハンガーを持つUSAFの格納庫は、500人を超えるメカニックとパイロット達が、ハンガーに格納されている全AF204機の整備に精を出している。総格納数の半数が埋まった格納庫では、各AFの機体メンテナンスや訓練が山積みであり、少女と、少女を口説いているパイロットの二人は誰の目にも入らない。

 それが、軍事機密である最新鋭の第7世代のコクピットに、白いワンピースの少女を若いパイロットがエスコートしていてもだ。

「キャー! これが、第7世代! コクピットはHMD(ヘルメット装着式のヘッドマウントディスプレイ)で、操縦桿はサイドステッィクのHOTAS(親指、人差し指、中指で、機体の細かな操縦を行う)採用! 凄い凄い! 凄いですよ、これ! お兄さんがこのAFのパイロット何ですか!?」

 第7世代のコクピットを見た少女のはしゃぎ様に、若いパイロットはチャンスにより貪欲になった。

「乗せてあげるよ、可憐なお嬢さん」

 パイロットが少女の手を引き、第7世代のコクピットに少女を乗せた。民間人をAFと言う戦争の人型軍事兵器のコクピットに案内するなんて、この場が見つかれば軍法会議で減給処分されるが、罰則が怖くてはパイロットは務まらない。

 時代が時代だ。10年前にアメリカ合衆国が崩壊してから、地球の人類は東と西に分かれて戦争を続けている。

 時代が時代なのだ。神は現れず、人は撃たれて死に、パイロットの祖国であるアメリカ合衆国も今は解体された。どこからともなく格納庫に現れた金髪美少女を、AFパイロットが最新鋭の機体に乗せるのも、時代が時代だ。

「コクピットの座り心地はどうだい? これが第7世代だよ」

 自慢げにパイロットが第7世代について話す。少女はというと、目を輝かせて、計器類の確認をして操縦桿を握っている。

「凄いだろ。第7世代はまだ四機しかこの基地に配備されてないんだ」

 パイロットの目が、少女の胸元に向かった。第7世代に夢中の少女は、ワンピースの胸元が覗け、白いブラが目に入った。

「色は白が好きなのかな? お嬢さん。ホワイトって呼んでもいいかな」

 パイロットが少女をホワイトと呼び、更に口説こうとした。それに対し少女は--

「アリシア・リード。皆からはアリーって呼ばれています。お兄さんも私の事アリーでいいですよ」

 名前を教え、笑みを返していた。

 若いパイロットの心に火が付いた。少女の流れる金髪が。くびれが浮き立つ細身の白いワンピースが。太ももまで見える白くて長い足が。アリシア・リードと言う少女の全てが、若い男の心に入り込んでくる。

「アリー、家はこの近くかな? パパは怖くない? USAFの基地を案内してあげるよ」

 止まらなかった。いや、止まれなかった。今、この瞬間にでもスクランブル警報が鳴ったら、パイロットは戦場へ飛ばなければならない。明日も生きているか? そんな保証は10年前に失われたのだ。

 パイロットは貪欲だ。今の時代こそ、特に。

「パパとママは殉職しました。私が10歳の時です。二人とも軍人で、発足したての当時は数少ないAFパイロットでした」

「あー・・・。 境界対戦かな? ごめんね、アリー、悪い事聞いちゃって」

「パパとママを落としたのは『人間』ではありません」

 アリーの言葉に若いパイロットが凍りついた。『人間』では無いと、アリーが口に出したからだ。

「お兄さん。パイロットに必要なモノって何ですか?」

「・・・力だよ。任務を成功させ、戦争に勝ち、国民を守り、アメリカを獲り返し、生き延びる為の力だよ。・・・全部、教官の受け売りだけど。チャンスには貪欲であれが口癖の鬼教官からの」

 突然、アリーを乗せたまま、第7世代『アルクビエレ』のコクピットハッチが閉まった。

 鬼教官の名前はイドニアス・リード。アリシア・リードの叔父である。7年前からAFパイロットアカデミーで鬼教官と言われ続けている、東境界線元アメリカ合衆国空軍少佐である。口癖は「チャンスには貪欲であれ」だった。

 そして、第7世代『アルクビエレ』の専用パイロット、『アリシア・リード』を育てた鬼教官である。

 パイロットはいつ死ぬかわからない。だからこそ、目の前のチャンスには貪欲だ。勿論、アリーも貪欲だ。そう、アカデミーで叔父に教育された。

 だから、起動実験がまだ済んでいない、アリシア・リード専用機の第7世代『アルクビエレ』の試し乗り及び無断出撃のチャンスを、アリーは逃さなかった。

「エンジン起動、正常確認。エンジン回転数、燃料流出、航法、エラー表示、電気系統、油圧系統、燃料系統、コクピット内の気圧。全て正常確認。ーー第7世代『アルクビエレ』起動実験を、パイロット、アリシア・リードの判断で開始します」

 ハンガーから解放された、全長15メートルの白色を基調とした鉄塊が動き出した。武装は無く、有るのは背面の人工的な翼状のフライトユニットだけだ。

 格納庫内で警報が鳴り響いた。

 先程まで、アリーを口説いていた若いパイロットがあたふたしながら鳴らしたのだ。

「あははは。何かあったらあの男を共犯にしてやるから。こんな美少女がパイロットだと見抜けないないなんて、あいつ節穴じゃない。笑っちゃう」

 先程までの可憐な少女が一転して、17歳という年相等の遊び好きの女の子になった。じゃじゃ馬娘になった。

「全部、マニュアル通りね。なら、本当に出来るの? 飛んで。私の『アルク』」

 ハンガー内の20枠ある電磁式カタパルトに機体を固定した。

 メカニックがAFの飛行に必要な加速度を加える為に、手早くカタパルトのチェックをして、親指を上げた。

 コクピットから格納庫内を見渡すと、大半のメカニックとパイロットは、アリーに見えるように「GO」と書かれたパネルを掲げている。

 本当は皆見たいのだ。最新型を。

 だから、アリーは飛んだ。

 電磁式カタパルトが機体を運び、第7世代AF『アルクビエレ』が空に向かって飛翔した。

 コクピット内では酸素マスクとHMDを装着したアリーが、操縦桿を握り空を目指した。

 アリーが目指すは青い空。

 どこまでも、どこまでも、第7世代『アルクビエレ』は上昇し続ける。ジェットコースターと同程度の3Gをアリーは何事もなく耐えながら、一直線に空を飛び続ける。

 雲を超え。太陽が観え。基地は遥か下で、もう見えない。

 計器の高度は現在50kmを超えている。第7世代は単機で成層圏を超えたのだ。

 だと言うのに、アルクビエレはまだ上昇を続けている。

「マニュアル通りなら『アルク』は単機で大気圏を離脱出来る。こんな機体を何で明日までお預け食らわないといけないのよ!」

 高度が80kmを超えると、アリーは初めて宇宙を観た。

 地上から見上げていた果てしない青。それが色を失い、暗黒がモニターを覆う。

 計器は高度100kmを超えていた。

 アリーは今、宇宙に居た。

 有るのは、闇と点々と見える星の輝き。

「ははは・・・私、宇宙に来ちゃった」

 重力を感じない。操縦桿から両手を離すと、アリーの身体は宙に浮き、小な頭をコクピットの天井にぶつけた。

 込み上げるものがあった。これなら、勝てると。

 第7世代ならアリーの両親を殺した『人類の敵』を殺せると。復讐を成し遂げると。

 7年間凍えていた心に、今、火が灯った。

 ーー思い返す。

 雨の日だった。両親の遺体は棺に無く、黒い喪服を着た多くの元アメリカ軍人が一様に俯いて、神父の言葉が雨に掻き消えていく。

 10歳のアリーは声を出さず、父と母の葬式で泣き続けていた。

 誰を憎めばいいのだろう?

 出撃命令を出した指揮官か? それは、アリーの父だった。

 撤退命令を無視して、部隊の仲間を助けようとして、単機で『敵』に突撃し、結果、部隊を全滅させたパイロットか? それは、アリーの母だった。

 7年前に流した涙は、全て復讐の糧と替えた。

 結果。第7世代『アルクビエレ』。最新型のAFが、アリーが7年掛けて手に入れた力だった。

 私はこれで両親の仇を討つ。

 アリーの整った美貌に、黒い笑みが浮かぶ。基地内で若いパイロットに向けていたあの笑顔では無い。

 復讐に囚われ続けている、アリーの本当の笑顔だ。

 ーーコクピット内にコール音が鳴った。

 思考を入れ替えて、パイロットの『アリシア・リード』として、モニターに開いた。

「こちら、第7世代担当メカニック主任。マリー・イーストン中尉だ。聞こえるか? アリシア・リード」

 赤毛のかかったショートヘアーが似合う、作業着を着た女がモニターに映った。

「こちら、第7世代『アルクビエレ』専属パイロット、アリシア・リード少尉です。起動実験は大気圏離脱を成功しました」

 早速、モニター越しにマリー・イーストン中尉が、こめかみに血管を浮かばせながらが片手で顔を覆った。もう片方の手には大型のレンチが握られている。

「オラ! 小娘が!? 今すぐ大気圏再突入を終わらせろ! 司令部から一般兵まで総出で見守ってやるよ!」

 女メカニックにしては年季の入った軍隊式の上官命令が終わり、モニターに大気圏再突入の進路コースが届いた。

 マニュアルにも『アルクビエレ』は単機で大気圏再突入可能とあり、これは1日早い起動実験なので失敗は死を意味し、必ず成功させなければならない。

 パイロットとしてのアリーは進路コースに乗り、大気圏再突入を開始した。

 宇宙が去っていく。嫌、去るのは、アリーだ。

 だが、青い水の星に今から着陸すると思うと、宇宙が何かを語りかけて何度も振り向こうとしてしまう。

 今は亡きNASAの偉大な先人である宇宙飛行士達も同じモノを感じていたのではないか? きっと、宇宙には何かあるのだろう。私はそれだけでいい。

 アルクビエレのウイングユニットを展開した。そのまま大気圏に再突入した。

 地球に吸い込まれる。重力が身体を支配して、代わりに天空から大地を見た。

 最初に雪崩が見えた。嫌、それは、雲だった。だが、雪崩が国を覆っている様にしか見えなかった。

 唖然とするのも束の間、空気加熱による熱の壁がアルクビエレを襲う。

 350度を超える熱の壁を、アリーはウイングユニットを駆使して、空力ブレーキを生み出した。

 アルクビエレの落下速度が下がった。同時に揚力による滑空飛行で、アリーは一寸の狂いも無く進路コースを軽々と通過して行く。

 この段階で、アルクビエレとアリーに大気圏再突入による熱の壁の洗礼は終わっていた。

 計器類に異常は無い。進路コースも全て正確。

 そうして、USAFが眼下に見えた。

 滑走路に軍服や作業着を着た多くの人を、モニターに捉えた。拡大すると皆手を振っている。

 ウイングユニットの出力を更に上げ、人工の翼を広げた。

 それは、神からの啓示の様な瞬間だった。

 白を基調としたアルクビエレが、宇宙から翼を広げ、緯度経度一度の誤差も無く、USAFに無傷で着陸したのだ。

 地に着いた第7世代はコクピットハッチを開き、搭乗者、アリシア・リードが白いワンピースをはためかせながら、USAF全ての軍人に手を振り続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る