Kronos
ぼっち
第1話 星を観た少女
ここはNASAのケネディ宇宙センター、キッズ・スペース。
その施設にある、天体望遠鏡で一人の少女が地球の外を覗いている。
望遠鏡で見えるのは小惑星や無数の星。
少女は宇宙が好きだった。そして、人間が大嫌いだった。
少女は学校で魔女と呼ばれていた。彼女はクラスの女子達から「気持ち悪い」と言われていた。男子達からは廊下を歩いている時に何度も体を触れた。それは悪戯だとしても性質が悪く、まだ十歳にもならない少女からしたら、執拗な自分への「攻撃」だった。
少女は泣きながら学校に通っていた。泣きながら授業を受けていた。泣きながら家に帰っていた。泣きながら、泣きながら、毎日泣きながら。
ただ、人から嫌われ、人生に苦悩している少女にも、愛を持って接してくれる人がいた。
少女の祖父だった。
祖父は当の昔に還暦を迎えていた老人だが、脳の故障とは無縁だったので、現在でも博識で人当りも良い老人だった。そして何より少女に優しく、愛していた。
ある夕方、泣きながら帰路を歩く少女を祖父が見つけた。
祖父は何も言わず、老体に残されている力の全てで少女を抱きしめた。
少女の記憶にある中で、ここまで強い力で抱きしめてくれたのは祖父が初めてだった。
少女は強い女の子だった。学校でどんなに理不尽に苛められても「許してください」を言わず、屈服しなかった。
でも、この時、抱きしめられた瞬間、少女の心は救いを求めた。助けて欲しかった。少女の心は限界だった。
少女は泣きながら学校での自分について祖父に伝えた。
年相応の未熟な言葉で、泣きながら喋るので上手く声に出来ないまま、両親にすら言えなかった事を、全て祖父に話した。
祖父はその間少女を抱きしめていた。孫娘の心の悲鳴を、痩せ衰えたその体で全て受け止めた。
その日以来、少女は学校に通わなくなった。
その変わりに祖父の紹介でNASAのキッズ・スペースに通いだした。祖父のお蔭で、そこが自分の居場所になった。
宇宙はどこまでも続いていて。宇宙を探求する人達は、少女が楽しがる話を聴かせ。少女を可愛がる職員は、自身の所有物である高額な天体望遠鏡を、少女が疲れ果てて眠るまで使わせてくれた。
「おじいーちゃん。ペテルギウス群はピッカピカだよ」
少女はレンズから目を離さず、家からキッズ・スペースに連れてきてくれた祖父に話しかける。
溌剌とした声だった。少女はもう泣かずに、毎日を笑顔で過ごしていた。
祖父は心に刻む。残された少ない命で、望遠鏡を覗き疑似宇宙旅行を楽しんでいる少女の小さな後姿を。
その後ろ姿が、祖父が見た少女の最後の幸せな姿だった。
「光った!? おじいーちゃん! 今何か光った! きっと超新星爆発だよ、星が爆発した! キャハハハ。私初めて見た!?」
2025年現在、ペテルギウスの超新星爆発は起こり得ないと言われている。だが、それでも少女は毎晩見ている宇宙で、新たに「光った」と言ったのだ。
まだ、発見されていない小惑星だろうか?
少女は常日頃から入っていた。「私が新しい小惑星を見つけたら、おじいーちゃんの名前を付けてあげる」その言葉が現実となるのか? 年甲斐もなく嬉しくなり、祖父は少女に声をかけた。
「イス―――」
「キャアアアア――――――」
突然の少女の絶叫。祖父は一切事態が掴めず立ち尽くした。
「アアアアアア――――――」
絶叫は止まらない。その悲鳴はまるで少女の小さな身体が、中世の拷問器具で無理やり体を引き千切られたかのように祖父には聞こえた。
少女が視たモノは彗星でも、ましてや未発見の小惑星でも無い。
それはレンズを埋め尽くす巨大な眼球だった。
「アアアアアアアアアア―――――――」
―――この日。アメリカ合衆国は崩壊した。
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