見守るもの 1

 ぼっちゃんが魔王城を出たあの日。

 私、じいやは祭壇の間に出向き、旅立たれたのを確認すると、城内の自室において、黒電話を右手に取る。

 室内は蛍光灯の優しい明かりに、十二畳という広い空間。『魔王様』から頂いた空間であり、大変ありがたき幸せなのでございます。

 手に取った黒電話の番号を入力する。一回一回ダイヤルを回すのは昔ながらの風情があって、じいやのお気に入りです。

 

 プルプル~、プルプルプル

 

 「はい、もしもし」

 「ご無沙汰でございます。『魔王様』でございますか?」

 「じいやか?」

 「はい、私でございます」

 声から伺うに元気そうでなによりです。

 確か直接お会いしたのが、三年ほど前でございましたっけ?

 いけない、いけない。思い出に浸るのはあとで。

 ........さて、早速ぼっちゃんのことを報告しなくては。

 「『魔王様』の計画どおり、ぼっちゃんが祭壇の間より旅立ちになられました」

 「そうか。面倒をかけたな」

 声に慎重さが観られる。

 魔界を統べる者でも、親は親。

 きっと、心配なさっておいでで........。

 「めっそうもございません。ですが、これでよかったのでございましょうか?」

 確認を含め、少し否定的な疑問系を投げかけました。

 『魔王様』にとって、紺太ぼっちゃんは大切な一人息子。

 じいやも気がかりでならないのです。

 「いいのだ、これで。あいつは『魔王』にはしない。だいたい、世襲制などもう古いと吾輩は思うのだ。それに........」

 ........声がかすれた。

 なにか言いたいことがおありですね。

 「それになんでしょう?」

 「........それに、あいつには親、友、いろんなものを我慢させてしまった」

 ........懺悔。

 確かにぼっちゃんは、親と友という存在を強く欲しています。

 ですが。父が『魔王』という仕事上、仕方が無いと言えばそれまで........。

 自身に言い訳できる立場でおいでなのに、そこから目を背けない。

 やはり、あなたは王の器。

 「自身を責めてはいけません。あなたは立派な魔界の王。一つの世を統べる者なのですよ?」

 申し訳ございません。喝が入るよう強く発言させて頂ました。

 決して、責めたくて言っているのではありませぬ。

 「........この魔界を統べたとて、一人の息子の孤独さえ癒せぬ........ダメ親だ。........じいやは見た事があるか? あいつが小さい頃遊んでいた遊び部屋を」

 深いため息にも似た『魔王様』の発言。

 ........ぼっちゃんの遊び部屋。

 それは魔王城で唯一、私めが足を踏み入れていな空間。

 中になにがあるのかも把握できていない。

 それというのも............、

 「いえ........一度も入れてはくれませんでした」

 ぼっちゃんの、『入ったら本当に許さない。絶対に許さない』この言葉が深く胸にきざまれているから。

 「そうか、あすこにはなにがあると思う?」

 ........偉く悲しげな声。

 「遊び道具でしょうか?」

 「........................................」

 「........................................」

 「........いや、なんもないんだ」

 会話に若干の間が開いた。

 なにもない? それはないのでは?

 私は緊張で唾を飲み込み、喉を動かした。

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